第23話 【過去】生徒会長選挙

話は夏祭りより少し遡る。

俺が通っていた高校ではゴールデン・ウィークが終わった後から生徒会選挙が始まる。

期間は二週間だ。

生徒会役員は生徒会長、副会長以外に書記2名、会計2名、広報2名となっている。

そして生徒会長選挙で獲得票一位が生徒会長に、二位が副会長になるのが慣例だった。



それは昼休みの食事が終わって、みんなと雑談している時だった。


「陽人~、4組の女子がオマエに用があるってさ」


同じクラスの男子が俺を呼んだ。


「誰?」


俺が尋ねるとソイツは


「知らね。三つ編みにメガネの子」


とだけ答えた。

俺が教室の前方の入口を見ると、そこには山本良美が立っていた。

席から立ち上がって良美の近くに行く。


「なに? なんか用?」


「ちょっと相談したい事があるの。ここじゃ話しにくいから、一緒に来てもらえない?」


少し面倒な気もしたが、小中学校の同級生でもある良美の話なら聞かない訳にもいかない。


「わかった」


良美は俺を廊下の端にある階段の踊り場に連れ出した。

ここは校舎の一番端でもあり、あまり人が来ない場所だ。


「話って何だ?」


俺がそう尋ねると、良美がためらいがちに聞いて来た。


「陽人くんは、クラブ活動には入っていないわよね?」


「ああ」


「委員会は何か入ってる?」


「いいや、なにも」


「そう」


良美が安堵したかのようなタメ息をついた。


「それがどうかしたのか?」


良美が何かを決めたような目で俺を見た。


「私の推薦者になって欲しいの?」


「推薦者? なにの?」


「この時期だから決まってるでしょ。生徒会長選挙よ!」


そこまで来て、俺はやっと良美の要件を理解した。

なにしろ俺は生徒会長とかそういう事に、全く興味が無かったからだ。

だから答えも決まっていた。


「悪いけど、そういう話なら俺はパス。生徒会長とか興味ないし、推薦者って言われても何すればいいか分からないからな」


そう言って立ち去ろうとする俺の腕を、良美は掴んだ。


「待って。お願い。これは陽人くんにしか頼めないの?」


「なんで俺なんだ? 同じクラスの人間に頼んだ方がいいだろう?」


「同じクラスからは別の人が立候補するのよ。中村君って言う男子が」


「ああ、あの中村ね」


彼は子供を助けたとかで警察から表彰された事がある。

それで俺も知っていた。


「中村君はクラスのみんなに人望があるから……。そこで私が立候補するって言っても、みんな『中村君が出るんだからいいんじゃない』って言って……推薦者になってくれる人がいないの……」


それを聞いて俺は少し良美に同情した。

彼女は昔から真面目で勉強も出来る上、女子に対しては発言力もあったが、その分、人に敬遠される所もあった。

彼女の性格を考えると、アウェー感のある中で推薦者を頼みにくいのかもしれない。

さらに良美は続けた。


「それに選挙となると人脈が必要でしょ。普通は同じクラスの人が応援してくれるけど、私のクラスは中村君一色だし……。それ以外だと他の候補者は同じ中学校の同級生なんかに声をかけているの。ウチの中学だったら、陽人くんならみんなに好かれているから……それでぜひお願いしたいの」


彼女の口調から必死さが伝わって来る。

俺にはなぜ生徒会長なんて面倒そうな物になりたいのか、全く理解できないが、ここまで頼まれると嫌とは言えない。


「わかったよ。俺にどこまで出来るか分からないけど、とりあえずやってみるよ」


そう答えると良美の顔がパァッと明るくなった。


「ありがとう! 陽人くん!」


「だけどあんまり期待はしないでくれよ。俺、生徒会長の仕事とか選挙とか全然知らないんだから。後で何をすればいいか、そこから教えてくれよ」


「うん、わかった! じゃあまずは打合せしましょう。今日の放課後からでいい?」


「いいよ」


「それじゃあ放課後、図書室で!」


良美は嬉しそうに去って行った。



「ふ~ん、それで昨日は帰りが遅くなるって言ったんだ?」


翌朝の登校時、千夏がそう言った。


「ああ、だからこれからたまに選挙の手伝いをしなきゃならないんだ。遅くなる時は先に帰っていてくれ」


「ふ~ん……」


また千夏が鼻を鳴らすような声を出した。

なんか微妙な雰囲気がしたが、千夏の表情からは何も読み取れなかった。



それから週に2~3回、放課後には良美と選挙のために打合せと準備をするようになった。


「陽人くん、こんなのどうかな?」


良美は掲示板に出す自己アピール文の下書きを俺に見せた。


「う~ん、悪くはないけど……ちょっと固すぎないか?」


「固いかな?」


「成績がいいとか、コンクールの受賞歴とか……見た人の心にあまり響かないと思うぞ」


「そう……なんだ。でも私、それくらいしか人に誇れるような事はないし……」


良美が悲しそうな顔をする。


「そんな事はないんじゃないか? けっこう細かい所に気が付いて、人が気づかないない所でも色々やってるじゃないか。朝早く来て教室を一人で掃除したり、植木に水をやったり、体育が終わった後に倉庫の整理をしてるとか……」


良美は目を丸くした。


「陽人くん、それ、見ていてくれたんだ!」


「え? ああ。とは言っても俺も、たまたま気づいた時だけだけどな」


しかし良美は嬉しそうな顔をした。


「でも嬉しい。みんな私の事なんて見てないと思っていたから」


「そんな事ないよ。それよりもこの自己PRの文章を考えようぜ。客観的なのは悪くないけど、ただでさえ固いイメージがマイナスになっているって感じるんだろ? だったらなおさら、もっと良美の人間的な良さをアピールしなきゃ」


