11,休憩×お菓子×ふたつ池【泉野耕治】

 雪待とネイが学と音羽にペタペタと『時間さかのぼり湿布』を貼っていく。服の上から。

「それ、服の上から貼っていいの?」

「問題ない問題ない。宇宙の道具を信じなさい」

 その道具のせいでこうなったんですが?

 少し湿布が効いてきたのか学が起き上がる。

「大丈夫か、もう少し横になってろよ、足も折れてたんだぞ」

「いや、もう大丈夫、足も、ほら」

 といってその場で飛んで見せる。そして、次の天狗岩を探しに行こう と笑って言うが、いや、流石にあれだけ大けがをしてたのに、すぐ次の行動に移ろうっていうのはちょっと無茶だろう。音羽も心配そうに学のことをみてるし、みんなもさすがにちょっと不安そうだ。というわけで。

「ちょっと待った、待とうぜ、学。いいタイミングだし少し休憩しよう。みんなそろそろ疲れてるしさ」

「そね、アタシもちょっと疲れたし、休憩しよ」

 と京子。

「でも、ここらへんで休めるところとかある?」

 と千草。そして京子がスマホの地図アプリを開きながら答える。

「この天狗岩のある山って伊吹山でしょ?ここからちょっと言ったとこにふたつ池、って池があってね、まあ、それなりに綺麗な池だし、ちょっとした東屋もあるから、そこで休憩しない?」

「賛成!」

 と雪待が声を上げる。 

「そこってどんなとこ?」

「まあ、行ってみればわかるでしょ」

 と井村と千草。

 じゃあ、まあ決定ってことで。

「じゃあ、出発しようか」

 ネイが飛行ガサを広げて飛び立とうとする。雪待やみんなもそれに続いて飛ぼうとするが。

「待て、ちょっと待て!」

「なに?」

「さっきそれ爆発したよな、またそれ使って飛んでくのか?」

「大丈夫だよ、さっきはたまたま爆発したけど、飛行ガサは滅多にああいうことにならなうい安全を重視した設計になってるから。ああいう風に爆発する可能性は1兆分の1くらいだね。2回連続1兆分の1が起こる確率は天文学的に低いよ。変な使い方さえしなければ大丈夫だよ」

 なんだその機械に対する信頼は。

「いや、それでももっと、こう、安心できる材料がないと、不安がぬぐえねーっつーか」

「う~ん、それじゃあ、ぬいぐるみのバルーン宇宙服のスイッチをオンにしておくね、危なくなったら自動で飛んでいて助けてくれるから」

 納得しがたいが、その風船の性能はこの間身をもって知っているし、第一空飛ぶ道具がなければここから動くこともできない。仕方ない。どうしようもないことはわかっているのだ。

 ネイが学と音羽に予備の飛行ガサを渡す。さっきあんなことがあったのに、それをまるで気にしてないかのように空へと飛んでいく。最後、一人残されてしまった。

「ああ!もう仕方ねえなあ!」

 飛行ガサを広げて、自分も大空へと舞い上がる。先に飛んでいったみんなを追いかけた。できるだけ低く低く飛びながら。


◇ ◇ ◇


 ふたつ池は京子が言っていた通りすぐ近く、山肌にそって少し降りた場所にあった。空の上から見るとまん丸の鏡のような水面がひとつ見える。見るとふたつ池に向かって町の方から道路が走っていて、それが池を少し追い越したあたりで森に消えていた。そこで工事がストップしているようだった。

 京子がふたつ池のほとりの道路に降り立つ。それに続くようにして、皆が次々に降りて行った。

「ここがふたつ池?」

「ふたつ池っていうから二つ池があるのかと思ったけど一つなんだ」

「昔はふたつだったんじゃいの?知らんけど」

 千草と井村がわちゃわちゃと騒ぐ。お前らそんなに仲良かったっけ。

「東屋ってアレ?」

 と遥子が指を指した先には、藤棚の下、草に埋もれたプラスチック製のベンチとテーブルがあった。ずっと整備されてなかったんだろうな。ふと横をみると京子がちょっとしまったな、って顔をする。まあ気にすんな。行ってずんずん伸びてる草を踏み潰すと何とか座って休めるようになった。

