21,納豆×密室×消失【藤谷京子】
「それじゃ、おじさん。アタシが音羽のことは見てますから」
「すまないね、京子ちゃん、それじゃよろしく」
私が国府田家につくのと入れ替わるのようにして音羽のおじさんが玄関から出ていく。今日も選挙活動があるのだろう。朝の7時半。いつもならこれから学校に行くくらいの時間なのだが、今日は音羽のうちにいる。台所に行ってお盆の上に用意された朝食を音羽のお母さんから受け取る。アタシと音羽の2人分。お母さんに挨拶をして1階の奥の音羽の部屋まで運ぶ。音羽の部屋のドアは廊下とドアの間に棒が置かれている。つっかえ棒になって鍵の役目をしているのだ。私は両手がふさがっているので足でその棒を蹴ってよそへやる。ドアをノックをすると内側から音羽がドアを開けてくれた。
「食べよ。朝ご飯」
「うん」
音羽が力なく笑う。
朝食は納豆とノリと目玉焼きだった。醤油をもらってくるのを忘れたけれども、めんどくさいのでそのまま食べた。どうせ今味なんてわからないし。音羽も何も言わない、音羽もそうなんだろう。音羽は昨日からスマホを取り上げられ、この部屋から出ることを禁じられている。実質の軟禁状態だ。原因は一ツ橋学。あいつが全部悪い。
敵の陣営だけどそれでも親と子供は関係ないから、と私は思っていた。思うようになっていたのに。でも本当のところ、あいつは一枚嚙んでいるどころではなかった。自分が子供であることを利用して有権者を引き込んでいくという薄汚いやつだった。自分も危うく騙されるところだった。そして、音羽。音羽もあいつに言いくるめられているらしい。一昨日、音羽を問いただしたら、一ツ橋のことが好きだという。許せない。許すわけには行かない。有権者を引き込むだけならまだしも、音羽を弄ぶなんて絶対に許すものか。私はこのことをすぐ父に相談した。その話はそのまま音羽の父に伝わる。おじさんは烈火のごとく怒ったらしい。そして音羽を家からでることを禁じた。私も音羽が正気に戻るまでそうした方がいいと思う。そして半ば自分から言い出すように、音羽の監視役を買って出たのだった。
「学くんのことだけどね、みんな誤解してる」
「誤解してない。あと学くんって呼ぶのやめな、一ツ橋。騙されてるのは音羽の方だよ」
「ま…一ツ橋くんは選挙のために町の人たちのところに通ってるわけじゃないよ、ただ単純に、町の歴史が知りたくて」
「音羽。たとえそうだとしても、実際あいつがやってることの結果、票があいつの父親に流れてる。理由はどうでもいい、結果が全て」
「結果が全てだったら、学くんのお父さんがしてることも間違ってないってことになるんじゃないの?この町のためになってるんでしょ」
「間違ってるでしょ、音羽のお父さんが負けるって、音羽なそれでいいの?」
「わかんないけど…お父さんも、一ツ橋くんのお父さんも、もっといいやり方ってないのかな…?」
「ない。だってお互いに敵同士なんだから。お話はこれでお終い。じゃあ、次はお昼にくるから」
そういって私は音羽の部屋を後にする。ドアの前に棒を突っかえさせて鍵の代わりにする。音羽には悪いけれども今はこうするしかない。ああ、昼までの間手持無沙汰だ。今夜もこの家で会食があるはずなので、その準備の手伝いをしてこようと思った。
◇ ◇ ◇
昼になった。
お昼ご飯はナポリタンのスパゲティだった。うちのよりもちょっと玉ねぎが多い。お盆にのったそれを音羽の部屋まで持っていく。足で棒を外し、ノックするが開く気配がない。もしかして音羽寝てるのかな、と思い、お盆を一度床に置いてドアを開ける。部屋の中を見回す。しかしどこにも音羽が見当たらない。ベットも見るがペタンコで掛け布団をはがしても空っぽだった。音羽がいない。鍵のかかった部屋から消えてしまっていた。それだけではない。あわててすぐ家中の人たちに音羽を見なかったか聞いて回ったが誰も見ていないという。勝手口はおばさんたちが作業をしているし、私はおばさんたちに言われて玄関の前の掃除をしていたから、そこを通ろうとすればすぐわかる。窓から出ようとしても庭は高い塀に囲まれていて、玄関の前を通らないと外に出られないようになっている。鍵がかかった部屋から抜け出すことも不可能なら、誰にも見られずに家の外に出ることも不可能だ。
私はすぐに音羽のお母さんに音羽がいなくなったことを伝え、そしてお母さんから音羽のお父さんにも伝わった。音羽のお父さんは町中の知り合いに連絡して音羽を探した。私のお父さんにも連絡したら現場の人間を何人かよこして探してくれるということだった。しかし、夕方になっても音羽の行方はわからない。おばさんたちのネットワークで聞いても誰も知らないということだった。小さい町だから、外を一人で歩いていれば必ず誰かに見つかるはずなのに、誰も音羽を見ていないという。もうすぐ日が暮れる。
音羽は、煙のようにこの町から消えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます