4,宇宙人×追跡×麦茶【緒方千草】

「雪待遥子です!転校生です!白い素敵なお屋敷に住んでます!みんな!遊びに来てね!ところで、UFOって信じる?」


◇ ◇ ◇ 


 三軒坂におばけ屋敷と言われている家がある。

 20年前の町おこしの際に別荘地として建てられたが結局うまくいかず、ずっと借り手のいない状態になっていた。聞くところによるといまだに別荘地として貸し出しはされているらしい。まあ借りる人間は誰もいないが。

 ちなみに三軒坂というのはそこに昔三軒の家が建っていたということからついた名前らしい。今は解体されて何もなく、その上のちょっと開けたところにそのおばけ屋敷といわれる家が建っているのみだ。白くて板張りの洋館で2階建て。素敵なおうちではあったのだろうけれども、20年放置された結果あちこちペンキは剝げ白かった壁のくすみ、おばけ屋敷というにふさわしい風体になっている。

 そんな三軒坂のおばけ屋敷に引っ越してきた人間がいるという。その引っ越してきた人間は何者か、というのが町でちょっとした話題になっていた。私は、まあそんなこともあるのね、そんなどうでもいい噂話で盛り上がれるなんてお暇でいいわね。なんて思っていた。……つい昨日までは。

 いつもの朝のホームルーム前の時間。いつものようにそれぞれのグループがそれぞれの場所でそれぞれの時間を過ごしている。チャイムが鳴って先生が教室へ入ってくる。出席をとる。いつもと同じ朝の風景。ただ一つ違ったのはその後だった。

「えー、今日は転校生の紹介がある。えー、なんというか。まあ、東京から来たっていうしな……。東京ではよくあるんだろう、多分」

 なんか歯切れ悪い。

「まあ、とりあえず紹介する。入ってきなさい」

「はーい!」

 一瞬、脳がバグった。

 初めに目についたのは、ふわふわと翻るピンク色。

 腰までの長さのピンク色の髪を翻しながら彼女は教室に入ってきた。制服は前の学校の制服なのか、やたら襟が大きい、そして腰の上まであるプリーツの多いスカート。まるでアニメで見たような服を着ている。手には30センチくらいの大きさのクマだかネズミだかのぬいぐるみを抱え、トントンとつま先で飛ぶように教室の中に入ってきて、そしてくるっと一回ターンして教壇の前に立った。

「雪待遥子です!転校生です!白い素敵なお屋敷に住んでます!みんな!遊びに来てね!」

 体の前にぬいぐるみを抱え、体を傾げてポーズをとる。

 ここまでギリ普通の自己紹介。だけどこの後がもっとひどかった。

「ところで、UFOって信じる?」

 あちゃー………。


◇ ◇ ◇


 朝のホームルームで先生が出て行った後のわずかな時間。転校生は新しく用意された自分の机に座り、目の前のぬいぐるみとニコニコと何か話をしている。誰かが話しかけるべきなんだろうな。誰が話しかける?という空気の中、京子が私に“いけいけ”とアイコンタクトを送ってくる。助けを求めるように美香の方に目をやると、手をフルフルと振って拒否。この薄情者。仕方なく、やるか、と重い腰を上げようとしたら、頭の上に影が落ちる。なんだ?と顔を上げたら目の前に転校生、雪待遥子がいた。

「こんにちははじめましてお名前は?」

「お、緒方千草…」

 反射で名乗ってしまった。いや、クラスメートに名前を知られて困ることなどないのだが。

「そう、緒方千草さん。ねえ、ちぐさちゃん、って呼んでいい?おともだちになりましょう?」

「え?あ、はい」

 雪待遥子に顔を覗き込まれてそういわれる。とっさにはいと返事をしてしまった。突飛な髪色で気づかなかったが近くでよく顔を見ると目が大きくて顔が小さい。肌もきめが細かくて白い。結構な美少女だ。美少女なのに。かわいそうに。

 顔を寄せられてリアクションに困った、どうしようと思ったら、ふいに身を翻して私の前から去っていった。なんだと思ったら次は美香の前に顔を寄せて、

「こんにちははじめましてお名前は?」

「い、井村、美香です……」

 もしかしてこいつクラス中の全員にやる気か?


