第15話 【過去】恋のキューピット作戦~キャンプ(中編)

こうして俺たちはゴールデンウィークに、近場の渓谷に一泊でキャンプに行く事にした。

真理恵の父親はイイ顔をしなかったらしいが、母親が


「真理恵にとってはコッチに来てからの数少ない友達とのイベントなんだから、行かせてあげないと可哀そう」


と言った事で、渋々承諾したらしい。

また「自転車で行ける範囲」という事で、真理恵の親がすぐに車で様子を見に行ける場所、というのも許可が出た理由の一つだ。


集合場所は山に入る前の国道にある神社の前にした。

一番乗りは俺だったが、すぐに千夏もやってくる。


「こっから山に登りで6キロ近くか。けっこうキツイよな」


「アタシたちも自転車で行くのは久しぶりだよね」


「体力的にちょっと自信がないな。高校に入ってから電車通学がメインだから」


「そう? 駅までは自転車じゃない。それにそこまでキツイ登りじゃないから大丈夫でしょ」


「千夏にとってはキツくなくても、一般人にとっては十分にキツい登り坂だよ」


そんな話をしながら文弘と真理恵を待つ。

だが約束の時間を15分過ぎても姿を現さない。


「遅いな、二人とも。何をしてるんだ?」


「真理恵はともかく、文弘まで遅いのは確かに疑問だよね。どうしたんだろ?」


それから十分以上が経って、ようやく二人が姿を現した。


「ごめ~ん、遅くなっちゃって。私、自転車こぐのも遅いから……」


真理恵が赤い顔をして、既に荒い息をしている。


「俺は真理恵ちゃんが道に迷うと行けないから、彼女の家まで迎えに行ったんだ」


「迷うって……」


一本道だろ?……そう言おうとした所で、千夏が俺の脇腹を小突いた。

見ると「何も言うな」と目が言っている。

どうやら俺は余計な事を言う所だったようだ。

そもそも文弘の家から真理恵の家に寄るのは、かなりの大回りになったはずだしな。


「それに家を出る時、私のお父さんが文弘くんに色々言っていて……」


真理恵が申し訳なさそうな目で文弘を見る。

だが文弘は「気にしてない」とばかりに笑い飛ばした。


「いいって、いいって。女の子が出かけるんだから、親が心配するのは当たり前だよ。むしろ俺もご両親に、ちゃんと目的地とか説明できて良かったと思っている」


それを聞いて真理恵も安心したような顔をした。


(好きな娘のためとは言え、文弘のヤツ、偉いな)


そう思いつつ、俺はもう一つの心配事に目を向けた。

それは真理恵が乗って来た自転車だ。

彼女が乗って来たのはママチャリだったのだ。

一応変速機はついているが、それでもこれからの山道はほぼ登りになる。

三段変速程度のママチャリではかなり厳しいんじゃないか?


俺・千夏・文弘の自転車はハンドルがフラットバーになっている、クロスバイクと呼ばれるタイプだ。

ロードバイクほどの性能はないが変速機も十段以上であり、山道でもそれなりに走る事ができる。


だがここで心配しても仕方がない。

いざとなったら俺たちが真理恵に合わせるしかないだろう。


「じゃあ、出発しよう!」


千夏の号令により、俺たち四人は渓谷沿いの国道を走り出した。

五月の風が気持ちいい。

山の方から吹いてくるその風には、まだ若い葉や梢の濃い匂いが混じっている。

田んぼには植えられたばかりにイネが並んでいた。

その向こうに見える渓流は、五月の太陽を受けてキラキラと輝いている。

俺たちはゴールデンウィークしては交通の少ない国道を、快調に走って行った。


ところが予想通り、山に入ってすぐに真理恵が遅れ出す。

ちなみにテントや寝袋などの重い荷物は俺と文弘が、食料などは千夏が持っているので、真理恵はほとんど空荷のはずなんだが。

俺と千夏は500メートルほど進むと真理恵を待つ、というのを繰り返していた。

でも心配する必要はないのかもしれない。

真理恵には文弘がキッチリと一緒にいるからだ。


三回目に待っている時、真理恵は自転車をこぐのを諦め、手で押しながら歩いて来た。

その横には文弘がいて、嬉しそうに話しかけている。

それを見た千夏が言った。


「あの二人、けっこう上手くやってそうじゃない」


「そうだな。少なくとも文弘は嬉しそうだ」


「だったら邪魔しない方がいいかな? アタシたちは先に行こうか?」


「そうしよう。その方が二人とも気が楽だろ」


文弘と真理恵が追い付いてきた。


「ごめんね。私のせいで二人を待たせてばっかりで」


真理恵が本当に済まなそうな顔で言った。

それに千夏が明るい調子で返す。


「ぜんぜん。気にしないでいいよ。アタシらだってこの坂道を一気に登るのはキツイし。ちょうどいい休憩のタイミングになっているから」


「でもこれからもっと遅れそうなんだ。私、もう自転車で登れなくって……」


「本当に気にしないくていいよ。それで陽人と話したんだけど、アタシたちだけ先に行ってキャンプの準備をしておいた方がいいかなって。そうすれば真理恵は気にする事なく、ゆっくり来ればいいでしょ」


