エピローグ その後のことを少し


 その後のことを少し。

 町長選挙は音羽のお父さんの圧勝だった。非常事態が起こると現職が強いという。今回のUFOとそれに伴う山の消失は非常事態だったのだ。もちろんニュースにもなり、一時期、天番町は日本で一番有名な町になった。マスコミ対応にも大忙しだ。

 音羽のお父さんと学のお父さんは相変わらず仲が悪い。でも、酒処ちくさで、京子のお父さんを交えて三人で飲んでいるというところをみたという噂もある。

 結局、耕治の秘めた恋は、誰にも気づかれないまま終わった。でも本人もそれでいいと思っている。彼も、音羽と同じように3年前雷に打たれた1人だった。

 ハルカナは順調にフォロワーを増やしている。ファンの人たちはあの時の美香のことはもう気にしていないみたいだった。ファンの人にとって、ハルカナはハルカナで、歌っている中の人は着ぐるみの中の人のように気にしないものなのかもしれない。それでもいいと美香は思っている。

 お祭りの天狗神楽は、天狗役を踊るはずだった耕治が捻挫して踊れなくなったために急遽代役が立つことになった。代役には一ツ橋学が選ばれた。運動神経のない学に対して、地獄の特訓が行われたらしい。ところで、時間さかのぼり湿布はまだ残っていたと思ったんだけど。

 そして、お祭りの日がやってきた。


 色とりどりの屋台が立ち並ぶ境内を美香と千草と遥子が人込みをくぐって歩いている。

「ちょっとちょっと。すごい人出だよ。この町でこんなの初めて!」

「UFO騒ぎで有名になったからね、UFO特需」

 テンションの上がった千草に美香が冷静に突っ込む。

「ねえ、浴衣かわいいでしょ、浴衣」

 遥子が、自分の髪色に負けないくらいの鮮やかな水色の浴衣を自慢する。

「かわいいかわいい」

「ありがとう!ミカちゃんとチグサちゃんの浴衣もかわいいよ!」

「…あ、いけない、屋台手伝いに行かないといけない時間だ、じゃ」

「そっか、千草の家もここで屋台出してるんだ」

「そ、稼がないとね」

「私たちも手伝うよ」

「うん、ありがと!」


 大船神社の正面に作られた神楽殿、そこから少し離れた社殿の中で、学は座って待機していた。天狗役は娘役とは演武の前には離れていなければならないらしく、衣装を着たまま、一人座っていた。

「よっ」

 そこに、耕治が顔を出した。

「耕治」

「緊張してるかと思ってな」

「緊張はしてないけど、この衣装、思ってたよりもかなり重いね、なんかリハーサルよりも重く感じる」

「それ、緊張してるっていうんだよ、頑張れ」

「ありがとう」

「あと、みてみ、神楽殿の前。人出すげーから」

「緊張ほぐしきてんのか緊張させようとしてるのかどっちだよ」

「そろそろ時間だぜ、行ってこい」

 そういって、耕治は学の背中を押した。


 一方、その反対側の社殿では、京子が音羽の衣装の仕上げを手伝ってた。

「もう出番だね」

「うん」

「私、この間の山の時のことで、やっぱり音羽に謝りたくて、でも」

 その先の言葉が出てこない京子に音羽がいった。 

「……この衣装かわいいでしょ。もう、もうずっと前から同じデザインなんだけど、毎年作り直してるんだって。どうかな。似合う?」

「…うん。似合ってる」

「はい。じゃあ、京子、行ってくる」

「うん、頑張ってきて」


 いつか見た組み立て中だった神楽の舞台はすっかり組み上げれて幽玄な雰囲気を醸し出している。

 脇に座った人たちが楽器を奏でる。楽器を奏でるのは保存会の人たちで、その中にはこの何年の間にこの町に引っ越してきた人も含まれていた。

 お囃子が始まる。そのお囃子に合わせて、舞台の両袖から娘の衣装を着た音羽と、天狗の面を被った学がゆっくりと現れる。

 二人は独特の伝統的な踊りを踊りながら、近づいたり離れたりを繰り返して、最後には一つになる。

「見える?」

 遥子がいう。うん。みてる。

「なんかねー、UFOで有名になったからまたUFOで宇宙人きてくれないかな、って町の人言ってるらしいよ」

 そうなんだ。

「もう来てるのにね」

 そういって遥子がこちらを振り返る。

 僕らの夏は、まだ始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

6月の宇宙人 @orange_star

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