25,天狗川×万事×休す【泉野耕治】
6月の朝の涼やかな風、小川のせせらぎ。最高の朝だぜ。
ネイのぬいぐるみから這い出てきてガチガチに固まった体をほぐす。足元を流れる清流で顔を洗い口を濯ぐ。服もしわくちゃだし頭もぼさぼさだ。続いてネイ、他5名がはい出てくる。
「いい朝だなあああああああ!」
やけくそで声を張り上げる。『ああああ』『ああああ』と木霊が響く。
「どこがだああああああああ!」
千草が絶叫に絶叫で返す。『ああああ』『ああああ』とまた木霊が響く。
昨日、あの後俺たちは、人のいない方いない方へと飛び回り、気づいたら以前赤いロボットを見つけた天狗側の川沿いまで来ていたのだった。ここに逃げ延びたというよりはここについたときには丁度飛行ガサの電池が切れて他に行き場所がなくなったというか。そんなこんなでネイのぬいぐるみを寝袋代わりにしてここでみんなで雑魚寝したのだった。
「ネイ、遥子、なんか食い物ねえ?」
「昨日ので全部だよ」
「そっか…腹が減ったな…」
万事休す。とにかく腹が減ったらなんかもう、全部だめだって気分になりません?
ぬいぐるみの底の方に転がってたビスケットを全員で分けてそれで朝食にする。雪山で遭難した人の気持ちの何分の一かがわかるような気がした。流石の俺も少し心が折れそうだ。
「なんか食べれそうなものがないか探してくるよ」
といって学が斜面を登って道の方へ行く。音羽もその後を一緒についていく。斜面を登った後、二人は手をつないで歩きだした。仲のよろしいこって。
「どっしよっか。これから」
井村がつぶやく。誰もそれに返事をしない。千草も川を見ながらぼうっとしていて、ネイと雪待は道具をがちゃがちゃといじっている。俺らは川沿いでただだらだらして、時間が経つのをただ待っていた。時間は何にも解決しないのに。むしろ悪化していく一方だというのに。
できることは本当に何もなかった。俺らが子供だからなのかな、大人だったらもっといい方法を思いついて、失敗もしないんだろうか。一番いい方法をとってきたつもりだったのに、結局こんなどん詰まりの状態になってる。ネイを宇宙に帰してやることも出来ない。音羽の恋を叶えてやることも出来ない。何もできない。……そういえば、音羽と学が帰ってこないな。もう1時間くらいたつ。いったいどこまで食べ物を探しに行ったんだろう……。あっ。
――気づいた。なんで気づかなかったんだ。
「学は?!音羽と学は帰ってきてないよな!」
「あ、そういえばまだだけど…」
「あいつら食べ物探しに行ったんじゃねえ!あいつら、たったふたりで大人たちのところへ話に行ったんだ!」
「え?」
「追いかけるぞ!」
「無理だよ、1時間前に出て行ったのなら走っても追いつかないよ」
「無理でも追いかけるんだよ、だってあいつらふたりでいったのって、俺たちに迷惑をかけないために決まってるだろ、そんなのダメだろ。あいつらだけに、責任とか罪とか罰とか、なんかそういうの引き受けさせるの間違ってだろ!」
「でも、行っても何も出来ないでしょう?」
「出来なくても、一緒に話をすることはできるだろ」
「ちょっと待って、でも走ってなんて追いつけないよ」
「……俺はいくぞ、ああ、みんなはここで残っててくれ。これは、俺が言い出して始めたことなんだから、俺が責任をとる。俺も、音羽と学を追いかける!」
そうして俺は斜面を登り、登山道を下る。走る。登山道を下り降りる。どっちだ、ふたりはどっちに行った。考えろ。国府田の家か?いや、昼の間は国府田のお父さんはそこにはいない。じゃあ、どこにいる?何か言ってたはずだ。最後に会った時、ふたつ池…。そうだ、今日から工事の始まるふたつ池を見に行くといっていた。でも来るのか?娘がこんなことになっていて。いや、問題は実際にくるかどうかじゃない、音羽と学がおじさんがどう行動すると思ってるかどうかだ。多分二人はふたつ池に行く。一番おじさんがくる可能性が高いところだからだ。きっとそうだ。
そして俺はふたつ池に向かって駆けだす。暑い。息ができない。ペースを考えずに最初から全力疾走をしたから体がガタガタになってる。なのに全然進んでる気がしない。俺の住んでる町ってこんなに大きかったっけ。面積だけは広いからな。ああ、せめて自転車があればなあ、あの、シャフトが歪んだ自転車。学と一緒に津村の爺さんのところにもいったなあ、全然何話してるかわかんなかったのにあいつは聞き取れてたもんなあ。あいつはすごいんだぜ、たった一人になっても自分の信じることを貫き通すことができるんだぜ。あいつがすごいってわかってる音羽もすごいんだぜ、音羽は頑張り屋だから、どんなにつらい時でも弱音は吐かないし。いや、吐くけど、絶対に諦めないんだ。芯が強いんだ。絶対にぶれねえ。自分がこうだって決めたことは絶対に最後までやり遂げるんだ。だから俺はそんなあいつらが好きだ。応援してやりてえんだ。俺の気持ちがどうあれ、あいつらに幸せになって欲しいんだ。
いきなり何かに顔面を殴られた。地面だった。足がもつれて思いっきり顔から倒れ込んだんだった。起き上がろうとしたのに、足に力が入らない。体が動かない。酸欠で体中が爆発しそうに痛い。必死で酸素を取り込もうと肺を動かすがちっとも呼吸ができている気がしない。エズいて胃の中のものを吐き戻す。空っぽで黄色い胃液しか出てこない。惨めだった。俺はここまでなのか。まかせろ、っていって、結局何もできないのか。汗が目に入る。横隔膜が痙攣する。俺は音羽と学に追いつくことさえ出来かった。
◇ ◇ ◇
ごぉおおおおおお ごぉぉおおおおおお。
――最初は、耳鳴りかと思った。
「…じ…く…」「こ…くん」
――次は、幻聴かと思った。
「耕治!いつまで寝てんの!」
千草の声だった。千草の声に飛び起きる。俺は相変わらず道端で倒れていて、轟音はその道のすぐ隣から聞こえてきていた。そこにあったのは赤い円盤。赤い円盤に細長い手足のようなものがついた、ロボットだった。それが両腕を広げて飛んでいる。
「一体どうしたんだよ!それ!壊れてたんじゃないのかよ!」
「直したんだよ、うかビームで浮かび上がらせた後、『時間さかのぼり湿布』で!」
「そんなの目立つの使って、宇宙人だってバレるんじゃねえの?」
「もういいよ、そんなのどうでも!さ、乗って!」
ホバーしてるロボットの手を伝って、ハッチの開いたままの操縦席に飛び乗る。操縦席の中は思いのほか狭く、もともと4人乗りくらいの乗り物らしかった。
「しかし、こっちのロボットにはUFOみたいな鍵はついてなかったのか?」
「あるけどね、ついたままになってたんだ。ほら、これ」
と言って示された先には、黒い、複雑な文様のついた金属の棒。あれ…でもこれどこかで見たような気が……。
「あーーーーーーー!ちんぽ!」
「え?何?急に下ネタ?狂った?」
「ネイ!あったぞ!鍵!多分見つかった!」
そうこうしてるうちにもロボットはぐんぐん道の上を飛んでいく。そして、手をつなぎ前を行く二人の後ろ姿がみえた。
追いついた!
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