28,ポンプ×タバコ×赤い何か【藤谷俊二】

 池のほとりに設置した8台のエンジンポンプがぶぶぶぶとうなりを上げる。8台のポンプは順調に池の水を掻き出していき、この分ならあと1時間ほどで池の水を抜き終わるだろう。今は特にすることなない遊んだ時間なので皆に休憩を入れさせる。作業員が軽トラの陰で缶コーヒーを片手に煙草休憩をしている。自分もその隣に腰かけた。入って3年の新人が軽口を聞いてくる。その軽口に辟易するが、まあ、軽口が叩けるくらい物おじしないのはこういう仕事をしていくうえでいい資質だ。俺も缶コーヒーのプルタブを開けて、一口飲む。腹のポケットから煙草を取り出し、一服する。こういう仕草にもなれたものだ。5年前、ここに来るまでは煙草なんて吸ったこともなかったのにな。俺よりも年配の作業員が俺の隣に腰かける。煙草を勧めるが固辞される。健康を気にしてるそうだ。今更だとは思う。彼は俺の隣で同じように干上がりつつあるふたつ池を見ていた。ぽつりぽつりとこの池で遊んだ時の昔話をしてくる。俺のさらに20年くらい前の話だった。変わらないように見えるこの町でもいろんなものが無くなって変わっていく。そういう話をしている。俺にもこの池は思い出の場所だ。この場所を起点にして色々な思い出を思い出す。向こう岸まで泳ごうとして足をつって死にかけたこと、森の中を突っ切ろうとして迷子になって死にかけたこと、宇宙人と友達になって宇宙へ帰す映画をみて、崖から自転車で飛び降りて死にかけたこと。俺、よく死にかけてるな。よく生きてた。それから中学になって、高校になって、この場所でも遊ばなくなって、だんだん現実ってやつが追い付いてきた。

 高校を卒業して俺はこの町を出て大学に行った。この町では高校を出てここで就職する奴は半分くらいで、残りはこの町を出ていく。大学にいったり就職を探したり。俺と同じように幸三も大学に行ったが、俺がそのまま向こうで就職したのに対して、あいつはこの町に戻って町長の父親の秘書のようなことをやっていた。幸三の状況が変わったのは7年前だ。幸三の父親、現職の町長が急死した。この町では代々国府田の家が町長を出すと決まっている。そして、町長というにはまだ若い幸三に白羽の矢が立った。幸三は自分の意志に関係なく町長になり、そして自分より年かさの議員や長老とやりあい、言いくるめたなりなだめすかしたりと随分と無理をしたという。実際の年よりも大分老け込んで見えるが、まあ、それは俺も同じか。

 俺も、5年前、父親が急死して、父親の建設会社を継がなけばならなくなり、都会での仕事を捨てて戻らなければならなくなった。家族にも迷惑をかけた。俺も右も左もわからない仕事で、年上の職人さんに若造扱いされながら勉強して、最近やっと人並みにできるようになったと思う。

 俺と幸三はよく似てる。偉そうな振りしてるが、多分、あいつも必死なんだと思う。この池を埋めるのだって本当はやりたくないのだ、きっと。だが、仕方ない。幸三が決めたんじゃない。大事な何かは、いつも、俺じゃない誰かが決める。

 その時作業員が騒ぎ出した。指さす方をみると、池の中央に赤い巨大なボールのようなものの上の部分が見える。遠目からは見えないが表面は金属でできているようだ。

 さっきの3年目の作業員が言う。

「なんか変なものが出てきたんですけれども、気にはなるんですけれども、アレ、あのまま埋め戻してしまうのがいいと思います。でないと行程に間に合わないし、なんかの遺跡だった場合、工事止まっちゃいますんで」

 こいつのいうことは正しい。この場の監督としてはそう判断するのが正解だろう。と、その時、道路を駆けあがってくる子供たちがいた。確か、あの子たちは昨日から行方不明になってるはずの京子の友だち。井村美香っていうこと緒方千草っていう子だ。あとなんかすごい髪色の子がいる。ピンク色の。一昨日もふたつ池でみた子だ。なんか黒光りする長い変な棒持ってる。その3人が浅黒い肌の子供を背負ってこちらに向かって走ってくる。

「まって~~~~~!」

「宇宙船!埋めないで!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る