「それじゃ、おやつにしよっか」

 と雪待が言う。いや、誰もおかし用意してない、って言おうとしたときにはもう、雪待がネイのぬいぐるみの中から次々にお菓子を取り出していた。

「ポテトチップに、チョコレートに、クッキーに、菓子パンに、カロリーメイトと、ウィダーゼリーもあるよ。あと飲み物も、水に、オレンジジュースに、紅茶に」

 なんだか、雪待の悲しい食生活を知ってしまった気がする。

「遠慮せずに、食べて食べて!」

「それじゃあ…いただきます」

 食べてしばらくすると副交感神経が働いたのか、みんなさっきまで緊張が解けてきたようだった。人間の神経は緊張を司る交感神経と緩和を司る副交感神経があって、ご飯を食べると副交感神経が活発になるから、緊張が解けたり眠くなったりするんだぜ。5時間目が眠いのはそのせいなんだぜ。

 そして雑談。

「その髪さ、やっぱ染めてんの?すごい綺麗に染まってるよね」

「一回でうまくしないとならないから、すごい大変だったんだよ。でも、ほら、ここ、実はうまく染め分けできなくて」

「音羽、すごかったよ、さっきのキャッチ!ほら、一ツ橋くんのちゃんとお礼言っときなよ、命の恩人なんだから」

「うん、音羽さんにはすごく感謝してる」

「音羽さん?」

「え?あ、いや」

「ネイって何歳なの?」

「えっと、生まれてから大体…地球時間で12万2000時間くらい」

「それって地球人でいうと何歳くらい?」

 などなど。

 ふっと、池を見渡す。透明度がかなり高いようで、水底をかなり遠くまで見渡せる。向こう岸まで百メートルくらいありそうで、ほぼ円形をしている。池の中をちらりと小さい魚が泳いでいるのが見えた。東屋がある場所と池の間には小さい柵が立ててあって、そこの近くに『遊泳禁止』と『釣り禁止』の看板があった。看板があるってことは来る人間がいるんだろう。でも、釣りはともかくこんなところで泳ぐ奴いるか?

「パパたちが子供のころ、ここにきて泳いだり釣りしたりしてたんだって」

 気が付くと隣に京子が立っていた。

「パパたち?」

「私のパパと、音羽のお父さん。それに他の、町の大人の人たち。昔は、ほら、遊ぶ場所もないしゲームっていってもファミコンくらいしかなかったから、この町の子供はみんな夏はここにきて遊んでたんだって。そこで、他の集落から来たこと喧嘩したり友達になったり、なんかそういうことがあったんだって」

「それで、昔は、あの道路もなかったから、山の中にある獣道みたいな道をみんなで通り抜けて。そこは今登山道になってるんだけど」

「この道路って、じゃあこの池に来るために作られた、ってこと?」

 京子がかぶりを振る。

「30年前のバブルのころにね、この山を越えて向こう側まで道路を通す計画があったんだって。でも、途中でバブルが崩壊しちゃって、色々なものが途中のまま。このベンチと椅子も、その時に建てられて、でも、結局誰もここで遊ばなくなって、それでおしまい。あの時お父さんたちの友達だった人たちも殆ど大人になったらこの町を出ていっちゃって。みんないなくなっちゃった」

 京子が、目線を活けに向けたまま言う。こちらに目を合わせないようにして。

「ねえ、耕治はいなくなったりしないよね。この町から。一回出ていっても、帰ってくるよね」

 俺は、答えられなかった。何も考えなかったということはない。将来どうするのか。この町から出てくのか。まあ漠然と必然的に出ていくことにはなると思ってた。この町には仕事がないし。じゃあ、その先は?いつか、いつかこの町に俺は帰ってくるんだろうか。帰ってくるとしたらその時はいつなんだろうか。10年後?20年後?俺が歳をとって仕事を辞めてから?京子はどう考えているんだろうか。

 そして俺ははぐらかした。目の前の池を見ながら、

「この池さ、すごくいい場所じゃん。でもさ、今までこういう場所あること知らなかったんだよな、俺。こんな風にさ、この町にも俺の知らないすげーところがたくさんあるんだろうなって思うよ。俺、このふたつ池?すげー気に入ったし、この池があったらまた来たいって思うし、だったら、多分、帰ってくるよ」

 ふと、京子の顔が曇る。ああ、はぐらかしがばれたか。それともまたなんかへまをやったか?

「この池が、あったら、か」

 そういって、寂しそうに笑う。何なんだ?

