23,消失×脱出×図書館【国府田音羽】
始めてお父さんに逆らった。
二度目にふたつ池に行った日の夜のことだ。顔を真っ赤にしたお父さんに「どういうことだ!説明しろ!」と怒鳴られた。お父さんに怒鳴られるのは駄目だ。体がガチガチに固まって頭が真っ白になる。お父さんのいうことに全部頷いてしまう。でも、その日の夜は違った。激昂するお父さんに始めて言い返した。お父さんは私に「一ツ橋の息子と付き合っているのか」と聞いた。いつもの私だったら、ここでいいえ、と答えて、そして「一ツ橋の息子と近寄るな」と続けていうお父さんの言葉にも、はい、と答えて。そしてお終いだったはずだ。でも、その日の私はそうじゃなかった。
「ひ、一ツ橋くんとは、付き合ったりしてない。でも、私は、一ツ橋くんのことが、好きです」
言った。
お父さんは顔をさらに真っ赤にして、手を振り上げた。私は殴られると思って目をつぶったけれども、その手が振り下ろされることはなかった。ただ、その後、お母さんに、私を当分家から出すな、と言って行ってしまった。
そして、京子ちゃんが来た。京子ちゃんは、自分が私と学くんのことをお父さんたちに伝えたと話してくれた。怒りはなかった。ただただ悲しかった。
◇ ◇ ◇
京子ちゃんがご飯を運んできてくれる。私がここに閉じ込められて二日目の朝だ。メニューは納豆と海苔と卵焼き。醤油がなかった。醤油がない納豆なんて、と思ったが京子ちゃんはそのまま食べだしたので私も同じように食べた。京子ちゃんの家では納豆に醤油かけずに食べるのかな。文化が違う。
京子ちゃんがいなくなるといよいよ何をしていいのかわからなくなる。ドアをガチャガチャするがどうやっても空きそうにない。スマホも取り上げられてしまって、できることは本を読むか漫画を読むか勉強するかだけれども、本と漫画はもう何度も読んだものだし、よし、仕方ない勉強するか、と思って、机に向かったとき、ドアのノブがかちゃ、っと回った。お母さんが私の靴を持って立っていた。
「お母さん!」
「しっ」
お母さんが人差し指を口元にあてる。
「行っといで」
といって私の靴を手渡してくれた。
「でも、なんで?」
「親が敵同士の恋なんてロマンチックじゃないか。音羽は音羽の信じるようやりなさい。私には今こんなことしかできないけど、頑張って」
「でもお父さんは?」
「いいから。たまには一泡吹かせてやろうじゃない」
「ありがとうお母さん」
私は後ろを見ずに駆けだす。
「勝手口から出て!」
後ろからお母さんの声。玄関に向かう廊下を急カーブで回る。磨き上げられた廊下に靴下が滑りそうになる。
勝手口に回ると、其処にはいつものおばさんたちがいた。樋口さんや長谷さん。
「さ、急いで。玄関の方には回らないで勝手口の方の木戸から出るんだよ」
「ありがとうございます!」
「一ツ橋くんのことは知ってるよ、いつもうちに来てくれてるからね」
「いい子だよ、自分を信じな」
どんどん、とおばさんたちに背中を力いっぱい叩かれる。痛い。痛い。ありがとう、頑張る。
手に持っていた靴を急いで履いて勝手口から飛び出す。垣根の間の小さい扉から外に出ると、そこには大石さんが大型の原チャに乗って待っていた。大石さんに雨合羽を手渡されてそれを着る。
「さ、乗ってきな」
言われるまま原チャの後ろにまたがって大石さんにつかまる。
「さあ、どうする?どこに行ったらいい?当てはあるの?」
大石さんに言われて少し困った。今の私はスマホを持ってない。待ち合せたり連絡する手段がない。でも、すぐに、あの場所、あの時間に行けば会えると思った。絶対わかってくれる。
「大石さん、私、行きたいところがあるの」
緑の畑を一直線に切り裂く農道。
大石さんの原チャは私を載せて走っていく。
◇ ◇ ◇
この町は日が陰り出したらあっという間に真っ暗になる。
その真っ暗ななか、農道を大石さんの原チャが走る。後部シートには私が座っている。
「本当にここで大丈夫?」
「うん、絶対ここにいると思うから。ありがとう」
「じゃあね、頑張って」
そういって大石さんの原チャは赤いテールランプを引いて去っていった。
私は正門の前に立つ。昼間は人がたくさんいて騒がしいこの場所も夜になると全ての照明が消えて少し不気味だ。夜の学校。あの人はきっとここにいる。玄関の扉を引く、かかっているはずの鍵がかかっていない。かけ忘れ?ううん。きっと違う。月明りも届かない薄暗い廊下を壁と記憶を頼りに歩く。嗅ぎなれたかび臭い匂い。それが、ここがあの場所へ続く廊下だと示してくれる。暗闇の中だと距離がわからない。壁に手を当てて一歩一歩進む廊下は、まるで永遠に続くように思えた。そろそろと進む指の先に何かが触れる。とうとう突き当たった。扉だ。手探りで引き戸の取っ手を探して力を込めて引く。木が擦れる音がする。扉が開く。やっぱり、鍵がかかっていない。照明のスイッチの場所はわかっている。でも、先に。
「学、いるの?!」
声を張って暗闇に聞いた。
暗闇ががさりと動き、そして、私の方へ飛びかかってきた。そして、私を抱きしめる。
「音羽!」
暗闇は私を抱きしめたまま私の名前を呼ぶ。ずっと聞きたかった声。私も学の体を抱きしめる。心臓の鼓動が聞こえる。私の音なのか彼の音なのかわからない。心臓が重なる。
パチリ。と音がして図書室の電灯がつく。ちょっと振り返るとスイッチの隣で耕治くんがニヤニヤしてる。え?ここで待ってたの学だけじゃなかったの?見ると本棚の陰から美香ちゃんと緒方さんと遥子ちゃんとネイちゃんが。遥子ちゃんに至ってはなんか拍手してる。うわ、すごい恥ずかしい。というか、みんないたのに学飛びついてきたの?やめてよそういうのは二人きりの時にしようよ。
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