5,ステッキ×ロボット×天狗川【泉野耕治】

 音羽に、好きな人がいると相談を受けたとき、なんだよそれと思った。

 なぜって俺も好きだったからだ。ずっと、ずっと前から。でもいうタイミングがなくて、そのまま時間が流れて、結局言い出せないまま、こんな状態になってしまっていた。それでも少しずつ距離を縮めてずっと友達でいれればいい、そう思っていた。そう思っていたのに。

「私、一ツ橋くんのことが、好きで、もう、どうしようもない」

 なんで俺にそんな話をするのかねえ。恋敵じゃねえの。でも、音羽が顔をぐちゃぐちゃにして、やっと紡いだ自分自身の言葉だ。幼馴染として音羽をずっと小さいころから見てきた。自分の欲しいものを欲しいっていえない音羽が、やっと言えた自分の欲しいものだ。これは、もう、応援するしかないじゃねえか。応援するぞ。音羽。頑張れ。その恋が叶うように俺は何でもしてやる。

 そして、誰にも秘密の俺の恋は、秘密のまま終わるのだ。


◇ ◇ ◇


「あんた、何考えてんの?ぶっ殺すよ」

 俺の隣で京子が言う。殺気を隠さずに。ちょっと答えを間違うと本気で殺されそうだ。

 今俺と京子は学校帰りにあるバス停のベンチに座っている。バス停の隣には俺と京子の自転車がそれぞれ立てかけてある。俺のママチャリと違って、京子の自転車には籠がついていない。かっこいいかも知んないけど日常生活には不便だろ、って思う。木造で屋根付きのバス停は年代物で、あちこちの板がささくれだってしまっている。そんなバス停だが夏の日差しをよけるのには十分に役に立つ。昨日の予定では今日は俺たちが雪待をつける日だったが、それをせずに、くたびれた座布団に腰かけ吹き出す汗をそのままにして水筒のお茶を飲みこうして二人座っている。京子のぶっ殺すよ、にどう答えていいのかわからず、沈黙が続いていた。

「……宇宙人の正体を突き止め―」

 ガシッと、肩に強烈な痛み。

 最後まで言い終わる前に京子の右ストレートが思いっきり左肩に入った。

「お前、舐めてんのか!なんで一ツ橋に構うの!しかも音羽と近づけるようなことして!音羽だって迷惑してるよ!」

 ポリポリと頭を搔く。どこから話したらいいものか、そしてどこまで話していいものか悩む。京子が怒る理由もわかる。一ツ橋の父親が今回の選挙で音羽のおじさんの敵になってるっていうこと。俺は親は親、子供は子供だって思うけれども、そう思わない人も多いし、京子がそうだからっていってもそれを責められない。京子はただ真面目なのだ。京子はおじさんの会社のことを思って京子は一ツ橋と敵対してる。そして音羽のこと。音羽の恋は秘密の恋だ。誰にも言わずにずっと一人で抱えていた恋だ。その気持ちはすげーよくわかる。それを俺にだけ打ち明けてくれた。これを京子に言ったら、もしかしたら協力してくれるかもしれない。でも、その俺だけに話してくれた秘密を俺が人に話していいものか。いやよくない。それに、京子に話して、京子がその恋を否定したら?そしてそれを誰かに話したら?音羽には味方がいなくなってしまうし、二人は引き離されて全てが終わってしまう。

 だから、このことは全部俺の中にしまい込まないといけない。しまい込んだ上で、なんとかしないといけない。せめて、少しの時間でも一緒にいられるように。そして、音羽が一ツ橋の心を確かめられるまで。

