24,7人×孤立×回転灯【緒方千草】

「じゃあ、今からどうするかちょっと考えようぜ」

 耕治が音頭をとる。

 私たちは図書室で車座になって座っている。ネイもぬいぐるみから出て、一緒に輪に加わっている。ぬいぐるみの中から遥子所有のお菓子と飲み物をだして、みんなでつまみながら打ち合わせをする。前にもこういうことがあった。でもあの時は8人で今は7人。京子がいない。

「ところでもう結構遅いけどみんなは家に帰らなくていいの?」

 と遥子が質問する。

「僕は帰らない、音羽と一緒にいる」

 と一ツ橋が隣にいる音羽の手を強く握る。

「駆け落ちだ」

 遥子が嬉しそうにからかう。そういうところだぞお前。でもそれに対して一ツ橋は照れもせず真面目な顔をしてて、なんだかな~って思う。

「私は、一回帰らないとお母さんが心配するし…」

 と美香。そうだよな、それは私のところもそう。

「俺のところは放任だけどタイミングがまずいよな、ここでそろって家に帰らないってなったら大騒ぎになっちまう」

「じゃあ、ミカちゃんとチグサちゃんとコウジくんは一回家に帰って、マナブくんとオトハちゃんは私の家に行くっていうのでいいかな」

「お願いします」

「あー、じゃあ、今日はそれで解散、ってことでいいかな。明日また学校で集まるっていうことで」

「オッケー!」 

 そういって図書室を後にする。玄関を出た後、私たちは学校の正門の前で別れた。私と美香は同じ方向で耕治と遥子は反対側だ。耕治の家は少し遠くて、だから自転車で通ってる。

「耕治の自転車なんか曲がってない?」

「…気のせい」

 そう…。まあいいけど……。

 帰り道に美香と話す。ここ数日すごい大変なことがあったね、って。UFOのこととか、ハルカナのこととか。

「これからハルカナどうやってくの?顔出しでいくの?」

「わからない…どうしよう、一時の勢いで大変なことをしてしまった……」

 そういって美香が頭を抱える。

「ちょっとこれ見て、匿名掲示板にスレが立ってるんだけど、『声はかわいいのに顔ブスwwwwwwww』とか『まあ処女確定だからよかったんじゃね?』とか『生14歳ぺろぺろ』とか。あーーー。こいつら殺してえ、一人残らず殺してえ、生きてることを後悔するくらいのひどい目に合わせて殺してえ」

 完全に目が座ってる。

「あのさ、じゃあ転生することもできるんじゃない?ハルカナのガワを辞めて、他のVtuberになるっていうこともできるんじゃない?」

「……やめないよ」

 美香がいう。

「ハルカナはやめない。ハルカナは私だから」

「……私ねえ、ハルカナの中のひと、ずっとどんな子だろうって想像してたんだ。どんな顔してるんだろうとか、髪は長いんだろうかとか、本当の髪は何色だろうとか、どこに住んでるんだろうとか。うん、でも、ハルカナが美香でよかったよ」

「なにそれ」

 なんだろう。愛の告白かも。


◇ ◇ ◇


 そうこう話しながら酒処ちくさの手前の曲がり角までついた。

 ……何やらお店の前が騒がしい。赤い回転灯がくるくる回っている。パトカーだ。何かヤバイ気配を感じて物陰に隠れる。

「なになに?」

「わかんない。でも私たちに関わることだと思う」

 その時、私のスマホに電話がかかってきた。耕治からだった。とっさに電話に出る。

「もしもし?」

「おい!まだ無事か?無事なら逃げろ!俺たち町中指名手配みたいになってる!」

「一体どういうこと?」

「俺も家の前でつかまりそうになったのを振り切って逃げてきた。多分音羽のお父さんが見つからない音羽を心配して大事にしたんだ。音羽の父さん、警察にも顔が広いからな。多分、ふたつ池で一緒だった全員が音羽の家での重要参考人になってる。捕まったらただじゃすまないぞ。……ちっ、追いつかれた!また掛ける!」

 耕治からの電話はぶちっ、と切れた。

「ねえ、電話なんだったの?何が起こってるの?」

 ふと家の前を見る。家の前の人だかりのうちの一人と目が合った気がした。血の気が引く。慌てて美香の手を引き駆けだす。

「逃げるよ!」

「え?なに?逃げるって、どこへ」

 そうだ、逃げるって、どこへ逃げたらいい?そうだ、遥子のうちはどうだろう。遥子のスマホに電話をかける。1コール待たずにつながった。

「もしもし?遥子?」

「あ、千草ちゃん?わたしも今かけようと思ってたところなの。あのね、うちの前に人がたくさんいて、パトカーも来てて、家の中に人がたくさん入ってるみたいで懐中電灯の明かりがちらちら外から見えるの。これ、もしかしてまずい?」

「物凄くまずい!」

 遥子の家も駄目だ。とにかく遥子にはその場を急いで離れるように言って電話を切る。

 結局私たちは学校の前まで戻ってきてしまった。息を整えてると自転車に乗った耕治がやってくる。続いて遥子たちが走ってきた。

「どうしよう」

「どうするってよ、お前、……どうしよう」

 道の向こう側をみると車のヘッドライトが近づいてくる。道の反対側からもだ。逃げ場がない。

「飛行ガサないのかよ」

「ない!こないだ電池切れになったでしょ!」

「ねえ、ネイ、ミカちゃんとチクサちゃんの分はまだ少し残ってるんじゃない?」

「そっか!」

「でも7人いるよ」

「ああ!」

「これ、あの、これ、入れない?」


◇ ◇ ◇


 足元でヘッドライトを付けた車がいき違う。

 暗闇の空に浮かんだ私たちは下からはみえないはずだ。飛行ガサをさして浮いているのは私一人。そして、手にはネイのぬいぐるみ。ぬいぐるみの中から、みんなの喋る声が聞こえる。

『これ、思ったよりも広いな』

『広くないよ!キッツキツだよ!』

『掃除しろ!いろんなものがぐっちゃぐちゃじゃない!』

『いやいや、俺が言ったのは6人も入るのって広いなって』

『そこー。狭いのに乗じていちゃつくなー』

『してない!』

『してないよ!』

 まあ、何とか無事みたい。

「でさ、これからどうする?」

「安全なところまでこのまま飛んでいけない?」

 美香がぬいぐるみから顔を出して話す。うわ。ネイの生首バックは見慣れてたけど、新しい顔で見るとまた新鮮だな。

「安全なところって……どこよ」

 足元を見渡す。この狭い町のあちこちをヘッドライトをつけて車が走っているのが見える。私たちを探している。逃げ場なんてどこにもないように思えた。

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