6,旧家×喧騒×軋轢【一ツ橋学】

 崖の下での言い争いが一通り落ち着いた後。

 泉野くんの提案でひとまずここから離れることにした。ここにいていつまたがけ崩れが起きるかわからないから危ない、というのと、もし大人たちに出会ったら説明が大変だということ理由で。

 ネイがぬいぐるみの中からライトを取り出して巨大ロボットを照らすと、ゆっくりとロボットが地面に沈んでいった。不思議な道具を宇宙人は持っている。

泉野くんは金髪を撫で上げながら、藤谷さんに「これまた親父さん大忙しだなあ」とつぶやいている。それをめんどくさそうにあしらう藤谷さん。藤谷さんの家はこの町で一番大きな建設会社をやっていて町長とも仲がいい。なので、僕のことを嫌っているようだった。町長選挙に僕の父が立候補したからだ。僕と父は違う人間だが、この町ではそうではないらしい。

 山を下りる。時計を見るとまだ昼前だ。結構な大冒険だったと思ったのに思ったより時間が経ってない。ああ、これなら間に合いそうだ。


「さて、これからどうする?カラオケでも行くか?親睦会しよーぜ」

「いや、アタシ今日はちょっと疲れた。ピンク髪、あんたにはまだ色々聞きたいことあるけど明日にする。逃げないでしょ?」

「誰にも言わないって約束してくれるなら」

「こんな話したらアタシが頭おかしいって思われるよ」

 そういって、藤谷さんはゆっくりと自転車を漕いで去っていった。

「私と美香は遥子に付き合ってもう少し探してみる」

「つーことは今日はもう解散ってことか。一ツ橋はこれから暇だったりする?」

「いや、僕も用があって」

「何?」

「郷土史研究会の活動…になるのかな。僕一人だけど、下郷の津村のお爺ちゃんのところにこの町の話を聞きに行く約束をしてるんだ」

「話を聞くって、前聞いたなんか聞き取れねえしゃべってたやつ?なんか面白そうじゃん、なあ、俺もいっていい?」

「え…?泉野くん?……別に構わないけど……特に面白くないと思うよ?」

「行ってみねえとわっかんないじゃん、俺ちょっとそういうのに興味あってさ、学くんとも仲良くなってみたいんだよ。さっきみたいなことがあってさ、人っていつ死ぬかわかんないじゃん、そういうこと考えたらできる限りみんなと仲良くしといた方がいいと思ってさ」

 ……なんか怪しい。強引に肩に腕を回してくる。なんかこういうこと始めてだからうまく距離感がつかめないな。

 ぐっと後ろに首を伸ばし、国府田さんに何かひそひそと話してるようだった。

 そして、経緯はともかく、僕は泉野くんと下郷のお爺さんの家まで自転車で行くことになった。一人残された国府田さんが、なぜか不安そうな顔で僕らを見てた。


◇ ◇ ◇


「どうせだったら国府田さんを誘ってもよかったね」

 自転車を漕ぎながら泉野くんに話しかける。さっきの不安そうな顔がどうにも気になったのだ。

 先日、夕方の図書館で国府田さんと会った。その時の国府田さんの様子がすごく変で、そしてそれから、どうにも国府田さんのことが気になってしまう。

「まあ、音羽も忙しいしなあ、仕方ねえよ。まあ男ふたりだし、男同士でしかできない話しようぜ」

「例えば?」

「クラスの付き合うなら誰女子ランキングとかさ、あと、エロ本どこに描くしてんのとかさ、入手経路、俺はさ、先輩から代々引き継いだ秘蔵のがあって。泉野は?」

「……ネットで……」

「照れんなよ!ていうか学くんもそういうの興味あんのな、そういうの全然ないタイプだと思ってた。胸派?尻派?」

「お尻の方が……」

「そっかあ…背は小さい方がいい?大きい方が?」

「ちっさい方かな……」

「そっかあ……」

 こういう話をするのは照れ臭いけれども、答えないのも変かな、と思い、正直に話してしまう。それにしても何かこう、調査するような質問の仕方だな、って思ってしまうのは気のせいだろうか。

「……あのさあ、好きな奴っている?」

「……いないかなあ」

「じゃあさ、気になってる奴とか、なんかつい考えちまうやつとか」

「………いるかもしれない」

「誰?」

「国府田さん」

 ガシャーーーーーーーーーーン!ドダーーーーーン!バーン!