「…なんかさー。やじゃん。大人の都合でさ、自分たちの行動とか考え方まで縛られるの。だからさ、一ツ橋と仲良くしたいんだよ。反抗期ってやつ?」

「そんな反抗期なら別のところでやりなさいよ、バイク盗むとか」

「犯罪だろ。盗まれた人のこと考えたらとてもできねえよ」

「なんでそこだけ優等生なのよ」

「おれ優等生だから。ほら、みんなで仲良くってもの優等生だろ」

「……あんたが一ツ橋と仲良くすんのはもう別にいいけど、音羽巻き込んだら許さないから」

 噂をすればだ。遠くから自転車をこいでくる一ツ橋の影が見えた。

「へいへい。それじゃ、宇宙人の観察に行きますか」

 そういって俺はのっそりと立ち上がる。


◇ ◇ ◇


 今日の放課後。教室にて。井村と千草の報告。遥子はもう教室を出て行った後だった。

「変な奴だけど、そんな悪い奴じゃないと思うよ」

「私も。おかしいのは頭と格好だけで、そんなに変な子じゃないと思う。いい子だよ、実際」

 うん、頭と格好が変だったら変ですよね。

 京子が千草に聞く。

「その子自身は百歩譲って変な子じゃないとして。じゃあ、変な行動、怪しい行動はしてなかった?」

「してない」

「なんか、光る棒をあちこちに刺して回ってるって聞いたんだけど?それ何なの?」

「えっとあの……自由研究、だって、夏休みの」

「えっと、地質調査とかなんとか」

「………」

 沈黙が流れる。

 いや、もうそれ嘘だろう。絶対に。そして、もっとおかしいのが、それに対しておかしいと思わない千草と井村さんだ。しかもこの後、彼女たちの口から予想外の言葉が発せられることになる。

「それでね、私たち、遥子の自由研究?を手伝おうと思って」

「今日の放課後、一緒に探しに行こうって約束してるんだ」

「だから、今日は私たち先に帰るね」

 唖然とする俺らを置いて、千草と井村は鞄を持って教室を出ていってしまった。取り残された俺たち4人。とっさに状況を判断することができず、二人をそのまま行かせてしまった。

「これ、宇宙人に洗脳されたってやつじゃない…?」

 音羽が心配そうに真顔で京子に話しかける。音羽の顔にはうっすらと恐怖が浮かんでいる。

 昨日までの俺だったらそんなことあるわけないと笑い飛ばすところだが、こんなふうに井村と美香がおかしくなってしまったのを見た後では全く笑えない。雪待遥子は面白半分で関わっていい相手ではなかったのかもしれない。どうする、どうすればいい?

「2つの可能性があると思うんだけど」

 俺がどうすればいいのかわからないまま悩んでいると、一ツ橋が口を開いた。

「1つは、本当に雪待さんと、井村さん緒方さんが友達になったっていうパターン」

「そんなわけあるわけないでしょ、あの様子をみて。おかしいじゃん」

 と京子。うん、俺もそう思う。

「じゃあ、本当に洗脳されたパターンだけれども、洗脳されているとしてどうやって二人を助ける方法を考えてみよう。洗脳をされて操られてると仮定する。普通、洗脳された場合は無理やり対象から引き離し隔離して洗脳が溶けるまで待つか、脱洗脳っていう処置をほどこなさないといけないんだけど。ただこの場合、彼女が宇宙人だと仮定して、そして宇宙の不思議な技術を使って洗脳をしてるとしたら一般的な方法で洗脳が溶けるかどうかわからない」

「え?じゃあ、千草ずっとあのままだっていうの?」

 京子が一ツ橋につかみかかる、おちつけ、といって引き離す。気持ちは分かるけど、一ツ橋は何も悪くない。

「それで、考えたんだけど、直す方法は多分あるよ」

「どうやって?」

「もし、宇宙の不思議な道具を使って井村さんや緒方さんを操っているなら、その操ってる道具を手に入れることができれば、その道具を使って元の状態に戻すことができると思う」

 …感心した。このどうしようもない状態で、そういう発想が出てくる一ツ橋は本当にすごい奴なのかもしれない。頭の出来がちょっと違うんだろうな。

「本当に?ほんとにできるの?」

「わかんない、もしかしたら解除する機能はないのかもしれない」

「はっきりしなさいよ!」

 京子が食い下がる。

「でも、今、他に考えられる方法はないんでしょ?」

 と、音羽。

「警察とかにいうとか…」

「多分信じてもらえねーぜ、一ツ橋の案が一番現実的だと俺は思う」

「でもどうやってそれ、あいつから手に入れるの?友達をおかしくした道具を渡してください、って本人に頼むとか?馬鹿じゃないの?」

「あー、もう、わかんねえ!一ツ橋!なんかいいアイデア思いつかねえか?」

「……おとりを使うっていうのは、どうかな」

「おとり?」

「おとりが雪待遥子に一緒に協力してUFOを探すふりをする。それ以外の人間は気付かれないように周りで待機している。そして、おとりが洗脳するための道具で洗脳されそうになった時にみんなで飛び出していって、その道具を確保する、というの何だけど」

