10,飛行×墜落×告白【国府田音羽】
「行こう!目指すは天狗岩!」
遥子ちゃんの掛け声に合わせて、みんなが飛行ガサを開く。
みんなの体がまるでロケットみたいに空に飛びあがる。
私も同じように飛行ガサを開く、私の体も浮かび上がり、あっという間に空高く。
風がすごく気持ちいい。ああ、すごい。解放感。このままどこまでも飛んでいける気がする。
「オトハ、大丈夫?」
私がぼーっとしてるのを見て気になったのだろう、ネイが声をかけてきてくれた。
「大丈夫、なんか、空飛ぶの初めてだから、感動しちゃって」
「そうなんだ、よかった」
ネイはぬいぐるみから出て、私たちと一緒に飛行ガサで空を一緒に飛んでいる。これだけ高いところを飛んでたら角や他の細かいシルエットなんてわからないし、ということで。ずっとぬいぐるみの中だったら窮屈だもんね。ネイは最初思ってたのと違って、結構きさく?なやつだった。むしろちょっとドジな感じ?仲良くなれそうな気がする。
前からくる風が強い。風を切って空を飛んでいると鳥になったような気がする。ベタベタな表現だけど。ベタベタでもしょうがない、そう思ったんだから。すごい勢いで田んぼや山を抜けていく。自転車で漕いでいくと20分はかかる距離をあっという間に。どれくらいの速度が出てるんだろうか。進んでる様子からすると、自動車ぐらいのスピードは出ている気がする。それを山や川を関係なく一直線で飛んでいけるのだから、速い速い。
「もうじき天狗岩のある山だよ」
一ツ橋くんが皆に言う。
「え?嘘、もうついたの?早い」
30分も飛んでいないはずだ。すごいぞ宇宙文明。
山の手前で全員ホバリングする。
「で、これからどうするんだっけ?」
「天狗が下りたって言われてる天狗岩はこの山にあるんだけど、実は一つじゃないんだ。言い伝えのある岩が4個も5個もあって、しかも登山道もない山の中のあちこちに。地図にも載ってなくて」
「場所の問題は飛行ガサで解決できました、あとは」
と遥子ちゃん
「アタシのスマホゲームにめぼしい岩の座標があるから、それを参考に飛んでいって、ステッキをうって、確認して、の繰り返し。ちなみに、こっちで把握してる天狗岩っぽい岩は6つね」
「本当にこれで見つかるのかなあ」
と美香ちゃん。
「ひとつひとつやってくしかないよ。これ以外にも天狗の名前の付く史跡はあるし、もしかしたらそっちにあるかもしれない」
と一ツ橋くん。
「闇雲にやるよりは確率たかいよね」
と緒方さん。
「じゃあ、まず、一番近くの岩から。ポータルこっちだね」
そういって、京子ちゃんを先頭に飛んでいく。あ、パンツ見えた。これ、言った方がいいのかな。知らぬが仏という言葉もあるし。男子の前は飛ばないようにしないと。
◇ ◇ ◇
「まず一つ目。外れ」
遥子ちゃんが岩の根元にステッキを突き刺しながら言う。
「まあ、一発ででるとは思ってないし。あと天狗岩は5つあるんだから」
「それにしてもさあ」
美香ちゃんが周りを見回す。私も見回す。
この天狗岩は、北側が崖、南側が崖、東側が崖、西側がかなり厳しい斜面になっていて、まあ、つまり四方が崖になっていて、人が登れないようになっている。ここにくるまでももちろん登山道などなく、険しい森の中を通り抜けないとならない。なのにこの岩には相当古いものだけれども注連縄がかかっている。
「ここ、どうやってこの注連縄つるしたんだろう…」
「さあ…」
「それに、ここをそのゲームに登録した人どうやったの?」
「さあ…」
「なんでここまで頑張れるの?」
「さあ……」
謎だ。
◇ ◇ ◇
うっそうとした森の上を飛んでいる。6月の木々は青く生い茂っていた。
「ところで、反応があったとして、どうやって掘り出すの?」
美香ちゃんが至極もっともな質問をする。重機もなしで手で掘り出すのって凄く大変だよね。
「大丈夫、さっきのうかびしずみビームをつかえば簡単に掘り出すことができるよ」
ネイが答えてくれる。なるほどね。宇宙の道具って本当にすごいんだなあ。
「でも、この道具たちは全部おもちゃだから、ちょっとしたことで壊れたりしちゃうから気を付けて、電池切れとかも起こるし」
