7,カラオケ×ハルカナ×フリードリンク【井村美香】

 町で唯一のカラオケボックスは今日も大賑わい!

 …時間帯に寄るけど。

 昼間は暇な老人たち、夜は暇な大人たちで、大賑わい。で、夕方の時間帯は暇な若者たちで賑わうはずなのだけれども、若者の数が少ないのでガラガラなのであった。

 そして、今、私は、千草と音羽、そして遥子とネイと一緒にそのカラオケボックスに来ているのだった。

昭和に建てられたのかとも思う古いセンスの壁紙とあちこちガムテープで補強されたソファ。それでもカラオケの機材は最新のものでボカロやVの曲も殆ど歌える。やるなJ-S●UND。遥子とネイと千草を部屋に留守番させて私と音羽はフリードリンクに4人分の飲み物を取りに来ているのだった。みんな、とりあえずウーロン茶でいいよね。

 今日、朝の天狗川上流でのロボット騒ぎの後、もう少し他の場所も探してみようということでこの町の中をうろうろして調べていた。なんかちょっと行き場なさげにしてた音羽も一緒に誘って。でも、結果はなしのつぶて。何も発見できずに徒労感だけが残った。今日は終わりにしようとなった。でもこのまま解散ってのも味気ないね、っていうことで、今カラオケボックスに来ているのです。

「それにしても、今日、本当に大変だったね、ていうか最近驚くこと多い」

 音羽が言う。

「そういえばさ、美香ちゃん、いつの間に緒方さんと仲良くなったの?」

「え?」

「ほら、なんかいつの間にか、千草、美香、って呼び合ってて」

「え~あ~え~…あの…何となく、急に友情が芽生えて……」

「ふーん?まあ、仲がいいことはいいことだよね」

 危うい危うい。こういう小さいところから秘密というものは決壊するものなのだ、今後気を付けないと。仲良くなったっていうのがばれちゃった以上、仲良しっていう設定で行こう。

 5人分のウーロン茶を持って、個室に戻る。

「おそーい!美香!もう曲入れちゃったよ~!」

 千草が人懐っこい笑顔で話しかけてくる。やっぱり設定忘れてるよね。そのままマイクをとって、最近の流行歌を歌い始める。千草、そこそこうまい。

「これって、歌を歌うための機械と、それを提供するための場所っていうこと?」

 とネイが聞く。そうだよ。っていうか歌ってわかるんだ、宇宙人。

「歌は殆ど全ての知的文明に存在するからね。歌の価値はその文明それぞれだけど。神様への捧げものだから1年に1回しか歌われなくて勝手に歌うと死刑とかってところもあったよ」

「ほえええ」

 と音羽が間抜けな声を出す。

「この星の歌は、楽しみのために歌われているんだね。いいね」

「あー!97点!もう少し行けたと思ったのに!全国12位かあああ!」

 歌い終わった千草が採点を見て一喜一憂する。

「これは、歌のうまさを採点してるの?歌の上手い下手で順位が付くんだ。歌が上手い方が偉いの?」

「まあ、偉いっていうか…かっこいいじゃん」

「歌の上手い下手ってどうやって決めてるの?」

「それは、原曲とどれだけ同じかどうかで…」

「原曲?」

「その歌を歌った人の、オリジナルの歌い方」

「オリジナル、があるんだ。歌に。歌う人は、その、オリジナルになるのを目的として歌を歌うの?」

「いや、なんかすごい難しいこといってない?なんか、概念?私そういうのよくわからない!」

 千草とネイが禅問答をしている間、ソファに座った音羽はタブレットを操作して次々に自分の曲を入れているようだった。

「ねえ、美香ちゃん、美香ちゃんはなにか曲入れないの?」

「いや、私はいい」

「美香ちゃん、カラオケに来ても殆ど歌わないよね、歌うの苦手?」

「苦手っていうか……、私、歌えないんだ」

「美香ぁ!歌おうよ!一緒に歌お、なんならハルカナでもいいから!」

「ハルカナ?」

 ああ、千草、ばれるばれる。そういう針の穴から秘密は決壊していくんだぞ。もう針どころか五円玉の穴くらい開いてる。ヤバイ、空耳でハルカナの曲のイントロが聞こえてくる。

