13,春×叶う×ハルカナ【井村美香】

「私が、ハルカナ」


 言葉が、出ていた。

 自分の意識と関係なく、自分の秘密をしゃべっていた。

 よりにもよって、一番大切な秘密を、一番知られてはいけない相手に。

 大慌てで口を押える。でも、出てしまった言葉は戻らない。

「え?嘘だよね?冗談だよね、だって、そんな、え?」

 最初は何かの間違いだと思っていたであろう千草も、私の態度と顔色の変化をみて、それが本当だと察したらしかった。

 ああ、駄目だ、底が抜ける。今まで自分を支えていた嘘が全部こぼれる。一度目をそらしてしまったので、もう目の前の千草の顔が見れない。そして、思考が止まり、でも、体は最適な行動をとろうとする。逃げるようにして、空いてる窓から勢いよく、飛び降りた。

 飛び降りた瞬間、冷静になる。しまった、ここ3階だ。絶対骨折れたり大けがする。落ちどころが悪いと死んじゃうな、ああ、でも死んじゃってもいい、もう駄目だ。もう人生終わった。

 ……。地面に衝突する瞬間、バルーン宇宙服が飛んできて、ぼよんと私の体を跳ね飛ばしてくれた。今日、一ツ橋くんが落ちたときにオンにしていたスイッチのおかげで自動で保護してくれたのだった。でも、ぼよんと跳ね飛ばされた私の体は1メートルほど宙を舞って、思いっきり地面に打ち付けられた。痛い。全身が痛い。痛いけど、逃げないと、痛い。後ろを振り向けない。3階の窓から千草が私を見ている。

 そうして私は夜の街を這う這うの体で家まで逃げて行ったのだった。

 あ、裸足だ、と気づいたのは家に帰ってからだった。


◇ ◇ ◇


「ハルカナは、私」


 歌を、歌ってた。

 私はこの世界に星の数ほどいる『うたってみた』の一人だった。

 最初はただの憧れで。そして少しの驕り。

 小さい頃からyoutubeやニコニコ動画を見ていた。そしてその中に『うたってみた』というジャンルがあった。VOCALOIDなどの音声合成ソフトを使って歌を入れた音楽をつくる人たちがいる。その人たちが作った歌を自分の声でうたってみる、というジャンルの動画で、かなりの数が投稿されていた。再生数が多い人はみんなすごく上手かった。でもその中にはあまり上手でない人が数万再生されていたりして、これくらいなら自分でもできる、と思った。歌には自信があったのだ。なので、やってみることにした。小学校4年の時だ。

 調べるとカラオケ状態になった音源(オフボーカル音源)が配布するサイトがあって、その音源に録音した自分の歌を合成して投稿するらしい。合成するためのソフトもフリーソフトが配布されており、それを使うことにした。ありあわせのダンボールでできるだけ音がもれない仮設の無音室を作り、スマホのマイクで録音した。録音して聞く自分の声は自分で思ってたのと違って変な感じで、音もところどころ外していた。何十回か取り直してある程度聞ける状態になったものを合成して投稿した。投稿した夜はドキドキして眠れないまま布団についた。何回再生されるだろう。いいねはつくだろうか。コメントはつくだろうか。スマホを閉じてはまた開いて自分の動画を確認する。朝まで。何回も。しかし、最初のドキドキはだんだん落胆に変わっていった。一向に再生数のカウンターが回らない。誰も私の動画を見ていない。

 朝まで、布団の中でスマホを見ながら確認して、結局動いたカウンターは3。多分、全部私。結局私の動画を誰もみなかった。私を誰も見ていなかった。

 その日。寝不足のまま学校へ行って。いつものように授業を受けた。休み時間、教室の前のは方で緒方千草やそのほかのクラスでも陽キャの人たちが楽しそうにはしゃいでいる。私は、本を読むふりをして一人の時間をやり過ごしていた。

 ああ、ここでも。誰も私を見ていない。

 家に帰り、そしてまた、惨めったらしく再生数を確認する。やはり3のままから動いていない。…悲しかった、そして悔しかった。どこにいても、誰も私を見ていない。だから、せめてこっちだけは誰かに自分を見せてやると、そう決心した。

 私の歌が悪いわけではないと思った。トップにいるガチでうまい人は別として中くらいの層はどんぐりの背比べだ。私も行ける。多分何かやり方があるのだと思った。

 曲の選曲。流行ってる曲より少し古くても固定ファンがいる曲の方がいい。

 録音環境の改善。お年玉を使い、性能のいいマイクを買った。ダンボールハウスをもっと性能がいいものになるよう改良する。

 動画にオリジナルの絵をつける。お金を払って絵師にイラストを頼むことができるサービスがあるのだけれども、5000円とか10000円とかする。マイクのようなものには払えるけれども絵にそれだけ払うのはちょっと……難しい……。と思い、twitterや画像投稿サイトを見て回っていると、無料絵書きます、とプロフィールに書いている人が結構いて、その人たちに頼むことにした。出来は…正直微妙だったけれども、何もないよりよっぽどいい。

 ここら辺で両親にばれるけれども、歌を歌ってアップするだけだから、顔を出さない、個人情報を出さないということを説明して、何とかOKをもらう。

 そして結果。環境を改善して始めて投稿した動画は120再生。3に比べれば大した数字だ。私はイケる!と踏んで、その後も何回も動画を投稿した。投稿するたびに再生数は増え、400、500、と増えていった。…ただ、その先がダメだった。どうしても再生数1000の壁を越えられない。だんだん自分もダレてきて、毎日投稿していたのが週に2回、週に1回、2週に1回、月に1回、と投稿頻度がどんどん下がっていっていた。その間、歌う歌の方向性を変えたり、動画で画像を動かしてPV風にしたり歌詞を入れたり、またとうとう絵師にお金を払って絵を描いて貰ったりしたが、結局、駄目だった。あの、数万再生される人たちと自分はどう違うんだろう、考えて、行動しても、結局わからなかった。

