第16話 【過去】恋のキューピット作戦~キャンプ(後編)

やがて千夏は、身体を乾かしている俺たちに言った。


「じゃあ今度はアタシが釣りをやってみるよ。このままだと晩御飯のおかずが無さそうだから」


すると真理恵も


「私も魚釣り、やってみたい」


と言い出し、二人で仲良く川原の方に降りていった。

俺は文弘の方を見た。


「真理恵にイイ所を見せられなかったな」


文弘が口をへの字に曲げる。


「今日は調子が悪かっただけだ。これから挽回するさ」


そう思っていたら、下から歓声が聞こえる。


「どうかしたのか?」


「まさかドッチかが川に落ちたんじゃ!」


俺たちは急いで下の川原に向かった。

すると川岸で千夏と真理恵がしゃがみこんでいる。

どうやら川に落ちたのではないようだ。


「どうしたんだ?」


そう尋ねると真理恵が振り向いてはしゃいだ声を出した。


「見て! 凄いの! 千夏が大きな魚を釣り上げた!」


俺たちが覗き込んでみると、千夏の手元には30センチ近いイワナがあった。

この辺でイワナが釣れるのは珍しい。

しかも丸々と太っている。


「俺たちの出る幕はないな」


俺がそう言うと、文弘はますます不満そうな顔になった。



とは言うものの、イワナ一匹ではおかずにならない。


「まぁご飯はあるから、それに塩でもかけて食べれば……」


俺がそう言うと千夏がデイパックをごそごそと漁り出した。


「じゃ~ん!」


自慢げに取り出したのはパック式のレトルトカレーだ。


「千夏、オマエ、パックご飯だけじゃなくて、レトルトカレーまで持って来たの?」


思わず俺が尋ねると


「そう。準備いいでしょ?」


と千夏は得意げだ。


「それじゃあ全然キャンプにならないだろ?」


俺の問いかけに千夏は平然と答える。


「どのような非常事態にも対処できる! これがサバイバルの基本だよ。備えあれば憂いなし!」


「でもせっかくの自然の中でのキャンプなんだからさ」


「じゃあ陽人は食べなくていいよ。ご飯に塩をかけて食べれば? その辺に食べられる草もあると思うし」


「え、俺だけ仲間外れにする気か?」


「陽人は自然を満喫したキャンプがしたいんでしょ? アタシたちは文明の恩恵を享受しつつ、自然を楽しむから」


俺はガバッと頭を深く下げた。


「千夏さま、申し訳ございません! ワタクシめにもそのカレーをお分けください!」


「わかればよろしい」


みんなが笑う。


「じゃ、明るい内に晩御飯にしよう!」


千夏がそう言い、俺と文弘は川に水を汲みに行く。



焚火で水を沸かし、それでパックのご飯とレトルトカレーを温める。

陽が沈むギリギリくらいで夕食にする事が出来た。


焚火を囲んでみんなでカレーを食べる。

それだけで何か特別な時間のような気がした。

別に大した話はしていなかったと思う。

学校の様子、この町に来た時の感想、マンガの話、etc……


その内に陽が完全に沈み、周囲は闇に包まれた。

渓流の流れの音以外に、フクロウの鳴き声も聞こえ出す。

真理恵が気味悪そうに周囲を見わたす。


「さすがに夜の山の中は怖いわね」


するとここぞとばかりに文弘が声を張り上げた。


「大丈夫! なにがあったって俺がいるからさ!」


「文弘くんは空手か柔道でもやっていたの?」


「いや、特に何も」


「それなのに大丈夫って言えるの?」


真理恵は疑惑の目で文弘を見た。


「大丈夫だよ、真理恵ちゃん一人ぐらい守れるって!」


「千夏もいるんだよ?」


すると千夏は露骨に笑った。


「アタシが文弘に守られるような事は、まずないね。アタシがやられるような相手なら文弘もやられるよ」


「俺だって千夏じゃあ守る気力が出ないよ」


みんなが軽口で真理恵の恐怖心を吹き飛ばそうとしていたが、あまり効果はなかったようだ。

俺は真理恵に言った。


「空を見てみなよ。今夜は星がよく見えるよ」


その言葉でみんなが一斉に夜空を見上げる。


「本当だ。ここはよく星が見えるね」と千夏。


「やっぱり山の上の方だからかな? 家の周りとは違うな」と文弘。


「キレイ……こういう星空が見えるだけでも来て良かった」と真理恵。


俺は懐中電灯で夜空を指しながら、知っている範囲の星について話した。


「北斗七星の柄の部分を弧を描いた先の明るい星がアークトゥルス。その先にあるのがおとめ座のスピカ。その二つと正三角形を描く位置にあるのがしし座のデネボラ。この三つで春の第三角形って言うんだ」