 僕がそう答えたその瞬間、物凄い音を立てて泉野くんが自転車から落車した。

「だ、大丈夫?」

「へ、平気平気、ちょっと驚いたっていうか、石につまずいた、そう、大丈夫」

「血が出てる」

「大丈夫大丈夫オーケー問題ない」

「いやでも」

 すりむいて血は出てるけれども、ねん挫とか骨折は無いようだった。

「さ、行こうぜ、下郷のじいさんところ行くんだろ?」

 泉野くんが自転車に乗る。漕ぎ始める。

 漕ぎだした自転車が自然に左側に曲がっていく。泉野くんが大丈夫でも自転車は大ダメージのようだった。


◇ ◇ ◇


 下郷の集落は天狗川と他の小さな川とが交わる場所のほど近くにある。山すそから少し入った場所にありそこに行くにはゆったりとした坂が延々と続いている。他の集落も大体山のすそにあったり、または山間部にあったりで、この町に来て郷土研究をするようになってから、ずいぶん足腰が鍛えられた気がする。

「おまえ、はあ、はあ、結構、はあ、体力、あるのな、俺はもう、はあ、限界、だぁ」

 そりゃあその自転車じゃね、といいたいのをこらえて、あともう少しだから、と言って泉野くんを励ます。確かに山と坂道が多いこの町じゃ、車がないと移動するのはすごく大変だ。

 泉野くんを励ましつつ少しづつ自転車を転がして、とうとう下郷の集落についた。集落といっても、茅葺き屋根が寄り集まってるというようなことはなく、建売でも見るような普通の住宅がそれなりの距離を置いて立ち並んでいる。ただ、今日話を聞かせてもらう下郷の津村さんの家は古い茅葺きの家に近代的な住宅を横から無理やり差し込んだような家の作りになっている。家の敷地も広く由緒正しい家なのだとわかる。

 正面には仰々しい門があった。ピンポンを押してしばらくすると女の人の声で返答がある。正面の隣の小さい門からくぐって裏手の勝手口の方へ回って欲しい。ということだった。言われるとおりに隣の小さい門から家に入る。正面玄関と思われる扉と通り抜けて、教室が1つくらい入りそうな大きな農具置き場と屋敷の間をすり抜けて勝手口を探す。ふと、どこからかダシをとるいい匂いが流れてくる。その匂いに釣られるようにいくと、勝手口があった。

「ごめんね~今手が離せなくて」

 年のころ 50代くらいの、少しやせ型の女の人がエプロンをして夕食の準備をしている所だった。聞くと、今日話を聞く津村のお爺さんの息子の嫁にあたるらしい。

「おじいちゃんずっと暇してるから、こういう風に遊びに来てくれると本当に嬉しいわあ」

「おじいちゃん、おじいちゃあああん!」

 そういうと奥から津村さんがビーズ細工ののれんをくぐって顔を出す。そして満面の笑みで僕らを歓迎してくれた。

「今日は、この町の昔の話を聞かせて頂けるということで、本当にありがとうございます」

「よく来たね、まあ、ここまで来るの大変だったろう。ほら、サイダーでも飲みなさいな、エミちゃん、サイダー」

「はいはい」

 そういって、エミさんが冷蔵庫を開いて僕らにサイダーを入れてくれる。暑い中、自転車を漕いで漕いできた僕らに、サイダーはとても滲みた。


◇ ◇ ◇

 

 応接室でお爺さんは僕らに昔の話をしてくれた。

 曰く。

「戦争中は空襲で逃げてくる人たちが何人もいて、着物と食料を交換した。ガリガリに痩せて今にも死にそうだというのに、これだけは交換できないという着物があって、それは母の形見だという~~」

 曰く。

「戦争が終わったら今度は材木不足がやってきたので、その機会に乗じてたくさんの木材を売って儲けた~」

 曰く。

「ここら一体桑畑で、明治時代は奉公人をいっぱい雇って養蚕をしていたが、それも昭和に入ると衰えてしまったらしい~」

 曰く。

「これは下郷に出る妖怪の話、山の中で枝打ちをしていると~」

 などなど。

 話に興が乗ると方言が強くなる。聞き取れない部分が多くて、録音したデータを後で聞きながら少しずつ解読していく。ずっとそういう作業をしているとある程度聞き取れるようになってきた。知らない話を聞くのは楽しい。どんな場所にも人がいて、その記憶が残っているというのが嬉しい。そしてその記憶が失われてしまうのが悲しい。

 だから、僕はこういう風にこの町に生きた人の話を聞いて記録に残していく。

 今、僕らがこうしていることも、いつか誰かが書き留めてくれるだろうか。それとも、今こうしてる思いと一緒に失われてしまうのだろうか。

 ふと、隣をみると泉野くんが完全に舟を漕いでいた。

「そっちの子はちょっと眠そうだな。じゃあ、ちょっと面白いものをみせてあげよう」

 そんな泉野くんをみて、津村さんが何か思いついたみたいだった。ついてきなさい、と言われて廊下を何回か曲がっていった先はこの家の蔵だった。蔵の扉を開いて中に入ると土の匂いがする。

「これだこれだ」

 物々しい箱を取り出してきた。ゆっくりとその包みを開いていく。古びた細長い1メートルくらいの木箱が出てきた。

「まあ、一応、うちの家宝なんだが」

 と前置きをして。

「君たちは、この町につたわる天狗伝説は知ってるかな?天狗神楽にもなっている、この町に天狗が落りてきて、娘を恋をしたという」

「はあ」

「そしてこの町には天狗にまつわるものが多い天狗のまな板とか天狗川とかな。で、これもそれの一つだ。まあ、見なさい」

 津村さん、ニヤニヤと笑いながら木箱を開く。木箱の中から出てきたのは、1メートルくらいのごつごつと突起のついた金属の黒光りする棒だった。

「なんですか?これ」

「天狗の珍宝。まあ、つまり、天狗のチンポだな。立派だよなあ、こりゃあ娘さんも大変だったろうなあ」

 ……下ネタだった。


◇ ◇ ◇


「今日は貴重なお話ありがとうございました」

「ううぉ、えと、ありがとうございました!」

「うん、また来なさいね」

 お爺さんの話を聞き終えた後、ちょっと休んでいきなさいな、と言われて、冷たい麦茶を出されて、縁側の部屋へ案内された。午後の風が気持ちいい。

「お前、いつもこんなことやってんのか。すげえな」

「面白いよ。でも、泉野くん、途中で寝てたよね」

「いや、頑張ってたんだけど、全然聞き取れなくて。すげえな方言。わかんのか?」

「ずっとこういうことしてると、ある程度」

 麦茶が空になったころ、おばちゃんがお代わりを持ってきてくれた。ちょっとした茶菓子と一緒に。

「今日はありがとうね。おじいちゃんあまり話相手いないから、来てくれて嬉しかったみたい」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

「また来て頂戴ね」

「また来ます。お姉さんの話も聞きたいですし」

「ありがとう、あと、お姉さんだなんてもう!」

 泉野くんが『やってやがる…』みたいな目でこっちを見てる。社交社交。僕はこんな風にあちこちの家を回っているんだよ?

 ふと、玄関の方が騒がしくなっているのに気が付いた。

「なんでですか?理由を教えてくださいよ、国府田じゃなくて一ツ橋に投票する理由を!」

「さっきもいったとおり、下郷は一ツ橋に投票をする。その理由は、学くんがおるからや。彼が私たちの話を聞きに来てくれる。この村の記憶を残そうとしてくれている。彼は、私たちの村の出身ではないかもしれないが、この村を愛してくれていると私は感じる。彼の父親も、この町の出身ではないからといって、拒絶するのは間違っていると思う」

 なんだろう?僕の名前が出ているがあまり良くないことのような気がする。

「藤谷の親父さんだ」

 泉野くんがいう。

「なに?」

「選挙で、ここの集落がお前の親父に投票するとか言ってもめてる」

 縁側にあったサンダルで玄関の脇へ向かう。そっと、建物の陰から玄関の様子を伺う。今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうな勢いだ。

「一ツ橋、帰るぞ」

「帰るって、あんなになってるのに」

「俺たちには関係ない」

 泉野くんが、目を伏せて言う。

 その時、油断していたのか、僕は体を建物の陰から半分以上出してしまっていた。そして、京子さんの父親にみつかってしまった。僕に気づいた藤谷さんが血相を変えて僕の方へ駆けてくる。

