33,宇宙×地球×そして歌 【井村美香】

『生体認証を確認しました』


 そうアナウンスがあった後、巨大な揺れがあり体が宙に浮かび上がった。そして宇宙船から一際強い光がでて、その光に吸い込まれた。目が覚めるとそこは直径20メートルほどの真っ白い半球状の空間で、そこには一ツ橋くんと音羽が抱き合って小さくなっていた。音羽は頭を押さえて苦しそうにしている。

「大丈夫?」と一ツ橋くんが音羽に聞く。音羽が「大丈夫」って答える。そしてゆっくりと立ち上がる。

 音羽が目を向けると、今まで真っ白の壁だった場所がモニターに変わり、外の様子が見て取れるようになった。バルーン宇宙服があちこちに浮かび上がっている。その中に泉野くんと藤谷さんもいる。他の人たちもみんな無事みたいだ。そして私が聞く前に音羽が答えてくれた。

「この宇宙船、なんだか今、私がパイロットになってるみたい」


◇ ◇ ◇


 宇宙船はその体の上に乗った山を振るい落とすようにしてゆっくりと上昇していく。それにしても異常な大きさだ。町一つくらいの大きさがある。音羽によると、この宇宙船に吸い込まれた後、頭のなかに宇宙船の操縦法が流れ込んできたらしい。脳内に回路ができて、その回路を通じて宇宙船を操縦しているらしいがよくわからない。音羽もその感覚を言葉でうまく説明できないといっていた。

 宇宙船を空中に停止させて、宇宙船のパイロットの設定を音羽からネイに書き換える作業を始める。この宇宙船の操縦は地球人には荷が重いらしい。

「一番の疑問なんだけど、なんでオトハちゃんがこの宇宙船のパイロットになれたの?」

 そうだ。音羽は地球人のはずだ。ましてや1000年前に落ちてきた宇宙人の親族だなんて……。

 ……天狗伝説。

 空から降りてきた天狗は、村の娘と愛し合うようになった。天狗と人間の結ばれない恋。しかし、二人は反対する村の人々を説得し、結婚を認めさせたという……。

「そう、国府田家は、その降りてきた天狗と娘との間の子供から始まった家系なんだ」

 一ツ橋くんが、まだ苦しそうにしている音羽の肩を抱きながら答える。

「ロマンチック!」

 遥子がいう。

 そうだね、確かにロマンチックだ。

『パイロットの権限を委譲しました。現在よりこの船の操縦者はネイ・ネ・イネイとなります』

 今まで苦しそうにしていた音羽がほっと息を吐く。パイロット権限を委譲されたネイは全く平気な様子だった。宇宙人とは脳の仕組みが違うらしい。

 試すように2,3回宇宙船を身震いさせた後。

「じゃあ、行くよ!」

 と言って、ネイは宇宙船を発進させた。全く加速を感じないのに全周モニターに映し出された景色はぐんぐんと変っていく。あっという間に地面が遠ざかり、インターネットの地図を見るようなそんな景色になる。前をみると地平線が丸い。空の色が暗くなり、ああ、ここはもう。

「ここはもう宇宙だよ。どこからが宇宙かはあいまいだけど、君たちの定義する地上100kmだ」

 足元に地球が見える。初めて宇宙に言った人は地球は青かった、って言ったらしいけれども、私の思った感想は「怖い」だった。

「なんだか、こうして宇宙から地球を見ると、私たちの悩みとか、苦しいとか、寂しいとか、ちっぽけなことに思えるね。それって、……やだね」

 千草がいう。ああそうだ、だから怖いんだ。そういうちっぽけなことが、本当にちっぽけにされて、どうでもいいってなるのが怖いんだ。そういうのが私たち自身のはずなのに。だから私は歌うんだ。

 …気が付くと私はハルカナの曲を口ずさんでいた。

「やったー、ハルカナの生歌!耳が幸せ!」

「美香、やっと聞かせてくれた」

 千草と、遥子と、一緒になって歌う。私たちの中にハルカナがいる。私たちのなか全員に。

「ねえ、君たち、これからどうする?」

 ネイが、私たちに聞いてくる。

「この宇宙船なら、他の星だって簡単に行ける。他の銀河にだって」

 ネイが微笑む。でも、私たちの答えは決まっている。

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