電池切れかあ。電池で動いてるんだ、これ。文明が進んでも主な動力は電気なんだな。
前を見る。先頭をネイちゃんと遥子ちゃん、そのちょっと後ろを耕治くんと一ツ橋くんが飛んでいる。私はその後ろにいる。ちらちらとつい一ツ橋くんのことを見てしまう。一ツ橋くんの斜め後ろ姿が見える。うう、見てるのばれませんように。
ふと、その時、変なことに気が付いた。一ツ橋くんの飛行ガサから白い、細い煙のようなものがたなびいている。なにこれ、まずいんじゃないの?そう思った瞬間、ばきん!と音を立てて一ツ橋くんの飛行ガサが爆発した。プロペラが回ってる根本を中心に、四方八方に部品が巻き散らかされる。一ツ橋くんも空中に放りだされる。みんなが爆発音を聞いて一ツ橋くんの方を向いたとき、一ツ橋くんの体はもう自由落下を始めている。
「一ツ橋くん!」
無我夢中だった。体が自然に動いた。すごい勢いで落下を始める一ツ橋くんへ追いついて、宙に舞う手を傘を持ってない方の左手で捕まえた。突然、腕から肩、そして反対側の腕にかけてびきっっと激痛が走る。体がきしんで悲鳴を上げる。男の子一人分の体重が一度に体にかかったのだ。右手がかろうじて飛行ガサに引っかかっている。飛行ガサの柄にかえしがなかったらそのまま一ツ橋くんと一緒に落下していただろう。
「国府田さん!」
一ツ橋くんが私の名前を呼ぶ。一ツ橋くんをつかんでる指はもう感覚がなくて、この体を引き裂くような痛みだけが、私が一ツ橋くんをつかんでるという証だ。絶対私が一ツ橋くんを助ける。とりあえず上昇して……。
パキ…パキ……キ……
上昇しようと上を見上げたときに見えたのは、私の飛行ガサの羽が、一枚ずつちぎれて吹っ飛んでいく光景だった。ああそうか、ふたり分の重量を支えるように出来てないんだな、やけに冷静にそんな分析をしていた。羽が飛ぶ度に飛行ガサは浮力を失い、そして、私は、深い森の中へ落ちていった。
◇ ◇ ◇
なんだか、すごく、やわらかい、あたたかいものに、つつまれてる、気がした。
「…うださん……こうださん…国府田さん…大丈夫?」
一ツ橋くんの声が聞こえる。なんだか柔らかいものの上にいる。ゆっくりと目を開けると、すぐ目の前に一ツ橋くんの顔があった。
「わっ、わ、一ツ橋くん!」
「よかった、気が付いた。大丈夫?」
「うん!私は、大丈夫、元気!」
「よかった。じゃあ、悪いけどどいて貰っていいかな。少し、重くて。僕、ちょっと動けないから」
「え?あ、ごめんなさい!」
気づいた。私は一ツ橋くんの上に乗っかるようにして落ちてきたらしい。そっと、一ツ橋くんの上から降りる。あたりを見回すとうっそうとした森の中だった。空から落ちて、木々の枝の間を抜けて、ここまで落ちてきたらしい。あたりを見ると飛行ガサの残骸が転がっていた。ずきん、と背中と肩と、右手が痛んだ。
「あの、一ツ橋くんは、大丈夫?」
「大丈夫、って言いたいけど結構駄目みたい。背中をしたたか打って、ちょっと身動きが取れない。でも、頭は打ってないし、足の指も動くから背骨も大丈夫みたい。ただ、左足は、たぶん骨折してる」
「あ」
一ツ橋くんの左足をみると、変な方向にぐしゃりと曲がっている。大変なことになってしまった。他にも体中擦り傷だらけだった。そして気づいた。私は一ツ橋くんの上に落ちてきたんじゃない。一ツ橋くんが落ちるときに私を抱きしめて守てくれていたんだ。
「ごめん」
一ツ橋くんが私に謝る。
「ごめん、ってなんで?」
「僕のせいで、君をこんなことに」
「ち、違うよ、飛行ガサが壊れたのは一ツ橋くんのせいじゃないし、それに、一ツ橋くん、私をまもってくれたじゃん」
「それは、最初に国府田さんが助けてくれたから」
「……うん」
「……なんで助けたの?」
「え?」
「僕なんかを助けなければこんなことにはならなかったのに」
「え?……でも、そうしたら、一ツ橋くん死んじゃう」
「……僕なんか、死んでもよかったんだ」
「え?……それってどういうこと?」
「国府田さんにはわからないよ。国府田さんは、僕と違うから」
「違わないよ、だって、前、一ツ橋くん、私と似てるって」