「おい、お前!一ツ橋の息子だな!なんでこんなところにいるんだ!」

 そのまま胸倉をつかまれる。

「子供を使うとか汚い手を使いやがって!」」

「やめろ!学は関係ねえ!」

「耕治、お前どっちの味方だ!」

 泉野くんが引きはがそうとするがすごい力で引きはがせない。

「やめろ、俊二!」

 ひときわ大きい声が響く。藤谷さんの手が止まる。津村さんだった。津村さんが藤谷さんを下の名で呼んだ。

「俊二。お前は昔からそうだ敵か味方かだけで物事を判断する」

「……」

「よくないぞ」

 藤谷さんは僕から手を放し、にらみつけるような顔をして、「また来ます」といって去っていった。車の音が遠のく。

「大丈夫かね」

「はい、別に、怪我もしてないですし」

「あの、そろそろ僕らも帰ります」

「そうだな、それがいい」

 自転車にまたがる。津村さんは玄関の外まで見送ってくれた。

「難しく考えないで、自分が正しいと思うことをしなさい」

 最後にそういわれたけれども、まだ子供の自分には正しいことが何なのかわからなかった。

 父さんが正しいのかどうか、それもわからないままだ。


◇ ◇ ◇


 三軒坂の手前で泉野くんと別れる。

 昼間のうだるような暑さはなりをひそめ、濡れたシャツを撫でる風も涼しい。6月にもなるとさすがに日も長くなり、6時前だというのに空はまだ明るかった。

 家に帰り着いたのは6時少し過ぎだった。ほんのついさっきまであんなに明るかったのに、一瞬で日が陰りあたりは薄暗くなっている。秋ではないけれどもつるべ落としだな、と思う。あちらこちらの家では明かりがつき始める。夕暮れの、この町の景色だ。

 僕の家の明かりは消えたままだ。合鍵を使い中に入る。居間の電気をつけ、適当にテレビをつける。台所へ行き、少し大きめの冷凍庫から冷凍の夕食を取り出す。これは両親が通販で頼んでいるもので、1か月分が毎月宅配便で送られてくる。電子レンジで温めてる間、お湯を沸かしてみそ汁の準備をする。

 ご飯の後、汗で気持ち悪いシャツを脱いでシャワーを浴びる。そして居間でテレビをつけながら宿題をする。いつもならその後は通信の宿題をするのだが、なんだかやる気が出なくて、部屋に戻って布団の上に倒れ込んだ。色々なことが起きすぎて思考があちこちに飛ぶ。

 今日の昼の藤谷さんのお父さんのことを思い出す。大人があんな剣幕で怒鳴るのを久しぶりに見たし、ああいう風に胸倉をつかまれたのも初めてだった。実際すごく怖かったし、泉野くんがいなかったら泣き叫んでいたかもしれない。泉野くんがいてくれてよかった。泉野くんといえば、彼もなんだか変だ。今までずっと距離を置いていたのに、急に距離を詰めてきたというか。以前は時々からかいにくるくらいだったのに。何か理由があるのだろうか。そして、雪待遥子さんと宇宙人のネイ。まるでライトノベルみたいだ。

 僕の周りで現実と、不思議と、物語みたいな出来事が一緒に起こってる。考えなきゃいけないと思いながら、その全部が考えたってどうにもならないことだって気づいた。僕にはどうにもできないことだ。親のことも、この町で起こってることも。ふと、あの図書館のことを思い出した。国府田音羽さんのこと。

 その時、玄関から音がした。父と母が帰ってきたのだ。

 階段を下りて両親を迎えに行く。

「なんだ、学、寝てたのか」

「いや、ちょっと疲れて。横になってたとこ」

「そうか、なんかあったか?」

「いや、別に、なにもない」

 今日の昼の下郷での出来事はいわない方がいいだろうな、と思った。

 父はそこそこ酔っていた。酒に強い父がここまで酔うのはそれなりに飲んでいた証拠だ。今度の選挙の寄り合いであちこち回ってきたのだろう。母は、その父のドライバーとしてついていっていたのだった。