「うん!」


良美は普段とは違って、明るい感じでそう答える。

こうして俺と良美は自己PR文の作成、そして俺は推薦文の作成を行った。

それ以外にも、俺は自分のクラス、同じ中学の連中、それ以外に高校に入ったばかりの新入生にも、良美を応援してくれるように頼んで回った。



そして生徒会長選挙の日になった。

立候補者は四人。

良美と同じクラスで、用水路に落ちた子供を救った事で警察に表彰された中村和也。

こいつが本命だ。

それ以外に、学年成績トップの相馬将司。

バレー部で運動部会の議長でもある林邦彦。

そして山本良美だ。


下馬評では良美は最下位だった。

無理もない。

他の候補者は、何らかの分野で実績がある人間だ。

良美は全てにおいて満遍なく出来るが、コレっていう抜きんでた物はない。

だから俺は応援演説で逆に「良美が全てのジャンルで上位にいる事。そのために人知れず努力を積み重ねている事」をアピールした。

この俺の演説は予想外に好評だったらしい。


結果、良美は下馬評を覆し、得票数は第二位となったのだ。

もっともこれは唯一の女性候補者という事もあったのだろうが。

こうして良美は生徒会副会長に任命された。

ちなみに生徒会長は中村和也だ。



生徒会長選挙が終わった後、良美が俺の所にやって来た。


「ありがとう、陽人くん。アナタのお陰で私は副会長になれたわ」


「そんな事はないよ。これも良美の努力と、普段の行いの結果だろ。俺は別に何かした訳じゃない」


しかし良美は首を左右に振った。


「ううん、陽人くんのお陰だよ。陽人くんが私の事を見ていてくれたって知って、凄く力が湧いて来た。君が一緒に戦ってくれてるって思うだけで頑張る気になれた。陽人くんがいなかったら、私はきっと途中で気持ちが折れていたと思う」


「そうか。まぁお役に立てたんなら、それで良かったよ。でもこれから副会長だろ? 仕事も大変そうだし、頑張れよな」


「あ、その事なんだけど……陽人くんも一緒に生徒会をやらない?」


それは俺にとって青天の霹靂とも言える誘いだ。


「は? でも俺、生徒会役員に選ばれてないぞ」


「生徒会長と副会長には、それぞれ補助の役員を選ぶ権利があるの。それで陽人くんが一緒に生徒会をやってくれたら、凄く助かるなって思って……」


「いやいやいや、俺はいいよ、そういうのは。性に合ってないんだ」


俺は苦笑いしながら、右手を左右に振って断った。


「じゃ、じゃあさ、せめて打ち上げしない? もう今日はこれで帰るだけでしょ。今までの慰労とか反省会もかねて、どこかで何か食べていこうよ」


良美は懇願するように言った。

俺は少しの間、考える。


(別にたった二週間くらいの事だし、しかも二人だけだし、そんな打ち上げって程じゃないと思うんだけどな)


だが良美らしくなく、こう熱心に誘ってくれるのを断るのも気が引ける。


(別にこの後に何か予定がある訳じゃないし、千夏はどうせ先に帰っただろうし……ま、いいか)


そう思った俺は「わかった。軽くどこかに寄って行くか」と答えた。


「良かった。じゃあさっさと片づけて、一緒に行こう」


良美は明るい声でそう言った。



後片付けも終わり、俺は良美と並んで玄関に向かった。


「陽人くんは何がいい?」


「う~ん、あんまり遅くはなりたくないからな。ファーストフードくらいでいいだろ?」


「そうだね。あ、それから今日は私に奢らせて」


「いや、いいよ、そんなの。自分の分くらい自分で出すよ」


「だって今日は私から陽人くんへのお礼なんだから……」


そんな話をしながら玄関近くまで行った時……

下駄箱の近くに女生徒が立っている事に気づいた。

千夏だ。


「千夏?」


「あ、陽人。選挙の片づけはもう終わったの?」


「ああ。それでオマエ、待っていてくれたのか?」


「うん。最近は陽人が忙しくて一緒に帰る時間がなかったでしょ。だから今日くらい待っていようと思って」


「それは悪かったな。もっと前から言っておいてくれれば、早く切り上げたのに」


「そんな事はしなくていいよ。ただアタシは真理恵と文弘の事を話そうと思っただけだから」


この時は文弘の真理恵への想いを成就させるため、俺と千夏はキャンプ計画を実行した後だった。


「文弘と真理恵の話? なにかあったのか?」


「うん、まぁちょっと……」


そう言った千夏は、チラッと良美を見た。

部外者である良美に聞かれるのは良くないと思ったのだろう。

俺もその意図はすぐに察した。

良美の方に向き直る。


「良美、悪い。俺は千夏と話があるからさ。打ち上げの件は、また別の機会にしてくれ」


「え、あ、う、うん……」


良美は突然のせいか、どう反応していいか分からないような顔でそう答えた。


「それじゃあな、良美。生徒会、頑張れよ!」


俺はそう挨拶をすると、千夏のそばに行って「細かい話は電車の中で聞くよ」と告げた。

正直、久しぶりに千夏と一緒に帰れる事と、彼女が待っていてくれた事が、俺は嬉しかった。


結局その後、俺は良美と打ち上げに行く事はなかった。



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この続きは、明日の正午過ぎに公開予定です。

明日も正午過ぎと17時過ぎの2話公開です。

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