「なるほどな」

「で、問題は誰がおとりになって、そして、雪待遥子がどこにいるかっていうことなんだけど……」

 プルルルル、と音がした、音の方に目をやると音羽が誰かに電話をかけている所だった。呼び出し音が止まる。相手が電話に出たようだった。

「もしもし、美香ちゃん?うん、私。美香ちゃん今どこにいるの?そっか。山手の方の林の中で調査をしてるんだね。大変だね。うん。うん。それでね、ちょっと思ったんだけど、私も一緒にその自由研究手伝おうかな、って思って。美香ちゃんが頑張ってるから、私も。うん、友達だから。うん。わかった。そっか、今日はもう遅くなっちゃうもんね。じゃあ、明日。うん、土曜日だもんね。天狗側の上流の方だね。それじゃ、朝の9時に、うん」

 電話を終えた音羽は俺たちの方を振り返ってこういった。

「私が。私がそのおとりになるよ」

 京子がつかみかかりそうな勢いで音羽に言う。

「何言ってんの?こんな危ないこと!もしかしたら音羽も洗脳されちゃうかもしれないんだよ!それだけじゃなくって宇宙人に連れ去られちゃうかも、連れ去られたらもう帰ってこれないんだよ!解剖だってされるかもしれないし、止めなよ!」

「でも、このままだったら美香ちゃんと緒方さんがそうなっちゃうかもしれないんだよ?それに、この中だったら、一番おとり役に向いてるのは私だよ?小さいし、力もないから相手も油断するだろうし。それに周りで待機して飛び出す役は同じ理由で私には向いてないと思う」


 京子が何とか音羽を説得しようとするが、音羽は頑として聞き入れない。こうなった時の音羽は絶対に引かない。俺はよく知ってる。結局京子が折れた。ただしもし危ないことがあったら、道具が見つからなくても飛び出していく、という条件付きで。


◇ ◇ ◇


「遅い!」

 京子が一ツ橋に怒鳴り散らす。

「でも、時間通りだと思ったんだけど」

「30分前行動!」

 そう、俺と京子が早く来ていたのは、一ツ橋と音羽のことについて京子が話したいといったからだ。でも俺が話題をのらりくらりとかわして、それで京子は苛立っていた。そしてその苛立ちを一ツ橋にぶつけているのだった。すまん、一ツ橋。俺が悪い。

「取り合えず行こうぜ、天狗川の上流結構距離あるけど二人とも大丈夫か?」

「まあ、なんとかなるでしょ」

「僕も結構町の中自転車で距離移動してるから大丈夫だと思うよ」

 そういって俺ら3人は自転車で天狗川の上流を目指して走った。

 天狗川はこの町の南西から北に向けて流れる小さな川だ。俺は行ったことはないが山の中から湧き出る水が源流になっていて上流の方はかなりきれいな水が流れているらしい。地面を削り取りながら谷を流れていき、いくつか滝になってるところもあるという。

 自転車を漕ぎながら天狗川について話す。

「あのさ、天狗川の上流に行くって言ってたけど、それってさ、宇宙人の道具とかそういうのよりも、その場所自身が危なかったりしない?」

「だよなあ」

「道具を出したり、そんなことをする前に、強引に4人を止めることも考えないとね」

「4人?」

「雪待さんも併せて」

「一ツ橋、宇宙人も数に入れるのかよ」

「ああ、そっか。特に考えたこともなかった」

 一ツ橋のそういうところ好きだぜ。

 一時間近く自転車を漕いでようやく天狗川が山に入っていく場所についた。そのころにはみんな汗だくになっていた。軽口をたたいていた京子は肩で息をしている。みんなそれぞれ水筒のお茶で喉を潤す。天狗川にそう山道、その入り口の脇には大きな石碑があった。表面に文字が掘ってあるがずいぶん古くて読み取れない。雪待たちが来たときに気づかれないように、自転車を石碑の後ろの藪の中に隠す。しばらく待っていると、雪待たち4人が自転車でやってきた。俺たち3人は石碑の陰に身を隠す。