◇ ◇ ◇

 

 クラス中の全員にやりました。

 終わった後、クラス全員、デスゲームに巻き込まれた参加者みたいな顔してた。貴重な体験だ。…したくない体験ではあるけど。そして、全員に強制的におともだちになった後、雪待遥子は教壇にのぼりこう言った。胸にはぬいぐるみを抱きかかえている。ピンク髪がゆらゆらと揺れる。インナーカラーの黄色が踊る。

「それじゃあ、クラスみんなおともだちになったところで、教えてほしいことがあるんだけど」

 はいはい、なんでしょう。

「昔、この町にUFOが落ちてきたこと、ない?」

 ないなあ、ねえなあ、ってみんなが口々にボソボソという。

「あの、昔ってどれくらい前ですか?」

 一ツ橋学が質問をする。偉いぞ。

「う~ん、ざっと1000年くらい前?」

 教室がざわつく。う~んちょっと桁が違いすぎる。

「おりなさい」

 いつの間にか先生が入ってきていた。普通こういうことをしてる生徒がいたら物凄く起こるだろうが、淡々と注意するだけだった。仕方ない。先生だって人間だ。むしろ気の毒に思うよ。

 はーい、と返事をして教壇の上から飛び降り自分の席に着く雪待遥子。

 その日の授業はもう全く頭に残らなかった。とにかく大変のことが始まった。そう思った。


◇ ◇ ◇


「あれ、なんだと思う?」

 と京子。

「やっぱり…宇宙人じゃないかな…?」

 と耕治。なんか面白がってない?あんた。

「いやいや、何言ってんの?頭おかしいの?」

 と私。

 放課後の教室で顔を突き合わせて話しをしていた。

 転校生は学校が終わったら飛ぶように帰り、残されたクラスメートはみな、今日の転校生についての話題でざわざわとしていた。ふと、耕治が何かを思いついたような顔をした。

「もし、アレが宇宙人だとするなら、これはこのクラスの、いや、この町の問題だと思うね俺は。これは、みんなで力を合わせて解決する問題じゃないか?」

「いや、何言ってんのアンタ」

「おーい、音羽~!井村~!」

 そういって耕治は音羽と美香を引っ張ってきた。続いて。

「一ツ橋、お前も来いよ」

 といって、一ツ橋も引っ張ってくる。え?何々?って顔をしてる三人。そりゃそうだ。美香がちらちらなにこれ?って顔で見てくる。私も知りたい。

「えー、みんなも知ってる通り、今日、うちのクラスに宇宙人が転校してきました」

 え?確定?

「宇宙人が地球にきてやることといえば?はい、井村さん」

「え?侵略?」

 耕治が美香に話を振った。その後に国府田音羽の方を向いて今度は国府田音羽に話しかけた。

「他には?音羽さん」

「えっと、アブダクション?」

「なにそれ?」

 と京子。それに国府田音羽が答える。

「えっと、肉をえぐり取ったり、血を抜いたり……」

「何それ、激ヤバじゃん!」

 次に耕治は一ツ橋にも話を振る。

「他には?一ツ橋くん」

「えー、現地調査とか……」

「普通じゃん」

 と京子。

「でも、昔のアフリカでは文化人類学の調査で入り込んだ調査員の持っていたウイルスが現地で広まって数十万人が病死したっていう出来事もあって」

「超激ヤバじゃん!」

「他には?千草さん」

 え、次は私か?