真理恵が天頂付近を指さした。


「じゃああの赤い星がさそり座のアンタレスかな?」


「どれ? ん~、あれは違うんじゃないかな? この時期のアンタレスはもう少し東寄りだから。あれは火星じゃないかな?」


「アレは火星なんだ? じゃあ土星ってどれ?」


真理恵がずいぶんと星の話に食いついて来た。


「土星は……惑星って恒星と違って同じ場所にないからなぁ。あ、たぶんあの白く明るい星じゃないかな」


そう言って懐中電灯のビームで天球を指し示す。


「あれが土星なんだ」


真理恵が感慨深げに言う。


「どうして土星にだけ拘るんだ?」


俺は少し意外に思いながら聞いた。

星座に興味を持つ女の子はいるが、惑星に興味を持つ女の子は少ない。


「俺は分かるよ! 土星は輪があるからカッコイイもんな!」


文弘がそう言うと、真理恵は首を左右に振った。


「土星に輪があるからって言うのはその通りなんだけど、カッコイイって言うのは違う」


「じゃあなんで?」


俺が再び尋ねると、真理恵はしっとりとした声で答えた。


「土星の輪って、元は土星の月だったんでしょ。その月はきっと、物凄く土星の事が好きなんだなって思うから」


「土星の事が好き?」


俺は意味が分からず、聞き返した。


「そう。土星の輪って、元々は土星の月だった。だけど土星に近づき過ぎて、それで粉々に砕けてしまった。それでも月は輪になって土星を守るように回り続けている。『砕けても君のそばに居るよ』って」


すると千夏も夜空を見上げながら口を開く。


「そうだね。真理恵の言う通りかもしれない。土星の月は土星に近づき過ぎて砕けてしまった。暗い宇宙の中で、一番近くにいた月がいなくなったら、土星もきっとショックだったよね。でも月は土星のそばを輪になって回っている。自分が砕けたのは土星のせいなのに。間違いなく月は、土星の事が凄く好きなんだよ。うん、私もそう思う! そうとしか思えなくなってきた!」


千夏までもそんな事を言うのを、俺は少し驚きの目で見ていた。

土星の輪を、そんな物語風に語るなんて……。


でも女子二人がそういう目で夜空を見上げている姿を見て、俺はその考えを大切にしてあげたいと思うようになっていた。



その夜は俺と文弘、千夏と真理恵が同じテントで一泊した。

翌日はやはりパックのご飯だが、千夏が持って来たふりかけで真理恵がオニギリを作ってくれる。

文弘はそのオニギリをやたらと「うめぇ、うめぇ」と連呼しながら食べていた。

あまりに文弘が褒めるので真理恵の方が逆に恥ずかしくなったらしく


「パックのご飯にふりかけのオニギリだから、誰が作っても同じだと思うんだけど……」


と小声でけん制していた。


昼過ぎまでさんざん遊んだ俺たちは、陽が陰る前に山を下りた。

帰りはほぼ下りなので、真理恵も俺たちに遅れる事はない。

最後に行きと同じ集合地点で、俺たちは解散する事になった。


真理恵が頬を紅潮させながら


「キャンプは本当に楽しかった! とってもいい思い出になったよ! ありがとう!」


と言ってくれる。


その後も文弘は「俺は彼女を家まで送っていくから」と言って、二人で一緒に走り去っていく。


(あの二人、うまく行ってくれるといいな)


そんな風に思いながら二人を見送っていると、千夏が口を開く。


「真理恵、本当に楽しそうだった。このキャンプをやって良かったよ」


「そうだな。それに俺は真理恵ちゃんって話しづらい感じがしていたけど、このキャンプで凄くいい娘だなって思ったよ」


「あれあれぇ~、もしかして陽人も、真理恵に惚れちゃったとか?」


そう言って俺の脇腹をツンツンと突く。


「バカッ、なに言ってんだよ。そんな訳ないだろ。文弘が彼女を好きなんだぞ」


俺は身体を捩って千夏のツンツン攻撃を避けながら反論する。


「いやいやぁ、わかりませんよ。恋には友情も関係ないって言いますから」


「変なことを言ってんなよ。つーか、そのつつくの止めろ。くすぐったいだろ」


「一人の女を巡って親友同士がバトルとか、真理恵も罪作りな女だね」


千夏がいかにも面白そうに「アハハ」と笑った。


(俺にとっては、身近にいて俺の気持ちに気づいてくれない、オマエの方がよっぽど罪作りな女だけどな!)


そう思いながら千夏を睨んだ。



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この続きは明日7:40に公開予定です。

明日も以下の時間で3話公開します。

 朝7:40、正午過ぎ、夜18時過ぎ

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