 ……空耳じゃなかった。

 スピーカーからはハルカナの曲のイントロ、そして、遥子がモニターの前にピンクの髪を翻しながら立っていた。黄色のインナーカラー。その姿はまるで。イントロが終わり遥子の口から歌声が響く。

「……ハルカナ……?」

 私の隣にいた千草の口からため息のように声が漏れる。

 遥子の歌は、音程が、音の伸びが、息継ぎの場所が、歌声が、そのすべてが。ハルカナそのものだった。

「終わりでした」

 歌い終わって遥子がいう。私たちはみんな言葉を失っている。

 モニターの採点が終わり、100点を表示する。

「すごーい!すごいすごい!まるでプロみたい!」

 最初に口を開いたのは音羽だった。素直に、ただ感心している。

 千草は完全に硬直して、目から涙がこぼれそうになっている。それはそうだろう、まるで、目の前に、本物が……。ヴァーチャルでない、ハルカナ、が現れたのだから。アレを聞かされた後では、その黄色のインナーカラーのあるピンク色の髪もその瞳も、その服も、全部違うものに見える。

「ねえ、美香……?」

 千草が、期待と恐怖が混じったような顔でこちらを見る。

「違う!そんなことない!」

「ねえ、なんの話してるの?」

「雪待さんって、もしかして……ハルカナ?」

 千草が、聞いた。

「ちがうよ」

「中の人?なの?」

「ちがうよ」

「じゃあ、あの、えっと」 

「あなたにとって、ハルカナってなんなの?」

 焦れて私が聞く。即座に遥子が答える。

「憧れ」

 満面の笑顔で、彼女はそう答えた。


◇ ◇ ◇


「だから、ハルカナは、私の憧れで、それ以上の関係はないです」

「どうして私がハルカナの曲をこのように歌えるのかは、練習したからです」

「この髪も、ハルカナに憧れて染めました」

「私が、どのように、ハルカナを好きになったのかは、秘密です」

 散々の押し問答で遥子から聞き出せたのは結局以上の情報だけだった。その間、音羽はずっとぽかーんとしてた。勘のいい子だったらもう完全にばれてたな。っていうか勘が悪くてもばれるだろうけどあんまりそこらへん気にないタイプの人間だからよかった。というか、もう、色んなものがどうでもよくなってるな。特に千草。

 押し問答の末、一応納得という形で落ち着いた後。

 千草は遥子にハルカナの曲を歌ってくれるように強請っていた。遥子が歌うたびに今にも泣き出さんばかりの顔で口を押えて、うそ、私の年収?のポーズだった。

 音羽は、まあ、理解できないことは理解しない、聞かない方がいいことは聞かない、というスタンスなのか、気にせずに自分の曲を入れているようだった。ネイは、フリードリンクでいろんな飲み物を試したいらしく、私はフリードリンクと部屋の往復をしていた。


◇ ◇ ◇


 日が暮れかける時間になったので解散とあいなりました。

 遥子はぬいぐるみの中に入ったネイを持って三軒坂の方へ自転車で。音羽も自転車で家の方へ。私と千草はちょっとふたり残る形になった。うん、話あるもんね。

「美香、私ね、遥子の、アレ、嘘だと思う」

「千草」

「遥子、本物の、ハルカナ、だと思う」

「…私は、違うと思う。だって、ハルカナは、あんなふうに変じゃないし、自由じゃないし、バカみたいじゃないし」

「でも、外側と、中の人は違うし…」

「中の人ってなに?!」

 大声が出た。

「どうしたの美香?」

「中の人が本物なの?本物って何?ハルカナは、そこにいないハルカナが本物でしょ、実際に、目の前に、立って、あんなの、あんなの…ハルカナ、じゃない、よ」

 くやしい。全部奪われた。そんな気持ちだった。

 日が暮れる。夜の帳が下りる。明滅する街灯の下、私と千草だけが取り残された。

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