「え?私面白いこと言えない…」

「いや、そんなんじゃないから」

 京子に突っ込まれた。

「とにかく、彼女が宇宙人だった場合、激ヤバな事態になりかねないっていうのは皆さんわかってもらえたでしょうか」

 耕治が芝居がかった声でそういう。なんか、騙されてるような気がしないでもない。

「つーわけで。彼女、宇宙人の目的が何か、何をしようとしているのか、監視することが必要だと、思うわけですよ、僕ぁ」

 はあ。

「なので、ここにいる6人で彼女を尾行して見張る、ということをしましょう。それがいい」

「でも本当に宇宙人かもしれないよね、宇宙人でなくても謎がすごい多いし気になる!」

 国府田音羽はちょっと乗り気だ。

「あの、みんな忙しいんですけど」

 と京子、まあそうだ。

「なのでチームを組んでかわりばんこで。それなら時間の融通もつくだろ?んで、ほら。クジを用意するから」

 といって、耕治は机の中からノートを取り出し、それに定規を当てて細長く切っていく。6本の細長い紙ができたら、それに、ペンで赤、青、黒で2本ずつ塗分けた。

「これで同じ色を引いたら、その二人でチームを組むってことで。まずはじゃあ、井村さんと音羽から」

 美香と音羽が引く。美香が赤色、音羽が青色。

「次に千草と京子」

 私が引く。赤色だった。京子が引くと黒色。

「じゃあ、一ツ橋、引いて」

 一ツ橋が引く。青色。

「じゃあ、俺が黒色だな」

 といって、手のひらに残っていたクジをくちゃくちゃと広げずに丸めた。あ、これ、何かやったな?隣で京子がすごく怖い顔をしてみている。国府田音羽はなんかすごい挙動不審になってるし。さっきまであんなに乗り気だったのに。

「じゃあ、井村さんと千草、京子と俺、そして一ツ橋と音羽がチームってことで。毎日交代で順番にあの転校生の尾行をして何をしてるのか探るようにしようぜ。決まり!」

 決まってしまった。

「じゃあ、とりあえず、明日から千草のチーム頼む。明後日は俺と京子、しあさっては一ツ橋音羽チームで。そのローテーションで頑張ろうぜみんな!宇宙人のしっぽをつかもうぜ!」

 そういって、耕治がみんなの輪の真ん中に右手を出す。一瞬して、アレをやろうとしてるのに気づいた。耕治の右手の上に右手を重ねる。それをみて、しぶしぶ京子が右手を重ねる。美香、音羽、そして、一ツ橋。一ツ橋の手が音羽の上に乗るとき音羽が一瞬ビクンと震えた気がした。そして、耕治の掛け声。

「UFOって信じる?」

「信じる~!」

 なんだこれ。


◇ ◇ ◇


 翌日。

 同じように朝、学校に登校してきた雪待遥子。昼休みいなくなったと思ったらよそのクラスにも同じようにUFOを知らないか聞きまわっているようだった。学校中の生徒と友達になる気だなあいつ。ちょっとした災害だな。手にはずっとクマかネズミかわからないぬいぐるみを抱えたまま歩き回るその姿はやはりちょっとした実在する怪異に見える。この世の物でなく妖怪だといってもみんな信じると思う。耕治は宇宙人だというけれども、それも当たってるかもしれない。

 放課後になった。雪待遥子はやはり昨日と同じように飛ぶように教室から出て行った。美香と合図をして教室を飛び出した遥子を追いかけるように教室を飛び出す。教室を出て行った雪待遥子は、三軒坂の方には帰らず、町の畑のある方へ歩いていく。

「どうしよう千草、尾行っていってもここじゃ隠れるところないよ」

「あんた真剣に尾行するの?」

「え?」

「これ、耕治の考えたなんか遊びでしょ?」

「え?そういうことなの?」

「男子って小学生の時から進歩しないからね~なんか面白そうなことあったら勝手に盛り上がっちゃって」

「……そうなんだ……」

「だから、まあ、適当に後ろついてくくらいでいいよ。どうせあの転校生も気にしないだろうし」

「そうなんだ」

 ふと、あのピンクに黄色のインナーカラーの入った髪の色に見覚えがあったことに気が付いた。

「ねえ、美香。そういえばさ、あの子の髪色、ハルカナと同じだね」

「まあ、色は同じかもしれないけど、中身は全然違うよ。中身は違う」

「中身ねえ」

「ねえ、ちょっと千草、みて、なんかやってる」

「え?」

 見ると、雪待遥子はどこからか棒みたいなものを取り出して空に掲げていた。先端から緑色の光を放っていて、明らかに怪しい。そして、空に掲げたその棒を、畑のそばの地面に突き刺しては、ここでもない、というような顔をする。それをあちこちで繰り返している。

「ね、ね、あれ何?」

「わかんない、なんかすごく怪しい!」

 気が付けば私たちは雪待遥子に見つからないように道祖神の祠の陰に隠れていた。さっきまで、見つかってもいいやって思ってたのに、今は、見つからないように必死で隠れながら、雪待遥子の後を追っている。

