12,ちくさ×夕食×秘密の暴露【緒方千草】
ふたつ池でのやり取りの後、2つの天狗岩を回ったが両方とも外れだった。残った天狗岩は一つ。これが当たりだったらいいな、と思いながら、夕暮れに差し掛かった山の上を飛んでいる。
宇宙人みたいな少女、雪待遥子が転校してきたのが三日前。そして、雪待遥子を尾行し、流れで友達になったのが二日前。宇宙船を探していたら巨大なロボットが出てきて、成り行きでクラスのみんなに本当の宇宙人のことがバレたのが一日前。そして、今日、こうしてを飛んでUFOを探している。
……現実感がない。
現実感がないといえば、もっと重要なことがある。雪待遥子、いえ、雪待遥子さんは。
ハルカナである可能性が物凄く高いということだ。
ハルカナ。ヴァーチャルシンガー。3Dモデルで作られた体を持つインターネットを中心に活動する歌い手の一人だ。腰まであるピンク色の髪に、黄色のインナーカラー。90年代をモチーフにした衣装。そして歌声。透明感があるとか音圧があるとかそういう言葉では言い表せない、他に例えにくい歌声。ただ、その声には“感情”が籠っている。感情が籠っているなんて陳腐な言い方だけれども、でも本当なのだ。ハルカナの歌には、感情が籠っている。将来の不安や、今の自分たちを取り巻く世界への怒りや悲しみ、そして、毎日を送る中で感じる、小さな喜びや希望。そんなものが、その歌の中に、小箱にお菓子を詰めるように詰められていた。
初めてyoutubeでその歌を聞いたとき、こう思った。
ああ、この『ハルカナ』は、私だ…!
その時からハルカナを追いかける日々が始まった。と、いっても何かができるわけでもない。公式チャンネルに登録したり、インターネットで昔の情報を調べたり、コミュニティに入ったり。その中で、ある噂を聞いた。彼女は前世はニコニコの歌い手で、小学生うたってみた、だったらしい。その時の年齢から計算したら、今は一四歳。あの、憧れの人が一四歳!同い年だなんてワクワクする。それだけで嬉しくなる。いつも、本当はどんな人なんだろうって考える。妄想する。かわいい子だったらいいとか、かわいくなくてもいいし、私に似てたら嬉しいし、似てなくてもいい。どんなことを考えてるんだろう。どんな性格なんだろう。好きな食べ物はなんだろう。ハルカナはVTUBERもする歌い手と違って殆ど自分のことをしゃべらない。妄想がどんどん膨らんでいって、でもそんなことを考えてるだけで幸せな気持ちになる。
そして、三日前、私の目の前に雪待遥子が現れた。
腰まであるピンク色の髪に黄色のインナーカラー。ハルカナにそっくりな髪型。最初はハルカナにそっくりだな、偶然だな。と思ったのだけれども。というか、3Dモデルで見てるときにはまあこういうのもアリかなと思ってた格好だけど現実に遭遇するとかなりドン引くなこわ近寄らんとこ、と思っていたのだけれども。
昨日の夕方行ったカラオケで、全部ひっくり返ってしまった。
遥子が次の曲にハルカナの曲を入れる。へえ、ハルカナ知ってるんだ。私も知ってるよ(ちょっとした対抗心)。でもハルカナの曲結構難しいからね、ちゃんと歌えるかな?もしかしてそのピンク髪もハルカナを意識してる?とかなんとか、曲が始まるまでは思っていたのだけれども。遥子が歌い出した瞬間、すべてがぶっ飛んだ。
え?え?え?え?え?ちょっと待ってちょっと待って?え?そっくり、そっくりっていうかそのまんまじゃない?あ、ここの歌ってるところの癖もそっくり、え?まってまってまって、声全く同じなんですけど、ヤバイヤバイヤバイヤバイ。あ、なんか目と耳がぐちゅぐちゅする、あ、泣いてる、泣いてる私、なにこれハハハ号泣してるじゃん、これ、本当?まさか本当に?
