第36話 平穏

「最初は、耐えてた…やっぱり静かなところで絵を描く事が好きだから、我慢しきれなくって。バレたら場所を変えようと思ってたのよ」

  

 だからうちの棟に2日間もいたのか。


「保健室でみなさんが来たときは、どうしようかと思った。体操服使ってたから、近くにあったのが幸いだったんですけど」


「よくあんな長い髪から短くするのを早くできるね」


「絵を描く時に邪魔だから、いつもあれなのよ。私がちょうど髪を降ろしてる時にみんなに見つかっちゃって」


 それでユウレイと間違われたのか。これだけ近くでみた梶原が失神するくらいだからな。


「はぁ…でも良かった謎が解けて」


 脱力した梶原が椅子から溶け落ちそうになりながら言った。そしてパッと姿勢を直し俺に笑顔で向き直った。


「流石日常の違和感を探すのが上手いね」


 ようやく梶原が笑ってくれて、少し安心した。今までの梶原は違和感があったし、怖かった。ただ、からかわれているように聞こえて少しいらっときた。


「ここからは梶原の仕事だ。俺は帰る」


 俺はショルダーバッグを肩にかけた。


「え?待って待って聞いてないよ!どういうこと?!」


 慌てる梶原の声も、もう背中に聞こえる。ズボンのポケットに手を突っ込むと教室の外を出た。人情は、梶原たちの仕事だ。俺はそんなところにまで興味はないし、人を助けようと思わない。自分の興味を持ったことを調べるだけだ。俺が納得したら、それでいい。


 幽霊騒動は、翌日から何事もなかったかのようになくなった。梶原に話が行けば生徒会に話がいき、美術部の活動は見直されるだろう。


 まぁ…初めての依頼人を連れてきたということで梶原も許してくれるだろう。


 相川さんが来て次の日の今日、部室に集まると、伊沢が開口一番に聞いてきた。


「それにしても、どうしてここに呼び出せたんや?」


「あれ。言ってなかったか」


 てっきり言ったつもりでいた。


「意外と抜けてんねんな。そういうとこ」


 俺は頭をかいた。


「相川の問題は、うるさくて絵を書くことに集中できない。だったろ。だったらその場所を作ればいいんだ」


「どうやってや?」


「この下。空いてるなら使わせてやろうと思って」


 一昨日、保健室に張り紙をしておいた。もちろんそれは相川に向けてだ。脅して来てもらえなかったら俺が処分を受けかねなかったので、相手が来そうな、期待できる文面を書いた。来ると確信した訳ではなかったが、たまたま謎解き会の日に廊下で会い、張り紙のことと詳細を説明した。どうせならということで、髪をおろして驚かせてほしいとお願いしたのだ。


 幽霊騒動は根本の解決によって、翌日から何事もなかったかのようになくなった。


「あの5人は、元々仲良しやったんかな」


「さあな。高校で出会ったにしては、キャラが違いすぎるだろ」


 見ていても、相川が関わりに行っていると言うよりかは、あの4人が相川を求めているように思えた。もしくは、あの4人と関わるのを止めると友達がいないから仕方なく関わりを続けているか。いや、それなら逃げるなんてことはしないはずだ。やはり前者か。


「まぁ梶原君が生徒会に相談するゆうてたから、もう大丈夫やろうな」


 ここからは、俺らは介入できない領域になる。あとは経過と結果を随時梶原から聞くことしかできない。


 こうして科学技術部には、平穏が戻ってきた。

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