17,雨×お見舞い×雨【一ツ橋学】

 今日は朝から雨だった。

 昨日、ずっと探していた宇宙船をとうとう見つけた。でも、結局宇宙船が飛ばないとわかった。

 教室の窓ガラスと雨だれが叩く。教室の廊下もじっとりと雨で塗れて、湿度と6月の気温で水の中にいるようだった。

 井村さんと緒方さん、そして音羽さんは今日学校を休んでいる。藤谷さんは以前のように“敵”を見るような目で僕を見つめてくる。耕治くんは元気よく振舞っているが、時折気落ちした表情を見せる。雪待さんはぬいぐるみの中にいるネイに話しかけてずっと慰めているようだった。何もかもが、雪待さんがこの町に来る前に戻ってしまったようだった。いや、それよりも悪い。


◇ ◇ ◇


「よーし!今日は何するか決めようぜ!」

 放課後になって耕治くんがみんなに声をかける。椅子を教室の後ろに集めて、みんなに集合をかけるけれども、

「アタシパス。どうせUFOもう飛ばないんだし、何したって無駄でしょ?」

 といって藤谷さんは帰っていってしまった。

 井村さんと緒方さんの話を振ると、雪待さんが泣きそうな顔になる。

「耕治くん、音羽さんは?」

「わかんねー。スマホに連絡しても返事ないし、家に電話したら風邪だっていうけどさ」

 ネイはぬいぐるみの中に閉じこもっている。

「ふと気になったんだけどさ、天狗川の上流で見つけたあのロボットはさ、宇宙船じゃないの?あれ、直したら飛べないかな」

 ネイがぬいぐるみからそっと顔だけだす。

「あれは宇宙船に付属してる探査艇なんだ。大気圏の中をホバーで飛ぶくらいの能力しかなくて、宇宙にさえ出れないんだ」

「鍵、なんとか見つけられないかな」

「でも、なんの手がかりもないよね」

「しかも、明後日にはあそこ、埋め立てられちゃう」

「あと2日で鍵を見つけるなんて、無理っぽい」

「でも、何もしなかったらそれこそどうにもならねえだろ?なんかしようぜ、なんとか。なあ、学、アイデアねえのかよ、何か!」

「ごめん…なにも思いつかない」

「ネイ!あの棒刺して回ったみたいに手当たり次第探すってのはどうだ?!」

「宇宙船と違って、鍵はあんなふうに探す手段はないんだ」

「……っあああああ!じゃあどうすんだよ、なんかしようぜ、諦めんなよ!」

「…もういいよ。大丈夫」

 雪待さんが口を開いた。

「大丈夫ってなにが」

「みんな、もう頑張らなくても大丈夫だよ。ネイは。ネイは私と一緒に暮らすから。東京に戻って。それくらい何とかなるから」

「そんな、何とかなるわけねえだろ」

「なるよ。今日ずっとネイとその話してた。少なくとも、見つからない宇宙船の鍵を探すよりも、何とかなるよ」

 雪待さんの目は、悲壮な目をしていた。決意を秘めた強い目だった。だから、耕治くんも何も言えなくなって。

「…そうか…。じゃあ、俺たちにできることは何もねえな。じゃあ、もう、…今日は解散だな」

 そういって僕らは教室を後にした。


◇ ◇ ◇


 学校の玄関。びしょぬれになったすのこで足を汚さないよう注意して上履きから下足に履き替える。隣には耕治くんが立って同じように履物を履き替えていた。

「なあ、学。この後暇?」

「うん、何も用事ないけど」

「音羽の見舞いにいかねえ?」

「え?」

「お前がいったらきっと喜ぶと思う」

「でも…」

 国府田の家に僕は嫌われてる。まさに招かれざる客だ。

「大丈夫だって。音羽の母ちゃんは話の分かる人だし、昼間だったらおじさんもいないしさ」

「わかった、でも、なんか果物とかそういうの持って行った方がいいかな」

「いや、いらないだろ」

 雨の中、音羽さんの家を目指して歩く。行く途中、耕治くんが音羽さんとの昔話や失敗談を話して笑わせてくれる。さっきの話し合いの時もそうだけど、どんなにダメな時でも前をむいてみんなを元気づけようとしてくれる。こういう言い方は同い年に対しておかしいのかもしれないけれども、すごく尊敬する。僕も彼みたいになりたいと、そう願う。


◇ ◇ ◇


「こんにちはー!泉野でーす!音羽さんのお見舞いに来ました~!」

 耕治くんがチャイムを押す、通話がつながり、要件を告げる。かなり昔に一度来たことがあったが、音羽さんのうちは“お屋敷”というのにふさわしい姿をしていた。ぐるりと背の高い塀が囲い、玄関は門扉からかなり奥まったところにある。耕治くんはその門扉をすっと抜けて、玄関にあるチャイムをおして要件を告げた。

 しかし、返事はなく、代わりに雨音に混じって、ト、ト、ト、と廊下を急ぎ足で走ってくる音が聞こえた。扉が開く。しかし、そこに立っていたのは意外な人物だった。僕を“敵”を見る目で威圧してくる。

 藤谷京子。彼女だった。

「なんで来たの?」

「お前こそなんでいんだよ。お前もお見舞い?」

「なんで来たのかって聞いてるの」

「だからお見舞いだって」

「私はなんでこいつを連れてきたのかって聞いてるの!」

 藤谷さんは僕を指さして言う。

「敵だよ?こいつは!私たちの!」

「敵じゃねえよ」

「あんたが津村のお爺ちゃんのところや久保で何してるのか知ってるよ、虫も殺さないような顔して、汚いことを平気でする。音羽だって!あんた、どこまで卑劣なの?」

「ちょ、誤解だって、音羽のことは音羽の方が先に」

「あんた騙されてんの?それともこいつの仲間?」

「だから話聞けって」

「聞く耳もたん!帰れ!」

 そういって藤谷さんはぴしゃりと扉を閉めた。

「くそっあかねえ!」

 鍵も閉められて、耕治くんが何度引いてもびくともしない。

「どうするよ」

「帰ろう」

「それでいいのかよ」

「どうしようもないよ」

 朝から降り続いた雨は、まだ止みそうになかった。

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