32,宇宙船×そして×空 【泉野耕治】
学と音羽が地割れに飲み込まれた。だがそれを悔やんでる余裕は俺たちにはなかった。地鳴りと地震はなおも続き、体が地面と空中を跳ね回る。立ち上がろうとしたら右足に鈍い痛みが走った。さっき学たちを助けようと駆け寄ったとき捻挫したらしい。地面は揺れだけでなく、地割れもあちこちに発生し、もう駄目だと思った。これは死ぬな。後悔ばかりの人生だった。そう思った時――。
地割れから無数のシャボン玉のようなものが吹きあがってきた。
見覚えのあるそれは、俺や京子、学や音羽の父さんたちを包み込んだ。シャボンに包まれた体が浮かび上がる。遠くを見ると同じようにシャボンに包まれた人たちが浮かび上がっている。どうやらこの山にいる全員がそうやって保護されているようだ。シャボンはさらに浮かびあがり、あたりを見渡せるくらいの高さまで上昇した。
どん…どうん…ごごご
足元を見ると、地割れや地崩れはいよいよ大きくなり、まるで落とした豆腐みたいになっていた。山の峰は崩落し木々は全てなぎ倒され地割れの中で攪拌されていった。全てが崩落していくなか、いくつかの塔のような突起物が天に向かって立っている。見覚えのあるそれは天狗岩だった。上を覆っていた土砂がなくなり新しくむき出しになった天狗岩もあり、無数の天狗岩がふたつ池を囲むように立っていた。
山の峰は全て崩れ去り、まっ平になった中に天狗岩が突き出ているというような異様な光景だった。そして、そのまっ平になった地面の中から、ゆっくりと、ソレはせり出してきた。
赤い金属的な表面。何度も想像した宇宙船。だがそれは、サイズが全くのでたらめだった。
伊吹山は標高2321メートル。町のある場所からの標高差は400メートルほどで、その裾野は直径10キロに及ぶ。その、伊吹山が<傍点>あった</傍点>範囲すべてから、赤い金属がその地肌を見せている。天狗岩はその宇宙船の一部だったらしく、中心部を囲むようにぐるりと立ち上がっていた。その円盤はゆっくりと浮かび上がりながら、その体の上に乗った土砂を落としていく。そして、俺たちのはいっているバルーンの高さを越えていった。宇宙船がいなくなった足元にはまっ平な地面とその上に小麦粉をふるいにかけたような土と木々を混ぜ合わせたものが積もってるだけだった。宇宙船を見上げる。あの中に、音羽と学がいる。そういう確信があった。宇宙船は2,3度角度を変えた後、その巨体に似合わない物凄い速度で空の彼方へ飛び立っていった。
バルーンに包まれた俺たちはゆっくりと地面に降りて行った。先に降りた京子がもう誰もいない空を見上げている。
「置いていかれちゃった」
そうつぶやいた。
「すぐ帰ってくるって」
俺も、もう誰もいない空を見上げながら、そう言った。
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