16,UFO×ふたつ池×鍵【藤谷京子】

 子守をしているような気持になる。別に悪い子ではないのだ。ちょっと頭がアレなだけで。ただ、それだけで人間関係というものはズタズタになる。都会の学校だったらキツかっただろうな。不思議キャラでやっていくにも限界があるし。まあアタシの知ったことではないけれども…といいながら手をだしてしまった。こうなったらある程度面倒をみないといけないだろうな。めんどくさい。

 耕治に合流した時、井村と千草は“喧嘩して帰った”とだけ言った。今朝の雰囲気のこともあり、何となく察したらしくそれ以上は聞いてこなかった。あの二人が何でもめてるのかわかんなかったので、その後“ハルカナ”で調べてみた。どうやらVTUBERらしい。何となく推測するに、二人ともそのVTUBERのことが好きで、でもそれを秘密にしてて、あとなんやかんやで喧嘩になったらしい。馬鹿らしい。誰が何を好きでも別にいいじゃん。くだらないことで喧嘩してるな。

 神社から少し離れたところ、見通しの悪いところで飛行ガサのプロペラを回す。二人減って6人の体が空に舞い上がる。ああ、これ、気持ちいいよな。好きだ。昨日一日中かけて天狗岩を探し回った伊吹山へ一直線に向かう。足元に町が小さく見える。この速度なら30分かからない。これで宇宙船が見つかったらネイは宇宙に帰っちゃうのか。寂しいな。あと、この飛行ガサだけでも置いていってくれないかな。

 いつの間にか足元に田んぼがなくなり、丘の合間を縫うように何かを育てている畑が見える。畑は勾配に沿うようにいびつな形をしていて、それをつなぐようにまた曲がりくねった道が続いている。そこからしばらく飛ぶといよいよそんな畑もなくなり景色は足元に広がる森だけになる。目の前には山が迫ってきている。伊吹山だ。伊吹山の周りには他にもいくつもの峰が連なっており、それがこの町を覆う壁のように見える。ふと、プロペラに命じて高度をぐん、と上げてみる。視線が山の高さを越える。遥か向こうに地平線が見える、かと思ったが、見えたのは隣の町と、そしてその向こう側にまた壁のようにそびえ立つ別の山だった。そりゃそうだよな、うちの県、山あり県だから。

 そんなこんなでふたつ池到着。昨日来たばっかりだから新鮮味がないな。

 ふたつ池は昨日と同じように澄んでいてまん丸な池の向こう側まで水面が凪いでいる。この不自然なほど丸い池の形もUFOが落ちたクレーターって考えると、まあ納得がいく…かな?

 昨日、みんなで休憩した東屋のあったところに全員そろって立ち、池の中央を見つめる。あるとしたらあの真ん中、あそこにUFOがあるに違いない。もうすぐあの場所からUFOが浮かび上がってくるのだ。その光景を想像すると指先が少し震える。できれば井村や千草と一緒に見たかったな。それがすごく残念だ。せめて動画にとっておこう。またあの二人が仲直りしたら一緒に見よう。

「それじゃ、行くね?」

 と池のほとりで雪待がステッキを振りかぶる。

「ちょっと待ってちょっと待って」

 とネイが横からそれを止める。

「なんかすごいドキドキしてきた。ここ、本当にここでいいんだよね、ここにあるんだよね、きっと」

「私もここが一番ある可能性が高いと思う」

「ここじゃなかったらどうしよう、とか、考えて、本当に、ねえ、大丈夫だよね?」

「ダメだったらまた探せばいいだろ、でも、多分ここであってるって、学がそういってんだから、なあ」

「いや、そんなに自信があるわけじゃないけれども…ああ、でも、ふたつ池ってもしかして、宇宙船にふたをしてるからふたつ池って呼ばれてるのかも」

「学くんが調べて見つけたんだから、間違いないと思う」

「音羽さん、ありがとう」

 音羽が一ツ橋のことを“学くん”と呼び一ツ橋が音羽のことを“音羽さん”と呼ぶ。飛行ガサ墜落の一件から二人の距離が近い。あー、そういうことね。耕治がコソコソやってたのもこのことか。なんか私だけ蚊帳の外だな。私の立場としてはこの二人のことを認めるわけにはいかないのだけれども、まあ、一ツ橋も思ったよりもいい奴だったし、親は親、子供は子供だし。UFOが見つかるまでは休戦ってことだからそれまでは目をつぶっとこう。

 ぎゅっと目をつぶっていたネイがゆっくりと目を開けて、深呼吸をする。

「大丈夫、覚悟きまった」

「よし、じゃあ、いくね!」

 雪待が再びステッキを振りかぶり、

「えいっ!」

 池の手前の地面に突き刺す。一呼吸おいて。


 ――赤色の光があたり一面に迸った。この間、ロボットが出てきた時よりもはるかに明るい光。


「あたりっ?」

「うおっ!これ!どうなんだよ、ネイ!」

「…ない…、間違いない!ここに宇宙船がある!」

 ステッキからの赤色の光に呼応するように、池の中心が赤色に光る。水面が盛り上がり、ゆっくりと赤色の球面が浮かび上がってきた。それはクラゲの頭部分が自ら顔を出している状態で、UFO全体が出てきたようではない様だった。あれが球面の一部だと仮定してUFO全体がまん丸な球形をしているとしたら直径が50メートルくらいはあるだろう。