 やがて追いかけるのに疲れて、もう、止めようと思った。やめるなら最後は、好きな曲を歌おうと思った。音声合成ソフトを使って曲を作る人のなかに気になってる人がいた。曲があった。

 その人を知ったのは、その人が私の歌にコメントをつけていてくれたからだった。「どこにも行けないような雰囲気が伝わってきてよかったです」コメントが付くことなんて初めてだったし、相手のチャンネルに飛んでいった。どうやら彼(彼女かもしれない)も動画を投稿する人で、自分で曲を作ってボーカロイドに歌わせる音声合成ソフトを使って曲を作る人のひとりのようだった。

 彼の作ってる曲の動画の概要を見る。再生数がは全部50~200だった。私よりも再生数が少ない。動画を再生して曲を聞いてみると、そんなに悪くない感じだった。…むしろ結構いい。ちゃんと画像がついたら違うのかもしれないけれども、でも、そうでないとこの再生数なのがこの界隈なのだった。多分、彼の曲が見つけられる可能性は殆どないだろう。その人の曲の動画を開いて続けて聞いていく。その中に、あった。ずん、と胸の奥の空洞に杭を打ち込むような曲。体が震えた。涙が出そうになった。こんなのは初めてだった。慌てて再生数を確認する。147。この曲を、この世界で147人しか聞いてないのだ。怒りと一緒に悲しみが来た。でも<傍点>そういうものだ、わかってたじゃないか</傍点>。

 その人とはそれきり。でも、最後の歌には、その人の歌を歌おうと思った。人気だからとか有名だからとかじゃない。私が好きなうた、だから。

 歌を録音してオフボーカル音源と合成し、動画を編集する。イラストは用意できなかったので、歌詞だけがながれるだけの動画になった。youtubeの投稿ボタンを押す。終わった。これで終わり。今までのように再生数を気にしてイライラすることもないし、義務みたいに毎日毎日音楽を録音する必要もない。肩からどっと力が抜ける。明日からどうしよう、とりあえず勉強だな、なんて思いながら布団についた。

 次の日の朝。大変なことになっていた。

 目が覚めた後スマホを覗いて動画の再生数を確認する。もうどうでもいいと思っていたのについ反射で確認してしまった。クセになってんだ、朝起きて再生数確認すんの。

「は?」

 信じられないものがそこにあった。

 再生数2万。

 今まで体験したことのある数の10倍以上。しかもまだまだ再生数は伸びてる最中でいいねの数も視聴回数の数字もくるくると回っている。

 学校に行っている間も気が気じゃなかった。授業中も先生の目を盗んでスマホをみる。再生数5万。まだまだ伸びている。チャンネル登録者も増えて、他の動画もみていてくれてるみたいだった。最初は喜びの方が勝っていたが、だんだんと不安になってきた。<傍点>見つかった</傍点>。そう私は見つかったのだ。

 2週間後。最終的に再生数は50万まで行った。そして、その後に投稿した動画も1万台行くようになった。多分あれば運がよかったのと、そしてあの人の作った曲がよかったのだからだと思う。あの人のチャンネルを見てみる。再生数を見る。結局再生数は変わらず、100~200の間だ。悲しい、と思うのと同時に、この曲をもっと多くの人に聞いて貰うことはできないかと思う。今の私にならなにかできるかもしれない。

 そう思っていた時、一通のメールが届いた。それはVtuberを何人も抱える事務所のプロデューサーを名乗る人からだった。そこには、私と、その私の歌った曲を作った人と一緒に新しい仮想現実のプロジェクトを始めたい、ということが書いてあった。悩んだ末(あと両親に相談した末)私はその誘いに乗ることにした。私と、あの曲を作った人と、そしてプロデューサーと、三人で(実際はもっとたくさんの人間が動いているのだが)新しい、誰も知らない“誰か”を作っていく。

 それが、ハルカナ。春に叶うと書いてハルカナ。

 私の歌と、彼の曲と、3次元モデル。ピンクの髪に黄色のインナーカラー。どこが寂しげな笑顔。

 彼の作る曲と私の歌う歌の組み合わせは奇跡のようだとプロデューサーが言った。実際ハルカナの動画はぐんぐん伸びた。私の歌声はどこまでも届く。彼の曲はどこまでも響く。みんなが、ハルカナのことを見ている。

 ああ、そしてある時気づいた。

 <傍点>でも、誰も、私自身のことを見ていない</傍点>。


◇ ◇ ◇


 ヴァーチャルライブをしている最中にペンライトを振っている、とコメント欄で書いてくれた人がいた。そうか。そうなんだ。意味あるの?それ。でもすごい楽しいとも書いてあった。何となく気になって自分でもやってみることにした。

 放課後の視聴覚室はひっそりとしていて、ひとりで大画面を使って動画を見るのに最適な場所だ。ここで、時々ハルカナの動画を見る。家のテレビやスマホで見るのと見え方が違ってくる。だから今まで気が付かなかったところまで気づくことができる。動きとか、どうやったら映えるとか。今日はそれと、試しにペンライトを振ってみることにした。自分で自分に…とちょっと気恥ずかしい気がするかも、と思ったがそんなに感じなかった。ハルカリのこと自分とは違う人と思ってるところがあるのかもしれない。

 曲に合わせてペンライトを振る。あ、これ、案外楽しいな。そう思ってた時、ガラリ、と廊下側の扉が開く。


 緒方千草が立っていた。 

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