第35話 ヘアアレンジ

なんの抵抗もなく、相川さんは髪をいじり始めた。前髪を9対1に分けて、そこまではわかった。次の工程は…何だこれ。くしで髪を上に向かって解いていくのはわかったが、その工程になにか意味があるのか?そしてポケットからでていたゴムで、全体を3つに分けた毛先を結んでいく。その毛先を折り込んで、毛束をくるくると丸め始めた。ある程度のところまで行くとピンで止められていく。そしてそれらをすべて表面の髪で隠すように整えていく。


「ほら」


 びっくりだ。こんな髪の結び方があるとは。俺達が今見ている相川さんは、昨日保健室で見た明るい相川さんだ。そして俺も見たことのある髪に変わった。


「千春、絆創膏返しとけよ」


「え、なんで?あれ保健室のじゃないの?」


「絆創膏が奥に置いてあるわけ無いだろ。保健室入ってすぐ横に絆創膏はあった。でも相川さんは奥まで取りに行った。言っただろ、カッターナイフを使うんだ。手を切ることをあらかじめ想定して絆創膏を持ってきてもおかしくはないだろう」


「わかった。ありがとね相川さん。わざわざ」


 相川さんは善のつもりだろうが、俺等の立場から見た相川さんの行為は立派な偽善行為だ。


「じゃあさ、わざわざ教室で書いてた理由は?」


「目立たないだろ。教室に居残りの生徒がいるくらい。そこを通りかかっても『あ、相川さん居残りしてる』くらいにしか思わないし、美術部員にも一度なら『居残りがある』という言い訳も使える」


「もう1個。図書室はなんで閉まったままだったんだ?出る手段はないはずなんでしょ?」


「単純だ。相川さんが図書委員会だからだ。図書委員は図書室に出入りするために鍵を持っているからな」


 だから自分でも閉められる。


「前の一週間で、1日だけ目撃時間がなかったのは?」


 それの答えもこのチラシに書いてある。俺は確認のために目線をおろしたが、やはり書かれている。


「その日は部活動がなかったってことだ。ほら見ろ、水曜と土日以外活動すると書いてある。確か目撃情報が無かったのも水曜だったからな」


 部活がない日にわざわざ部員を避ける必要はない。一緒に帰ったんだろう。


「楠木君…いつ気づいたんや」


 おばけでも見るような目だな。そんなにお前の目に映る俺は怖いのか。


「昨日、相川さんは保健室で『運動中に体調を崩して寝込んでた』と言った。それ自体も嘘だ」


 誰も反論してこない。当然本人である相川さんもだ。


「運動中とは言ったが運動部に入っているとは1度も言っていない。寝込んでいた割には元気だった。運動部には珍しく真っ白な細い腕。運動部だとしても汗の一滴もかかないのはおかしい」


 淡々と述べたが、なんとか伝わったようだ。


 この高校の制服は白いカッターシャツだ。鉛筆を使い、削るデッサンでは、制服を汚さないために青色で黒の汚れがついても目立ちにくい体操服を用意していてもおかしくはないだろう。俺らのノックの音を聞いて慌てて着替えた。デッサンで使う道具やスカートは、あの荒れた布団に隠していたに違いない。おそらく今回の一件関係なしでも、あの保健室を見たら俺はおかしいと思うだろう。


 幽霊の特徴である長い髪で白い服。というのから極力離すための格好だった。きっと噂を耳にしていたのだろう。そして、すべてを話された相川に、もう隠す気もない。ふっと笑って、話を始めた。

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