遥子…遥子さんが歌い終わる。私は膝がガクガク震えて声が出ないけれども、振り絞って次のことを聞く。
「あ、あの。ハルカナ?」
「ハルカナ」
ああ、やっぱり、この子、ハルカナなんだ。
その後美香が入ってきて。美香は遥子さんはハルカナじゃないっていうし、遥子さんも今度は、ハルカナじゃないっていうけれども(さっきのハルカナって答えたのは曲のことを聞かれてハルカナの曲だよって答えたって言ってた)いや、でも、ハルカナだよ。間違いない。私と同じ一四歳、遥子さんの中には、私と同じ、『ハルカナ』が眠っているんだ。きっと。
◇ ◇ ◇
「えいっ!」
と、遥子さんが、最後と思しき天狗岩にステッキを突き刺す。
ステッキは光らず、反応なし。
「だめかぁ~」
美香が落胆の声をだす。
「結局宇宙船見つからなかったね」
しょんぼりするネイに一ツ橋が声をかける。
「第一候補がダメだっただけで、まだ、この町には天狗って名のつく遺跡や遺構がたくさんあるよ。明日からはそれをめぐっていこう。きっとどれか見つかるよ」
そうだね、気長にやろう。何事もすぐに解決したりはしないもんな。
ぐううううう、と音がする。音羽のお腹のなった音だ、お腹を押さえて顔を真っ赤にしてる。
「あ~、そういえば腹へったあ!」
耕治が伸びをしながら言う。音羽のお腹の音を口火に、皆が空腹を口にする。ああ、私もお腹すいたな。太陽がそろそろ山向こうに沈み始めている。ここもすぐ夕闇に飲まれる。
「とりあえず今日の調査は終わりにしてうちでご飯食べない?」
そう私が提案する。
「チグサちゃんの家って何してるの?」
遥子さんの質問に私はこう答える。
「酒処ちくさ。ご飯屋さん」
◇ ◇ ◇
山の多いこの町の夕暮れは早く、あっという間に真っ暗になった。飛行ガサで山の中から町の中心へ向かって飛んでいく。私のうちはこの町の比較的栄えてるところの商店街の中にある。3階建てで、1階と2階が店舗。2階の一部と3階が住居になっている。3階部分は建て増しをしたのでちょっとした違法建築感がある。というか違法建築じゃないのかこれ。ここにずっと住んでるんだけど慣れというのは怖いものだ。
酒処ちくさ、と看板がかかってある正面ではなく、裏手に飛行ガサで着地する。勝手口を開けて中に入る。段ボールに入れられた野菜や飲み物が詰みあがっていた。入って入って、とみんなに手で合図をする。勝手口から入って左手には上の住居スペースに上がる階段があるけれども、今行くのは目の前の扉だ。目の前の扉を開ける。喧騒があたりに広がっている。扉を開けるとそこはお店の中だ。お父さんが厨房、お母さんが注文を取っている。この店はお父さんとお母さんの二人で切り盛りしている店だ。
「ただいま」
「おかえり」
「お母さん、2回座敷空いてる?友達連れてきたんだけど、7人くらい。いい?」
「そういうことはあらかじめ言っておいてよ、空いてるけど」
「いいってさ」
勝手口で待ってるみんなに声をかける。口々にお邪魔します、といって、2階へ上がっていく。京子と耕治は常連なので、勝手知ったる、っていう感じだ。ネイもそのまま入ってきたけれども、まあ、いるのは酔っ払いだけだし大丈夫だと思う。ばれないばれない。うん。
2階は襖で区切られた座敷席が4つあり、必要な時には襖を外して広間として使えるようになっている。今日は人も少ないので、手前側の2つをつなげて使うことにした。料理をお母さんが持ってきてくれたのだけれども、あんたも手伝いな、というので半分くらいは持って行った。音羽と一ツ橋が手伝うっていったけれども、まあ、お客さんだし。座ってて?
◇ ◇ ◇
「とりあえず!かんぱーい!」
「かんぱーい!」
耕治の音頭でみんなが乾杯をする。
「まあなにも乾杯できるようなこと起きてねえけどな!」
セルフツッコミである。
「天狗岩結局外れだったしね」
一ツ橋が残念そうに。よっしゃ、じゃあ、私が盛り上げるか!