 雪待は真赤な自転車に乗っていた。前の籠にはいつも雪待が抱えているぬいぐるみと、そして美香たちが言っていた謎の棒が入っている。美香がいうにはあの先端が光るらしい。美香も井村も音羽もゼイゼイと息を切らせているのに宇宙人は結構平気な顔をしていて、宇宙人は体力も違うのかと思ったが、自転車をよく見ると電動自転車だった。ずりい。

 雪待が前の籠からぬいぐるみと棒を取り出して「さあいこう!」と声をかける。続けて美香と井村が、「おーっ!」と声を上げる。少し遅れて、音羽が小さい声で「おー…」と続ける。美香と井村はなんだかすごい楽しそうだ。これも洗脳されてるからなんだろうか。

 雪待たち4人が天狗川に沿って作られた登山道を登っていく。登山道は天狗川のそばを離れたり近づいたり、橋を渡ったりしながら源流近くまで続いている。一本道である上、曲がりくねっているから身を隠す場所もあるということで、気づかれれないように後をつけるのは簡単だった。しかも、4人は、時々立ち止まっては地面に棒を指して、棒の先端の光の色を確認しているようだったので、登山のペースはとてもゆっくりだった。

「あの4人、一体何話してるんだろう。わからないかな」

「わかるよ」

 一ツ橋の問いに京子がこともなげに答える。

 そして京子はポケットからスマホを取り出し、通話をオンにした。呼び出し音。呼び出し音が終わり、相手が通話に出る。

「もしもし音羽?そっちの話してることが知りたいから、この通話オンにしたままポケットにしまって。それじゃ、うん、よろしく」

 そして、音羽はスマホをスピーカーホンの状態にする。

「これでよし」

「頭いい…」

「あんまり大きな声出さないでよ。こっちの声もあっちに伝わってるんだから」

 俺ら3人、声を殺して向こう側の通話に聞き耳を立てる。


◇ ◇ ◇


雪待『うーん、どうもここも違うなあ』

美香『それ、真上に来たら色が変わるんだよね』

雪待『うん、今緑色でしょ?これは、半径5キロの距離で緑色になるの。だからこの近く、この町にあるのは間違いないんだけど』

千草『この町っていっても広いよ?この町中に突き刺して歩くつもり?』

雪待『歩くつもりだったんだけど、今までもそうしてきたし、この棒、探し物との距離が半径50キロで青。半径20キロで黄、半径5キロで緑。そうやってあちこちに棒をさして、そうやって距離をつめてこの町までたどり着いたんだ。でも次の色の赤になるのは10メートル以内なんだよね』

千草『10メートルごとに棒を指して回るの?気の遠くなるような話ね』

雪待『だから、誰かどこかにUFOが落ちたっていう話を知ってないかなーって思って聞いてたんだけど』

美香『聞いたこともないし、UFO落ちたの1000年前なんでしょ?そんなの誰も覚えてないよ』

音羽『ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、今してるのって自由研究の地質調査じゃないの?UFOってなに?』

千草『え?あれ?美香、話してないの?』

美香『私は、千草が話してると思って、で、それをわかって音羽も手伝ってくれてるんだと思ってた』

千草『しまった秘密だったのに』

音羽『あのっ!雪待、さんは、そうやってUFOを探してるってことは、宇宙人なんですか?』

雪待『ちがうよ』

音羽『え、あ、あの、じゃあ、なんで、UFOを探してるんですか?あと、本当にUFOってあるんですか?』

雪待『あるよ』

音羽『じゃ、じゃあ、宇宙人だっているんじゃないんですか?』

雪待『いるよ』

音羽『でも、雪待さんは宇宙人じゃないんですよね?』

雪待『ないよ』

千草『ねえ、こうして話しててもキリがないから、アレ、やっちゃいなよ』

雪待『そうだね、ねえ、この子みて』

雪待『この子の名前は、ネイ』

雪待『ネイ、ネイ……』


◇ ◇ ◇


 そういって、雪待が音羽に向かってぬいぐるみを向ける。ヤバイ、多分あれが千草たちを洗脳した道具だ。どうする?と俺が逡巡してた一瞬に俺の後ろから一つの陰が飛び出した。

「国府田さん!」

 一ツ橋だ。続けて京子も飛び出す。

「音羽!」

 二人の後を追って俺も飛び出す。4人がいるところまでは20メートルくらい距離がある。洗脳にはどれくらいの時間がかかるんだろう。間に合うか?と思った俺の目の前に、さらに信じられない光景が広がった。