「似てるって、勝手に思ってた時もあったけど、誤解だった。国府田さんだって、あの時違うって」
「それは、一ツ橋くんは私と違って頑張ってるから、一人で。一人になっても毅然としてて、郷土研究とか、一人でやってて」
「一人でいれるのは他人がどうでもいいからだよ。郷土研究をしてるのも、ただの暇つぶしで、本当は歴史とかそんなのどうでもいいんだ。何の意味もないんだ。僕の人生も。結局、何をしても父さんのいいように利用されて。この町でうまく息が出来ない。ずっと息が詰まりそうな、そんな気がしてる」
「………」
「前は、君も、同じだと思ってた」
一ツ橋くんはまるで独り言のように一ツ橋くんの話をする。体が動かせないから真上を向きながら。私の方を見れなくてよかった。びしょびしょになった顔を見られずに済んだから。
「わ、わたっ!私も、私もどうでもいいの、自分の人生とか、命とか。だって、そんなの最初からどこにもないんだもの!全部決まってて、決められて、ずっと息が詰まりそうで。頑張って、我慢してるのにそれが当然みたいで、でも、私はこんなに苦しいのに、誰も、わかってくれない」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、お腹の中にたまっていたものを吐き出してしまう。
「……それじゃあ君は、なんで生きていられるの?」
「一ツ橋くんがいたからだよ!」
「……え?」
「ずっと一ツ橋くんのことが好きで、一ツ橋くんがいるって、生きてるって思えたから頑張れたの、私も、頑張ろうって!一ツ橋くんのせいだよ、こんなになったの、責任取ってよ」
目の前には瀕死の一ツ橋くん、そのまえで号泣しながら私。こんな告白はない。
動かない一ツ橋くんの手のひらをつかんだ、でも、ちょっと目をみては言えない。
「ずっと、一ツ橋くんの、ことが、好きでした」
言ってしまった。言えた。言ってしまえば全てが終わる言葉。ずっと一ツ橋くんのことを思い続けていた音羽も、国府田音羽も。私の中を焼く雷が避雷針を伝って地面に抜けるように消えて、胸の奥が冷たくなる。
「ちょっと前まで、国府田さんのこと嫌いだったんだ」
「あ、そうなんだ」
2秒で振られた。
「でも、今はわからない」
「うん」
うん?
「僕も、国府田さんを、支えにしていいかな」
「うん」
指をつかんだまま、一ツ橋くんの胸に頭をうずめる。なんかいきなりすごいことをしているような気がするけど、さっきまで抱きしめられて(不可抗力)いたからいいよね。
ガサガサガサーーーーーーーーー!
「あー!いたいたー!よかった!生きてる?!」
遥子ちゃんの声がする。枝と葉っぱをかき分けてみんなが森の中を歩いてきた。慌てて学くんから体を離す。
「ごめん、僕の道具のせいで、もっとちゃんと整備しておけばよかった」
「ほんとだぜ、二人とも無事だったからよかったものを」
「無事じゃないよ!一ツ橋くん足折れてるし!危うく死んじゃうところだったんだから!」
「本当にごめん…」
「とりあえず早く病院に連れて行かないと…」
「病院はいかなくて大丈夫!ネイ、アレだして」
「えっと、これ?『時間さかのぼり湿布』」
「なにそれ」
どうみても湿布だ。
「これを患部に貼ると、時間を遡って怪我をしてない状態まで戻してくれるんだ。あと、いくらでも伸びる!」
そういって、遥子ちゃんが学くんの服を脱がして怪我をしてるところに湿布を貼っていく。足が折れてるだけじゃなくてあちこち思いきり打った後があった。いくらでも伸びる、といったのは嘘ではないらしく、小さい1枚の湿布をぐんと伸ばして学くんの胴体全部を覆っていた。
「ほら、おとはちゃんも」
「え?」
遥子ちゃんが私の右手をつかむ。いたいっ!突然、神経を伝って脳にくるような痛みが。え?と思い手首をみると手の甲がピンクのタコクラゲくらいに膨れてる。こんなになってるのに今まで気が付かなかったんだ。
「がんばったね」
そう遥子ちゃんが言った。
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