「お、おい、行ってみようぜ」

 しばらく全員呆気に取られていたが、耕治の一声で我に返った。飛行ガサを回して池の上を飛び越えて、赤いUFOの表面に降り立つ。

「それで、これからどうすればいいの?」

「ステッキが宇宙船共通の起動キーになってるから、これを表面に突き刺せば動きだすよ」

 そういってネイがUFOの表面を小突く。するとそこに丁度ステッキが入るくらいの穴が出現して、ステッキが吸い込まれていった。

「そして、入り口がひらく…はずなんだけど…あれ……?」

 何も起こらない。代わりに。

「せ;ぉjgtsd;rmjk、:pvsv:、rsふぉv。lrせ」lrt「」sr」

 私たちの知らない言語で何かのアナウンスが流れた。何だこれ?でも、それを聞いたネイの顔がみるみる青ざめていく。

「そんな……そんな……」

「どうしたの?ネイ?」

「鍵が…鍵がないとダメだって。この宇宙船専用の認証キーがあって、それを挿入しないと入ることも動かすことも出来ないって……」

「鍵って…?」

「宇宙船には専用キーをつけないように条約で決まってるから、大丈夫だと思ってたのに…」

「その条約が出来たのって何年前?」

「500年前……」

「駄目じゃん……」

「鍵の心当たりは?例の、銀河特急って本に何か書いてないの?」

 ネイはふるふると首を振る。

「せっかく見つかったのに……」

 ネイの目から涙がこぼれる。

「この後…どうする……」

「鍵を探すとか…?」

「なんの手がかりもないのに?」

 声を出さずに嗚咽していた。もう誰も、何も言えなかった。

 ふと、遠くない距離からエンジン音がした。誰かがこの池に向かって車を走らせている。みんなその音に気付いたようだった。

「今、どうしようもない状態だけどUFOが見つかるのはまずい!なんとか隠さないと!」

「あ、うん、そうだ」

 ネイがUFOからステッキの頭部を触り何らかの指示を出すと、出てきたときと同じようにゆっくりと池の底へ沈んでいった。沈み切る前に飛行ガサでまた、池のほとりに戻る。自分たちも隠れようとしたが、それよりも先に車が池につく方が早かった。車は、私のよく見知った車だった。

「おい、千草じゃないか。それに耕治くん。こんなとこで何してるんだ?」

「パパ」

 父だった。

「音羽もいるのか。こんな遠くまで、一体どうした」

 音羽のお父さんも。

 車から降りて私たち全員を見回し、そこに一ツ橋を見つけて、少し嫌な顔をする。

「こんちわーす、千草のお父さん、えーと、クラスのみんなでピクニックっす。あの、転校生が新しくきたんで、そいつにこの町の名所を案内してるんすよ」

「見るとこなんてないだろ。こんな村」

「いや、このふたつ池とかきれいだって思いますよ」

「そうか。でもまあ、もう、この池も埋め立てちまうんだけどな」

「はい、聞いてます」

 耕治は一ツ橋の父親から聞いたとは言わなかった。

「あさってから工事を始めるんで、まあ、最後に見ておこうっておもってな。明後日の工事の時も一応来るつもりだが…始まってしまったらもうこの池じゃないからな」

「なかなか思い出深い池なんだよ。昔は泳いだり釣りをしたり、本当は埋め立てなんかしたくないんだが」

「じゃあ、止めるとかできないんですかね」

「そういうわけには行かないさ、町全体のことを考えたら、個人の意思でどうこうできることじゃない」

「そんなもんなんですかね」

 ちょっと雰囲気が悪い。一ツ橋がいるせいだと思った。あと、遥子とネイと知らない人間がいるのも。

「それじゃ、あの、俺ら。先帰ります」

「大丈夫か?送っていこうか?」

「いえ、自分らで帰れるんで」

 そういって池を後にした。足取りが重い。しばらく行って見えなくなったあたりで飛行ガサを開く。ゆっくりと上昇して…、あれ?そのままゆっくりと下降していった。みんなの飛行ガサも同じようだった。

「なにこれ?故障?」

「いや…違う…電池切れ……」

「え?じゃあ、このまま歩いて帰るの?」

「そうなるな」

「ここから町まで何キロあると思ってんの?パパの車に乗せていってもらおうよ」

「でも……学くん……」

「……」

「俺は歩くぜ、歩けない距離じゃないからな」

「私も歩く」

「音羽さん」

「…私は、お父さんのところに行くよ。それじゃ、さよなら」

 そういって私は踵を返して、ふたつ池の方に戻った。


◇ ◇ ◇


「どうした」

「ちょっと帰り車乗せてもらおうと思って」

「みんなは」

「みんなは歩いて帰るって」

「そうか…。ところで、一ツ橋の息子がいたが最近仲がいいのか?」

「別に…ていうか、親はいいけれども、子供まで目の敵にするのやめない?親は親、子供は子供なんだからさ関係ないでしょ」

 なんでこんな話をしたのか。また、アタシは余計なことをする。なんかやんわりと話ができるとその瞬間は思っていた。ところが父は突然顔色を変えた。

「関係ないだと!あの一ツ橋の息子が?ふざけるな!あいつは父親以上の食わせ物だぞ!津村の爺さんもあいつの工作で寝返ったんだからな!」

「津村のお爺ちゃんが?」

「あの爺さん、孫も都会に出て帰ってこずに寂しがってるところに足げく通ってきたあの息子にすっかり懐柔されよった、津村の爺さんだけじゃない、久保の集落もすっかりあの息子に骨抜きにされた!」

 ふっ、と目の前が真っ赤になる。あいつが?あいつそういうことしてたのか。何食わぬ顔で。ここ数日で気を許した自分が本当に馬鹿みたいだ、私まで騙されるところだった。子供だから関係ない、なんて甘いことを考えた。敵だ。沸々と怒りがこみ上げる。音羽は?音羽もあいつに騙されているのか。絶対に許さない。

「パパ、実は、音羽がね――」

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