 その時、ガサガサと人が草をかき分ける音が背後から聞こえた。登山道を登って誰かがやってくる。背中に大きめの荷物とカメラをしょっていた。

「あれぇ?この池に人がいるなんて珍しいなあ、しかも子供たちばっかり」

「あなたは…」

 京子の体と声に緊張が走る。敵意を持った声。

「おや、藤谷建設のお嬢さん。こんにちは。会って話すのは初めてかな。よろしく」

 人のよさそうな屈託のない笑顔を向けそう話すのは、今この町を二分している町長選挙の渦中にいる人物。一ツ橋学の父親。

 一ツ橋英雄だった。

「父さん…」

「おお、学もいたのか。後ろにいるのは国府田音羽さんだね」

 音羽が学の後ろに隠れる。

「学校のクラスメートでハイキングってとこなのかな?……なんか警戒されてるね、仕方ないか」

「父さんはなんの用でここに来たの?」

「いや、特に用ってほどの用じゃないんだ。選挙活動とは直接関係ないよ。ただ、もうすぐ埋められてしまうこの池を記録に残しておこうと思って」

 そういって、一ツ橋さんは、背中の荷物をおろして中からカメラと三脚を取り出し撮影の準備をしだした。え?今なんて言った?埋められるって?この池が?

「ああ、君は知らないのか。この間の市議会で決まったんだよ。この池を埋めてゴミ処理場を誘致するんだ。僕らも抵抗したんだけど多勢に無勢でね、どうしようもなかった。残念だよ」

 そういって一ツ橋さんは本当に寂しそうに言う。

 京子の方を向く、京子は視線を合わさずに

「お父さんから聞いたの、仕方のないことだって」

 といった。

「仕方ないのは僕もわかるよ。でも、今のやり方だとタコが自分の足を食べてるのと一緒だよ。この池や自然は、この町の資産なんだよ。それを生かすやり方を考えないといけない。この町に住んでたらわからないかもしれないけれども」

「…わかるわよ…!」

 京子が絞り出すような声をあげる。だけど、その先が続かない。わかるけど、でも、どうしようもない、そんなことが言いたいのだとわかるけれども、それを口に出せないのもわかる。

「わかってるよ、お父さん、みんなわかってる」

 割って入ったのは学だった。

「音羽さんも、藤谷さんも、ここにいるみんな、この町のいいところはわかってる。自然や、風景や、住んでる人のこと。それでも、選択肢が他になくてどうしても選ばないといけないことはあるんだよ。お父さんのは一方的だよ」

「…言い方が悪かった。ごめん。そうだな、僕は、他のその他の選択肢を提示できれば、ってそう思ってるんだ」

 6月の、午後の、さわやかな風が吹いているというのに、それに似つかわしくない沈黙が流れる。そして、その沈黙を破ったのは一ツ橋さんの方だった。

「ここは、ちょっと僕が退散するべきところなんだろうけれども、撮影を続けてもいいかな。もう時間がないんだ。今週末には、ここはもう埋め立てられてしまう予定だから」

 今週末?そんなにすぐ?

「…藤谷さん、国府田さん、僕は、敵じゃないよ。同じようにこの町を良くしようと考えてる。ただ、やり方が違うだけで。初めてこの町に来た時から、その考え方は変わらないよ」

 一ツ橋さんのいうことは本当なのだと思う。選択肢の話、どうにもならない話。難しい。大人になったらこういう難しいことにも答えが出せるようになるのだろうか。

「行こうか」

 そういって最初に促したのは学だった。

 それに続いてみんながゆっくりと坂を下りていく。振り返ると一ツ橋さんは俺らに手を振っていた。坂を曲がって見えなくなったところで、千草が、

「これからどうする?」

「僕はもう少し調査を続けたい。残った天狗岩もあと少しだし」

「俺も。気分切り替えてバーってやっちまおう!」

「よーし!行こう!ネイ!出して!」

「飛行ガサ!」

 といって、ネイがぬいぐるみから飛行ガサを取り出す。俺らの勢いに流されて、他の4人も同じように飛行ガサで続く。空に舞い上がる。ふわりと浮く感覚。一瞬で目の前に広がる空。下には森が広がる。こうやって空を飛ぶと、小さな悩みとか不安とかも飛んで消えてしまいそうだ。

 先頭を飛ぶ学に地図を教えるために京子が一瞬隣に並ぶ。その時、風に乗って、ありがとう、と言ったのが聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る