「どう?父さんの方は?」

「うん、まあ、最初に一緒に選挙に出ようって話をしてた人たちはもうわかってくれてるけれども、それ以外はもやっぱり一緒に食事してお酒を飲んで話して、ってしないとダメだな。というか、それが必要なんだな。東京でもそうだった。根回しは大事だよ。田舎も東京も変わりない、一部の偉い人間だけが色々ルールを決めて、それでそのルールに従う人間だけが利益をえる、そういう風にできてるんだ、けど、父さんはそれが嫌なんだよな」

 今日の父は少し饒舌だ。お酒が回っているからだろうか。父は東京では広告代理店に勤めていた。色々あって辞めたらしいが、そこらへんの話は話したがらない。あまり面白い話でもないのだろう。

「父さんはな、この町を変えたいんだよ。この町には何もないっていうし、実際なにもないけれどな、それは価値を見つけられてないだけなんだよ。モノにはいろんな見方がある。見方を変えるとかそういう話じゃないんだ。価値というのはプリントするものなんだよ。ウォーホールのキャンベルのスープはわかるよな。あれは、キャンベルスープの価値を“みつけた”んじゃなくて“はりつけた”んだ。強引に。みんなで嘘をついてみんなで騙されたんだ。

 この町に物語を作る。保守退嬰のこの町に、Iターンでやってきた若い人間が町長選挙で選ばれて、新しく町を作り直していく。そういう物語ができればそれに夢をみた人間がまたこの町にやってくるし、霞が関から補助金だって貰うことができる。霞が関にはまだ、人脈が残ってるからな、テーブルさえ整えば料理をお願いすることだって、まあ、難しいことじゃない。だからそのための物語だ。この町の、伝統と、景観と、自然を守りながら、新しい街づくりを始めるっていう。

 実際に問題はあるよ。世代交代がうまくいかないとか、土地の問題で農業への新規参入が難しいとか、大規模集約が必要だけど山間部だから難しいとか。どうにもならない問題でそれは、おそらく解決できない、どちらにしろそういう問題は、見ない振りをするしかないのさ。それはあっちの陣営だってそうだ」

「でも、お父さんの仕方だと、以前からの、例えば建設会社とかは仕事なくなるんじゃないの」

「それは仕方ないだろう。ルールを作れる方が偉いんだから。それに今までルールを作って自分たちにいいようにゲームをしていたのはあっちのほうじゃない」

「それは…そうかもしれないけど……」

「ヒデ、飲みすぎ。ほら、お水。早くシャワー浴びてもうねちゃいなさいな」

 母が、父に水を差しだす。

 なんだか、これ以上話しても無駄なような気がして、お休みを言って2階に上がる。布団の中に潜り込む。なんだか、言葉にならないモヤモヤが、胸に。

 うとうとと、眠りかけたとき、目の端に光が入った。誰かが扉を開けて立っているようだった。

「学」

 父の声だ。

「下郷の津村さんのところで聞いたよ。今日は大変だったらしいな」

 父は知っていたのだった。

「ありがとうな」

 胸の奥が熱くなる。血管が沸々と音を立てているのがわかる。ああ、わかる。この感情は。

 怒りだ。


◇ ◇ ◇


 夢を見た。

 夢の中で、僕は学校の図書館にいる。暗闇の中で本を探している。ガラリ、と音を立てて、図書館の扉が開く。そしてそこには国府田さんが立っている。ああ、これは、あの時の夢だ。

 夢の中の僕は、あの夢を再現して勝手にしゃべる。そして、その言葉を言ってしまう。

「こういうこというの、ちょっと違うかもしれないけど。僕と国府田さん、少し似てると思う」

 同意が欲しかった。

 同じように強い父親の下で、どうにもならない毎日を送ってる、国府田さんもそうだと信じたかった。同じ辛さを共感できる仲間が欲しかった。でも、国府田さんの答えは。

「そんなことないっ!」

 大声で、否定された。

 ああ、そうか。国府田さんは僕とは違うのか。違うんだ。彼女は、ちゃんと、この町で、この世界でうまくやっていけてるんだ。

 その後の会話の記憶は曖昧で、何を言ったか覚えていない。

 ただ、気づいたことがある。その時まで、僕は、国府田さんに勝手なイメージを押しつけていたこと。そして、多分、好きだったこと。

 そして、その時本当の彼女をしって、分かったこと。

 僕は、彼女が、嫌いだ。

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