「じゃあ、雪待遥子さんとネイの歓迎会っていうことで!かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「よっし!食べよ食べよ!自慢だけどうちの料理おいしいよ」
「自慢なんだ」
「取り分けるね」
といって、大皿に盛られた料理をみんなに取り分けていく。全員に取り分けていく途中でふと気づいた。
「そういえばネイは地球の食べモノ食べて大丈夫なの?」
「タコとイカ以外は…」
「毒なの?」
「形が気持ち悪くて……」
「ただの好き嫌いじゃねえか!」
耕治が突っ込む。
「違う星の生き物が、同じもの食べれるってなんか変じゃないかな」
一ツ橋くんが。確かに、それ疑問。というか普通に地球で息が出来たりとかも考えると不思議だよね。
「遺伝子的には地球人とボクたちって違いがないんだって。ボクたちと地球人だけじゃなくって、この天の川銀河に住む他の人間、人間というべき生命も、殆どが同じ遺伝子を持ってるらしいんだ」
「それってどういうこと?」
「宇宙人類単独起源説、ってのが僕たちの星の学説であるんだ。この宇宙の知的生命体の分布に関する仮説なんだけど。この宇宙のどこかの星で生まれた知的生物が数億年をかけて宇宙中に広がったのが、この宇宙に住む知的生命体の先祖っていう仮説。だからつまりボクや、君たちの先祖だっていうことらしいんだ」
なんかすごい話だ。規模が大きくてちょっと理解しづらい。でもつまり、ということは、私の大昔の先祖と、ネイの大昔の先祖がつながってるってこと?
「なるほど、ということは私たちは遠い遠い親戚になるんだ。ネイと、私、そして、美香やみんな。ネイと私たちの距離に比べたら、私たちはほとんど家族みたいなもんだね」
と、遥子さんが、ちょっと芝居がかった言い方で身振りを伴いながら言う。
その後、うちの料理に舌鼓を打ってもらいながら楽しく晩御飯の時間は過ぎていったのだった。
「ねえ、ネイ、なんか宇宙の凄い話してよ」
「そうだなあ…。この地球と太陽の距離ってどれくらいあるか知ってる?大体1億5000万キロ。これがどれくらい遠いかっていうと、光の速さで8分くらいかかる距離。そして、太陽から火星までの距離が2億3000万キロ。水星から火星までが地球型惑星っていわれていて、比較的太陽の近くを回っている。その次の木星はぐんと遠くなって、太陽からの距離はおよそ7億8000万キロ。火星までの距離のおよそ三倍。光の速さでおよそ40分。そして、次の土星の距離は14億3000万キロ。木星からさらに倍の距離。キミたちの学校の教科書に載ってる図とかみてると同じ距離にならんでいるようにみえるけど、実際は遠くに行くほど離れていってるんだ。一番果ての海王星は土星からさらに3倍、45億キロ離れている」
「なんかすげえ桁の話だな。それが太陽系の果て?」
「太陽系の果てはもっと先で、その周りにオールトの雲っていう、小さい天体が球状に太陽系の周りをまわっている場所があるんだ。そこからキミたちのいう超長期彗星が飛んでくる。そのオールトの雲は1兆5000億キロから15兆キロの間に広がってる。キミたちも知ってる1977年に打ち上げられたボイジャー2号は今海王星の外を飛んでいるんだけど、オールトの雲に到達するのは2300年、オールトの雲を抜けるには30000年かかるんだって。あ、こんな話つまらない?」
「30000年か……いや…途方もない話だなって思って」
「そんなオールトの雲の端でも光の速さで1.6年。地球から一番近い惑星系までは4.25光年もあるんだよ」
「なんか、果てしのなさに怖くなってきた」
「今見えてる星は、どれもそれよりはるかに遠くにあって、その数百年、数千年前の光が届いてるんだって」
「ネイは、そんな遠いところからきたんだな」
「こういう話をしてると、なんか自分たちの悩みとか、すごく小さく思えてくるね」
そのあとは、学校の先生のこととか、最近のテレビのこととか、ネイが旅してきた星の話とか、一ツ橋が調べてきたこの町の昔の話とか。そんなことを離しながら。なんか、三日前まで、すごいぎギスギスしてたのに、それが嘘みたいだ。不思議。