「ちょっと!これ!光ってる!すごい光ってるよ!真赤!これどうなってんの?遥子!」

 変な棒を地面に突き刺していた井村が棒を抱えたまま絶叫していた。手に持っている棒の先端の石の部分から赤い光が溢れてあたりを照らしている。

「ねえ、これ、もしかしてあたり?」

 井村が雪待に向かって叫ぶ。

「えっとね、えっと」

 雪待がぬいぐるみの背中を見つめながらいう。

「あたりだけどハズレみたい。なんか別のものが出てくるよ!」

 4人のいる位置までたどり着いた。音羽を3人から引き離して京子に預ける。ズシン、と一瞬地面が揺れた。地震?でも今はそんなことを考えている場合じゃない。

「泉野君!あのぬいぐるみ!」

「わかってる!」

 雪待が手に持っているぬいぐるみ。アレが多分二人をおかしくした洗脳装置だ。雪待が胸に抱きしめているそれを強引に奪い取ろうとしたその時、ズンッ、ドドッと、さっきの地震の数倍の揺れが俺たちを襲った。グラグラと足元が揺れて立っていられない。地面にしがみつくようにして倒れ込む。

「なによっ!これ」

 俺の後ろで京子が悲鳴を上げる。同じように地面にしがみついている。京子の方へ手を伸ばそうとしたその時、京子と俺の間の地面に大きくひびが入った。京子の足元の地面が崩れ、京子が崖下に落ちていく。慌てて手を伸ばそうとしたが、俺の足元の地面も同じように崩れる。ふわりと体が浮く感覚ような感覚。でも実際はすごい勢いで自由落下していってるのだった。あ、死んだな。こんな感じで人生って終わるのか。そう思った時。

「ネイ!ネイ!ネイ!」

 雪待が胸の前にかざしたぬいぐるみ。そのぬいぐるみをもって、雪待がネイ!と叫ぶと、そのぬいぐるみの鼻からシャボン玉のような透明な玉が何個も飛び出した。その玉はぐんぐんと膨らんみながらすごいスピードで俺たちの方へ飛んできて、ふわり、と俺たちの体を包み込んだ。その瞬間、さっきまで感じていた落下感がなくなった。ふわりふわりとそのシャボンに包まれて俺は空中に浮かんでいた。周りを見回すと、俺以外のみんなも同じようにそのシャボンにつつまれているようだった。人数を数える、全員無事だ。

 さっきの崖崩れが起こった場所を見る。相変わらず崖崩れが続いて、ゴロゴロと大きい岩が沢の方へ落ちていっている。その奥、岩の割れ目の奥に、何か赤いものが見えた。

 ドン!とひときわ大きな地響きがして、広い範囲で崖の法面が滑落する。そして、同時にその赤い色の正体が分かった。この場所に似つかわしくない金属的な表面、円盤型をした中心から横に二本、下に二本太い突起のようなものが突き出している。全長が10メートルくらいある、それは、人型からは少し外れているが、紛れもないロボットだった。

 円盤型の中心にあるライトのような部分が緑色に光る。コーン、コーン、とフライパンを叩くような駆動音を出しながらロボットが動き出した。緑色のライトが俺たちを探っている。まずい、これ、俺たち狙われてるんじゃ?ロボットはゆっくりと歩きだし、その手を持ち上げて、一ツ橋の入っているシャボン玉を叩き落そうとした。

「一ツ橋!」

 俺が叫ぶが、それで何かができるわけでもなかった。

「ネイ!ネイ!ネイ!」

 その時、雪待の声が響いた。雪待は崖の上に立って、ぬいぐるみの背中のチャックから、何かを取り出しているようだった。大きなハンコのような形をしたそれに、何か文字のようなものを書いて、そして自分の手の甲に思いっきり押し当てた。

「30!」

 そう叫んで、雪待が崖の上から飛び降りる。赤いロボットの手にしがみついて、そして体を回転させると、そのままの勢いでなんと、

 <傍点>空中で、赤いロボットを投げ飛ばした。 </傍点>

「25!24!」

 雪待が数字を叫ぶ、どうやら何かをカウントダウンしているようだった。ロボットを投げ飛ばした雪待は、そのまま赤いロボットの腕をつかみ、2度、3度と、地面に、崖の側面に投げ飛ばす。合気道の達人の技をアニメにしたみたいな、そんな無茶苦茶な動きだった。

「2!1!おわり!」

 強かに体を打ち付けられ、沢に転がったロボットから、コーンコーンという起動音が消えた、同時に緑色のライトも消える。どうやら、壊れたっぽい。雪待がなんかよくわかんない技でやってしまった。あいつ、やっぱり宇宙人だ。それもサイヤ人とかじゃねーの?