俺も千夏に合わせた。


「そうだよ。真理恵ちゃんには文弘が付いていれば、俺たちも心配はないし」


真理恵は戸惑うような顔をして、文弘を見た。

文弘が元気よく言う。


「その方がいいよ! 先に行って準備しておいてもらおう。その方が真理恵ちゃんも気が楽だろ」


「でもそれって二人に悪すぎない? 私が完全にお荷物になってるよね」


「気にする事はないって。俺も陽人も、本当なら千夏の鬼体力にはついて行けないんだ。コイツは平地ならジーサンたちが運転している軽トラをチャリでブチ抜くんだから」


「文弘、それはあんまりじゃない? アタシと真理恵の扱いの差が酷過ぎる!」


俺たち四人は声を上げて笑った。


「じゃあさ、真理恵は後からゆっくり来なよ。無理して自転車に乗らないで、ずっと歩いて来ても大丈夫だよ。ここからなら歩いても一時間くらいだから。ちょうどアタシらが用意出来たくらいだよ。文弘、真理恵の事、ちゃんと見てやってね」


千夏はそう言うと自転車に跨って走り出した。

俺も千夏の後を追う。

そこから20分ほどで目的地に到着した。

河岸段丘になっている渓谷で、上側は平たくなっていて木もほとんどなくテントを張るのに丁度いい。

下は釣りや水遊びをするのに手頃な川原になっている。


さっそく俺と千夏はテントを張った。

とは言っても簡易テントで一人でも簡単に設営できるタイプだ。

ポールを繋げてX字の形にし、そこにテントの上部を通すようにする。

ポールの上からは雨避けのシートを被せてペグで固定すれば完成だ。


「今の内に焚火用の枯れ木も集めておこう」


千夏がそう言うので、二人一緒に枯れ木を集める。


「そう言えば千夏が米は用意したんだよな? 水とかはどうするんだ」


見ると飯盒も飲料水も用意しているようには見えない。


「そんなの、パックの暖めるご飯でいいじゃん」


千夏は当然のように言った。


「いや、それじゃキャンプにならないだろ。飯盒とか持ってきてないのか?」


「そこまでする必要はないよ。水を沸かすためにキャンプ用のクッカーは持って来てるから」


「キャンプらしい風情がないな」


「そんなにアウトドアにしたいなら、陽人はそこらへんの草か木の実でも取って来なよ」


「オマエ、ソレはないだろ?」


まったく、少しは女の子らしさを見せようという気はないんだろうか、コイツは?


枯れ木集めも終わった頃に、文弘と真理恵が到着した。

楽しそうに話しをしている所を見ると、二人の仲はだいぶ縮まったようだ。


「うまくいったみたいだね」


千夏もそう耳打ちした。

文弘が持って来たテントも設営する。コッチは俺たち男子用で、先に設置したのが女子用だ。


「おっしゃあ! これから晩飯を釣り上げるぞ!」


文弘が元気よくそう言うと、真理恵が「期待してる。頑張ってね!」と応援してくれる。

文弘は機嫌よくそれにガッツポーズで答えた。


一方、俺は不安だ。

二人で竿を抱えて川に降りる時、「本当に食材は現地調達で大丈夫か?」と文弘に小声で尋ねる。

しかし釣りが得意な文弘は「俺がヤマメを釣るから大丈夫」と言い切っていたのだ。

今も自信満々に「任せとけって」と笑っている。

おそらくは真理恵にイイ所を見せたいのだろうが……。


ところが、釣りを始めてみると一向に魚はかからない。

俺たちは川の落ち込み、流れが緩やかな所、岩の影、張り出した木の下などに竿を入れたが、全くと言っていいほど反応がなかった。


「おかしいな。こんなはずはないんだが」


文弘が首を傾げながら場所を移動していく。

段々と足場が悪く、流れが早そうな方に移動していく。


「おい、あんまり夢中になる過ぎると」


「危ないぞ」と言おうとした時だ。


文弘が足を滑らせて水中に転落した。

そのまま浮き沈みを繰り返しながら川を流れていく。

川幅は狭いが大きくカーブしているため、外側はかなりに深さになっている。

その上、流れが速いので足がつかない。


俺はとっさに足が着くギリギリの所まで川に入り、釣竿を伸ばした。

ここで俺まで深みに入ると一緒に流されてしまうためだ。

釣竿は渓流竿で長さが4m以上あるため、文弘は捕まる事が出来た。

そのまま川原の方に引っ張り上げる。

多少は水を飲んだらしく、文弘は咳き込みながら川から上がって来た。


「悪いハル。助かった」


「気を付けろよ。あそこで溺れたなんて洒落にならないぞ。まぁ、ここから下流はすぐに流れが緩い淵になってるから、そこで岸に上がれたと思うけど」


俺が言った通り、ここは夏はよく川遊びする場所だ。

溺れると言っても大事にはならないと思うが、それでも五月の渓流の水は冷たい。

万が一という事があるかもしれない。

現に文弘はガタガタと震えている。


俺は文弘を連れて、上の平地の方に戻った。

幸いな事に、既に千夏たちが火は起こしてくれていた。


「どうしたの? まさか素潜り漁でもやろうとしてたの?」


驚きの目で見当違いの事を千夏が言った。


「んな訳ないだろ。川に落ちたんだよ」


「二人揃って?」


言われて気が付いたが、俺も下半身はずぶ濡れ、上半身も水がかかってかなり濡れている。

そう思ったら急激に寒気が襲ってきた。


「ともかく、火にあたらせてくれよ」


「文弘が落ちた」とは何となく言い難くて、俺は文弘と一緒に焚火の前にしゃがみこんだ。


そんな文弘に真理恵はさっそく「風邪ひいちゃうよ。これで身体を拭いて」とタオルを差し出した。


一方で千夏は「頭ぐらい拭いたら?」と言って、俺の頭にタオルを被せただけだ。


「女子力に差が出るな……」


俺がタオルで頭を拭きながらそう呟くと


「アタシだって気になる男子の前だったら女らしくなるよ。でも陽人が相手じゃなぁ~」


と千夏はこれ見よがしに言いやがった。

チクショウ。



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この続きは今日夜8時過ぎに公開予定です。

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