「ね、誰かいる」

 美香が、雪待遥子の前に誰かいるのを見つけた。電動カートに乗っているおばあさんだ。直線の農道の端の方に止まっている。他には人影が全くない。

「転校生、何か話しかけてるよ」

 見ると手に棒とぬいぐるみを持った転校生がおばあさんに話しかけている。ここからでは会話の内容は聞き取れない。何を話してるんだろう、何をする気なのか。セミが鳴いて夏の日差しが照りすごく暑いはずなのに、冷や汗をかいていた。

「もしかして、アブダクションとか…」

 美香が国府田音羽みたいなことをいう。でも、もしかして…。ここは出て行った方がいいのか、そう迷っていると。

「お~い!みかちゃ~ん!ちぐさちゃ~~ん!」

 雪待遥子から大きな声で呼びかけられた。

「こっちきて~~~!たいへんなの~~~~~!」

 雪待遥子に呼ばれるまま、出ていく。

 聞くと、おばあさん、電動カートの電池が切れて立ち往生してどうにもならなくなっていたところだった。そこに、雪待遥子に声をかけられたということらしい。そして、雪待遥子は、一人では電動カートを押していくのが大変なので、私たちに一緒に電動カートを押してもらおうと呼んだということだった。私たちがつけていることは気付かれてたのだ。まあ、気づくわな。

 電動カートは100キロほどある。電池の切れたカートはとにかく重い。それを三人がかりで1キロ近く離れたおばあさんの家まで押していった。

「やっぱり私も降りて歩いていくわ」

「いえ、足が、おばあさん、足が、悪いので、載っててください」

「これくらい、大丈夫、なので」

「そう!みんなで力を合わせればできないことなんてない!友情パワー!」

 友情パワーだか何だか知らないが、汗でだらだらになりながらおばあさんの家まで電動カートを持っていくことに成功した。最後、おばあさんの家の前が坂になっていて、気が遠くなりそうだったが、何とか運びきった。もう、全員汗でびしょびしょで、もうこれ以上歩けないってくらい疲れ切ってた。運びきった後、雪待遥子が「やったね」と言って微笑むので、私も美香も、「やったやった」って言って笑い返した。遥子のピンク色の髪が、汗で額に張り付いていた。

「ありがとな、麦茶でものんでけ」

 とおばあさんがいうので、上がって麦茶をごちそうになった。汗をかいてからからになった体に麦茶が染みる。縁側で扇風機を浴びながら三人で並んで座っていた。

「そういえば、なんでおばあさんに声掛けたの?」

 と美香が遥子に聞く。すると。

「困ってる人がいたら助けるのは当たり前でしょう?」

 ああ、なんだ。こいつも同じ人間じゃないか。なんか面白くなって、ちょっと笑った。

「なんで私たちに声をかけたの?」

「だって友達でしょ?」

「あー、そうか、雪待さん的にはそうなんだね」

「それでね、この子も友達なんだ」

 そういって、手に抱えた人形をこちらに向ける。

「名前はネイ」

「わたしの秘密、教えるね?」

 ぬいぐるみを見る。茶色いクマかネズミに似たぬいぐるみ。クマだとするとちょっと耳が大きい。額のところに小さな角が生えていて、架空の生き物がモデルになっているっぽい。全身にふわふわの毛が植えられていて継ぎ目が見当たらないところをみると、多分それなりに値段がするんだと思う。黒く深い瞳、まるで本物の目のようだ。

「ねえ。よく見て。この子の名前はネイ」

 美香と二人、ぬいぐるみの目をのぞき込む。

「ネイ。ネイ。ネイ」

 雪待さんが人形の名前を繰り返す。人形の目が光ったような気がした。何かがグラリ、と揺れたような、不思議な感覚。雪待さんがぬいぐるみの背中のチャックを開ける。ぐにゃ、と目の前の景色が歪む。


◇ ◇ ◇


「私たちは友達、だよね。ね、一緒にUFO探すの手伝って」

 そうだ。私たちは友達だもんね、友達が困ってたら助けるのは当たり前だ。

「いいよ、一緒にUFOを探そう」

 私と美香はそういって、遥子のUFO探しを手伝うことにしたのだった。

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