 雪待が沢の小石がたまってる平坦なところにたって、得意そうに腰に手を当てている。俺たちのシャボン玉もゆっくりとそっちへ流されるように降りていき、地面に降り立ったところで、割れた。

「ちょっと?説明して欲しいんですけど?」

 京子が雪待に向かって声を荒げる。ああいうことがあった後でよくそんな態度をとれるな。鉄の心臓か?相手はサイヤ人だぞ?俺ら戦闘力5だぞ?ゴミだぞ?

「えっと、さっきのシャボン玉みたいなのは、バルーン宇宙服っていって、宇宙空間でも耐えらえるし、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないようになっててね」

「そうじゃなくて」

「これは、達人スタンプっていうの。これに文字を書いて押すと30秒間だけ、武術の達人にになれるの」

「そうじゃなくて!いったいこれ何なの?あんたいったい何しようとしてんの?この赤いロボットはなんなの?あんたいったい何者なの?宇宙人なの?」

「ちがうよ」

 そういって、雪待はぬいぐるみを目の前に掲げる。

「宇宙人は、この子」

「ネイ、ネイ、ネイ」

「出ておいで」

 ぬいぐるみの目が光ったような気がした。ぐらり、と何かが揺れるような感覚。ぬいぐるみを中心に、空間が歪んでいるのだと、なんとなく察せられた。そして、ぬいぐるみの背中のチャックの中から、ズルリ、と手足のようなものがはい出てくる。それは人間の形をしていた。全身がぬいぐるみから出終わった後、どちゃ、と地面に転がり落ち、そして、立ち上がった。身長は150センチくらい。浅黒い肌。手足の長さのバランスは俺たちと同じくらい。顔はホリが深いが、外国人だといえば納得できるくらいの容姿だ。ただ、決定的に違うのは、両側の額のさらに外側に、黒い、二本の角のようなものが生えていることだった。

「どうも、初めまして。ネイといいます。宇宙人です」

 そして、流暢な日本語でしゃべり出した。

「宇宙に帰るために、UFOを探しています。皆さんには、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 と頭を下げた。

「いいよ、いいよ!みんな友達だから気にしないで!」

「って遥子!あんたは気にしなよ!」

 と雪待(とそれに突っ込む千草)。おい、宇宙人の方が礼儀正しいぞ。


◇ ◇ ◇


「え?耕治、あんた私らが洗脳された、ってそういう風に思ってたの?」

「だって急にあんな風になればそう思うだろ」

「私たち、遥子に、ネイのこと打ち明けられて、なんか、それまでに、ちょっと遥子と仲良くなってたから、なんていうか、勢い?みたいな感じで一緒にUFO探すの手伝おうと思って」

「なんで私たちに秘密にしてたのよ」

「…秘密にするでしょ、こういうこと、普通」

「まあ、それはわかるかもしれない」

「音羽!ここはしっかり怒るところ!」

 雪待を中心にして、喧々諤々としている。みんな感情的になって話しているので、話がちっとも進まないでいる。言葉の端々をつないで、状況を理解していくと、以下のようなことらしい。

 井村と千草が雪待を尾行していた日、ふとした出来事から3人は仲良くなった。そして、雪待は自分の秘密を打ち明けた。ネイという宇宙人といること。ネイは雪待が持っているぬいぐるみの中に隠れていたこと。そして、ネイが宇宙に帰るためのUFOを探していること。それを聞いた千草と井村は、雪待を手伝って、一緒にUFOを探すことにした。それを俺たちに秘密にしていたのは、とてもこういうことを信じてもらえないと思ったのと、こういうこと(宇宙人がいるということ)は秘密にした方がいいと思ったからということだった。

 そして、その不自然な態度を、俺たちは勝手に彼女たちが洗脳されたと思い込んでしまったというわけだ。なんだ解きほぐせばただの誤解だった。

 ともあれ。

 こうやって、俺たちのUFOをめぐる怒涛の7日間は幕を開けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る