27,京子×父×父【藤谷京子】
この町では今の季節は、どこもセロリの苗植えで大忙しだ。その後は夏レタス。その後は桃の収穫があり、その後は稲刈りがあり、冬の間は雪が降り、また次の年がやってくる。この町には農業と土木工事と市役所しかない。
アタシは、この町が嫌いだ。はやく出ていきたい、東京に戻りたい。だけどそんなこと、慣れない土建屋の社長の仕事をすることになってやっと慣れてきたパパや、ここの暮らしに必死になじもうとしてるママの前ではとても言えなかった。
だからずっと学校でも一人だった。一人だったアタシにパパが友だちを紹介してくれた。私と同い年の女の子、パパの会社に仕事を下ろしてくれる町長さんの娘。仲良くしなさいと言われ、これは仲良くすることが義務なんだな、と思った。でも実際付き合いだすといい子で、本当の友だちになったのだけれども。その子は頑張り屋で家の手伝いもたくさんして、アタシとは大違いだった。パパもその子みたいになりなさいという。そうだね、そういうのが必要なのかもしれない。この町で、パパやママみたいにやっていくのは。うまくやろう。友だちもいつの間にかできた。千草と耕治。みんないい奴だった。この町を外から見ているうちは、嫌いな町だったのに、中に入ってしまったら、いつの間にか好きになっていた。アタシはこの町が好きだし、このままでいてほしい。だからそのために頑張っているのに。頑張ったのに。
音羽は行ってしまった。千草も、耕治も。もしかしたらもう帰ってこないかもしれない。帰ってきても、もう、以前のようには戻れないだろう。謝ったりもできない。だってアタシは正しいんだから。
◇ ◇ ◇
伊吹山へ登る登山道の途中の小さな開けた場所に休憩所がある。木を模したプラスチックのベンチが二つ。本物の木で作ればいいのに、そっちの方が風情があるのに、とパパに言ったら、木は腐ったり管理が大変だが、プラスチックは管理しなくてもずっともつからそっちの方がいい、という話をしてくれた。そのパパは今、ふたつ池で水抜きの作業をしている。水抜きが終わればすぐ土砂を入れて今日中に埋め立てまでしてしまうらしい。
「京子ちゃん、京子ちゃんも座りなさい、疲れただろう」
「はい」
休憩所のベンチには、音羽のお父さんが座っている。国府田幸三さん。昨日、音羽が行方不明になったからずっと寝ていないらしく、酷く焦燥している。目の下のクマや、背中を丸めた姿勢のせいか、一晩でいくつも歳をとったように見える。
「あの、アタシなんかが一緒にいていいんですか?」
「いや、いてほしい。君は、音羽と友だちだし、あの、彼ともクラスメートだったんだろう。誰かいた方が話がこじれないで済むかもしれない」
「はい」
私たちはここである男を待っている。今朝、音羽のお父さんが連絡し、そして人目のつかない場所で、ということでこの場所が選ばれたのだ。
約束の時間の30分前、しかし30分前だというのにその男はやってきた。最後の整備からしばらくたった登山道の、足元に生える熊笹がガサガサなる。そしてその男が姿を現した。
「ああ、時間より早く来たつもりだったのに。もう先に来られてましたか。お待たせしてすいません」
一ツ橋英雄。今回の選挙の国府田幸三さんの対立候補で、一ツ橋学の父親だ。
「いえ、私たちも今来たところです」
幸三さんが立ちあがって挨拶をする。そして
「単刀直入に言います。娘を帰してください」
そういって頭を下げた。
「今回のこと、私の娘がいなくなって、そして一緒にあんたの息子や他数人のクラスメートといなくなったこと、町では私の娘とあんたの息子が駆け落ちしたという話で広まっている。私も…もしかしたらそうではないかと思っている。娘にそのことを問いただしたとき、音羽が今までに見たことのない目をして私に逆らったんだ。あんなことは今まで一度もなかった。だから私もむきになって……。あんなことをしなければよかった。私は、あんたのことが憎い。あんたの息子のことも憎い。八つ裂きにしてやりたいと思っている。だが、そんなことより、娘が。音羽が無事に帰ってきたらもうそれだけでいい。全部水に流す。だから、娘を帰してくれ。お願いだ。あんた、何か知ってるんだろう?父親なんだから。どこかに匿ったりしてないか?」
幸三さんは今までに見たことのないような、すがるような格好で一ツ橋のお父さんに言った。
「……この度は、私の息子がこんなことをしでかしてしまって本当に申し訳ありません。ですが、私も何も知らないんです。知らなかった。うちの息子がまさか国府田さんの娘さんと、その、そういう仲だなんて…。行き先についてもわかりません。匿っているということもありません。どこに隠れてるかもわかりません。息子から連絡もありませんし、携帯の電話を切っているらしく連絡もなく場所の特定もできません。本当に申し訳ありません」
「そうですか…」
「それと、私の方からも国府田さんにお願いがあります」
「なんですか」
「国府田さん、警察にも顔がきくというお話を聞きました。昨日も、行方不明になって1日と立たないのにあれだけ警察の方が動いてくださったのも、それがあるからだと思います。それで、お願いというのは、この町から出る道路や、この近辺の町を探して欲しいのです。もしかしたら昨日のうちにこの町を出たのかもしれない。もうこの町にはいない可能性があります」
「そんな…、この町から出ていくなんて…、ああ、考えもしなかった。そうか、そうですか…。ですが、申し訳ない。私が顔がきくのはこの町の警察署長までで、県警は難しい」
「そうですか。すいませんでした。ああ、でも県警が動けばこれ以上の騒ぎになって、そうすればマスコミが動いてニュースになってしまいますからね。国府田さんは心当たりはないんですか?誰か5人を匿ってくれるような家とか、隠れる建物とか」
「そういう場所は全部探しました。わからない、こんなことをする子じゃなかったのに」
「私も、息子がこんな馬鹿なことをするとは夢にも思いませんでした」
「それでも、娘が帰ってきてくれれば、それでいいです」
「わかります」
一ツ橋のお父さんも、ずいぶんと憔悴しきった様子だった。子供をなくした親、お互いが子がそれぞれの行方不明の原因だというのに、お互いを憎むことよりも哀れんでいるようだった。
お互いに尋ねることが無くなった二人は、お互いの距離を保ちながらも、休憩所にある手すりに寄りかかり、どこか遠くを見ているようだった。
その時、ガサガサと熊笹のなる音が聞こえた。登山道を上から誰かが駆け下りてくるようだった。3人の視線がそちらを向く、現れたのは泉野耕治と、
「お父さん!」
「父さん、話があります」
今、話の中心だった、国府田音羽と一ツ橋学だった。
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