ふと、階段がギシギシ音を立ててるのに気づいた。
誰かが2階席を使うのだ。人数によってはちょっと寄せた方がいいかな、と思って階段を覗く。あ、ちょっと、やばい。座席に戻ってみんなに声をかける。
「ふすま閉めて!京子と音羽のお父さんたちが来た!」
飛び込むようにして座敷席の奥に料理と皿を持って飛び込み、襖を閉める。しばらくして向こうの座敷席に人が座った気配がする。
「なにも隠れることないんじゃねえか?」
と耕治が言う。
「バカ、一ツ橋君と一緒にいるところ見られたらめんどくさいでしょ」
「ごめん…」
「ううん、学君は悪くないよ」
と音羽。
「ねえ、誰来てんの?」
と京子。ふすまを小さく開けて隣の様子を伺う。
「京子と音羽のお父さんと、病院の院長先生、ほか二人くらい」
選挙関係だろうなあ。
と、そのうちの一人がこっちに向かって歩いてきた。ヤバ。隠れて隠れて、って手で合図するけど、どこに?って手で返してくる。しるか。
がらりとふすまが開く。
「あれ?トイレこっちじゃなかったっけ」
襖を閉めて戻っていった。みんな開くふすまの両側に張り付いて危うく難を逃れたけども、結構ギリギリだな。この場所。でも、あの今おじさんたちがいる座敷の前を通ってしか階段に行けない。……仕方ない。
「ここは危ない、奥に階段があって私の部屋に上がれるから、そこから逃げよう」
座敷席のさらに奥に、目立たないように扉がある。その扉を開けると、階段というよりも梯子といった方がいいような急な階段があり、その先の3階に私の部屋がある。
「ちょっと、靴、取ってくるからここで待ってて」
待っててもらう。
「ちょっと、部屋、あの、片付けるからちょっと待ってて。10分くらい」
待っててもらった。
先に部屋に入って中を片付ける。散らかったものをとりあえずベットの下に突っ込む。部屋に貼られたハルカナグッズをはがしてそっとしまう。ゴミはゴミ箱に。まあ、最低ランクはクリアーしたと思うので、とりあえず入ってもらう。
「いいよ」
「お邪魔します」
「なんかちょっと散らかってね?」
「女子の部屋こんなもんだよ」
片付いてるよ?
「というか、8人も入ると狭いねコレ」
「今日はもうお開きにしようか。明日また学校で」
「お疲れ様」
「おつかれー」
そういって、飛行ガサで滑空するように3階の私の部屋の窓から地面までみんなが次々に降りていく。一ツ橋、音羽、京子、耕治。遥子さんが下りようとしたとき、ちょっと待って、といって止めた。
「どうしたの?千草」
「あ、美香、美香も残って。実は、どうしても確かめないといけないことがあって」
いぶかしがる美香と遥子さんの前に、ポケットから胡椒ビンのような形をしたモノを取り出した。
「あ!」
とネイが声を上げる。
そう、これは、ネイの持っていた道具の中に入っていた『すなお砂』だ。これを振りかけるとどんなことでも素直に話してしまうという道具。今日、色々見たときにちょっと借りてきたのだ。これで、遥子さんがハルカナであることを確かめる。どうしても確かめないといけない。
「ごめんね!遥子さん!」
そういって、ドバドバと遥子さんにすなお砂を振りかける。
「ちょっと、ごほっ、ごほっ、砂、砂が目に入っていたい!」
「ごめんね!遥子さん、あなた、ハルカナなんですよね!」
「違うよ!わたしハルカナじゃないよ!」
「嘘!あれ?砂が足りないのかな、エイッ!エイッ!」
「ちょっと、千草、もう、私にまでかかってる、っていうか、部屋中砂まみれになってるんだけど」
「まってて、美香!もう少しだから!ねえ、誰?ハルカナは誰?」
「ハルカナは私。私がハルカナ」
「…え?」
砂を振りかけていた手が止まる。その言葉は意外な人物から発せられた。
「美香…それ、どういうこと?え?冗談でしょ?あなたがハルカナって?」
美香が、鼻の両側から押さえて、ぷう、という。
「私が、ハルカナ。ずっと、歌を歌ってた」
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