第14話 【過去】恋のキューピット作戦~キャンプ(前編)
高校二年になってすぐの頃だ。
俺は文弘と一緒に学校の近くのコンビニでアイスを食べていた。
「ハルはさ、ウチの学校で誰が一番可愛いと思う?」
突然そう切り出して来た。
「なんでいきなり、そんな事を聞くんだ?」
俺が疑問に思ってそう聞き返すと、「いいから答えてくれよ」と急かす。
「学校で一番とか言われると、俺は他の学年は知らないから分からないけど……そうだな、ウチのクラスなら吉川真奈美が人気があるのかな。学年だと3組の田原美鈴とか可愛いって評判だけど」
俺としては意地でも千夏の名前は出したくないので、とりあえずよく名前が上がる女子の名前を口にした。
すると文弘は「ふっ」と鼻で笑った後、「ハルは誰かしか目に入らないもんな」と小声だけど言いやがった。
ムッと来た俺は「なんだよ」と言うと、文弘は
「悪い悪い、つい口が滑った。俺から聞いておいて今のはないな。すまん」
と笑いながら謝る。
(まったくだ)
そう憤慨している俺に、文弘は独り言のような調子で言った。
「実は俺、好きな相手がいるんだ」
「好きな相手?」
俺は思わず聞き返す。
今まで文弘がそういう話をしてきた事は無かったからだ。
小学校時代も中学時代も、特に文弘が特定の女子に好意を抱いている様子はなかった。
「珍しいな、オマエがそんな風に言うなんて」
「悪いか? 俺たちだって高校生なんだから好きな相手の一人や二人くらい、いてもおかしくないだろう」
「そりゃそうだが……それで誰なんだ?」
「隣のクラスの近藤真理恵……」
「あの娘か?」
近藤真理恵は高校入学直前に、俺たちの住む地区に引っ越してきた。
中学までは東京の学校に通っていたらしい。
俺と同じように、父親の仕事の関連で引っ越してきたそうだ。
俺の中では「大人しい娘」というだけで、それ以上の印象は無かった。
「何がキッカケだったんだ?」
俺がそう尋ねると
「最初は駅の駐輪場だ。真理恵ちゃんが自転車の鍵を無くしたらしくて困っていてさ。俺が少し強引にだけど鍵を開けてやった」
と照れ臭そうに話す。
「それだけか?」
「彼女が気になるようになったのはそれが最初かな。その後、春休みで俺は数学と英語のテストが悪くて補習になっただろ? その時に腹が減ったんだけど金を持ってなくってさ。そうしたらたまたま真理恵ちゃんが学校に来ていたんだ。アイツ、調理部だから。それで『この間のお礼に』ってクッキーをくれたんだ」
「なんだ、餌付けされたのか?」
俺が笑うと文弘は怒った調子で言った。
「餌付けって何だよ。人を動物みたいに言いやがって」
「悪い。じゃあこれでアイコな。それで文弘はどうするんだ? 彼女と付き合いたいのか?」
すると文弘は頭を抱えてデレた。
「いやぁ、付き合いたいとか、そんな訳じゃないんだけど……」
いつも物事をハッキリ言う文弘のこんな態度は本当に珍しい。
俺は少しイジワルしてやりたくなった。
「なんだ、別に付き合いたいって程じゃないのか。じゃあいいや」
すると文弘は慌てたように顔をあげた。
「おい、俺の気持ちを察してもうちょっと何か言えよ。親友だろ」
「分かってるよ。今のは冗談だ。それで何とか彼女と仲良くなりたいと?」
「ま、まぁ、そんな所だ。それでさ、ハルから聞いてくれないかな、好きな奴とかいるのかって」
今度は俺が驚いた。
「俺が聞くのか? だって俺、彼女とぜんぜん絡みがないぞ。いきなり俺が聞くのっておかしくないか?」
逆にそんな事を聞いたら、俺が真理恵に気があるみたいで誤解されそうだ。
すると文弘も急いで訂正した。
「いや、ハルに直接聞いてくれって言っている訳じゃないんだ。ホラ、千夏は真理恵と同じクラスだろ。だからハルから千夏を通して、さりげなく真理恵に彼氏とか好きな男とかいないかって聞いて欲しいんだよ」
高校に入って、俺は文弘と同じクラス、そして千夏は隣のクラスだった。
真理恵は千夏と同じクラスにいるのだ。
「千夏に聞くのか? 大丈夫かな? アイツ、雰囲気を察するとか空気を読むとか苦手そうだからなぁ。特に恋愛に関しては」
「小学校の時から好きなのに、ずっとウダウダ悩んでいるヤツよりはマシだろうが」
俺は文弘にヘッドロックをかける。
「イテテ、ウソウソ、冗談です」
文弘が「ギブギブ」と言いながら俺の腕をタップする。
俺はそれで放してやった。
まったく、人が気にしている事を遠慮なく言いやがって。
その日の帰り、俺は千夏に文弘からの頼みを話す事にした。
「近藤真理恵って千夏と同じクラスだよな?」
「そうだよ」
「千夏は彼女と話した事はあるのか?」
「話した事があるも何も、クラスの中では一番仲がいいよ」
「そうなのか?」
俺は意外だった。
千夏は活発な方だが、それに対し近藤真理恵は大人しそうな女の子に見えたからだ。
「真理恵はさ、高校入学の直前にコッチに引っ越してきたじゃん。だから最初はずっと一人ボッチでさ。だからアタシが最初に話しかけたんだよ。それから仲良くなったんだ。話して見ると凄くいい娘だから、段々みんなとも打ち解けていったしね」
(なるほど、そういう訳か)
俺は納得した。
この辺の連中は小中学校の繋がりが強いから、高校から入って来たら最初は輪の中に入りにくいのだ。
「あと真理恵は調理部だから、色々とおすそ分けしてくれるんだよね。しかも美味しいんだ~、真理恵のお菓子」
(なんだ、コイツも餌付けされたクチか?)
俺はちょっと可笑しくなった。
まぁ千夏らしいと言えば千夏らしいが。
「どうして突然、真理恵の事なんか聞いて来たの?」
千夏が不思議そうにしているので、俺は文弘の頼みを話す。
「どうやら文弘が、近藤麻理恵に気があるみたいでさ」
「え~、あの文弘が?」
俺の話がまだ途中なのに、千夏が素っ頓狂な声を上げる。
「文弘はさ、いつから真理恵が好きだったの?」
「彼女が自転車の鍵を無くして困っていたらしい。そこを文弘が助けたのがキッカケだってさ」
「お~、女の子の困っている所を助けてあげると来たかぁ~。やるねぇ、文弘も」
「その後に文弘が春休みの補習の時に真理恵ともう一度会って、それから本格的に好きになったみたいだよ」
「うんうん、真理恵はイイ娘だもんね。文弘、中々見る目があるよ」
千夏は満足気に腕組みして頷いてみせた。
「それで文弘は、どうしたいって言ってきたの?」
「それを話そうとした所で、千夏が話の腰を折ったんだよ」
俺は渋い顔をしたが、千夏は気にした様子はなかった。
「わかった、わかった。それで?」
「文弘は千夏に『真理恵に彼氏はいるかどうか』って言うのと『文弘の事をどう思うか』って聞いて欲しいんだって」
「真理恵に彼氏? それはいないと思うよ。そんな話は聞いた事がないし、そういう事にもあまり興味が無さそうだし」
(恋愛関係に興味が無さそうなのか……それじゃあ文弘も難しいかもしれないな)
俺がそう考えていると、千夏が考え事をするように言った。
「文弘の事をどう思うかって聞くのもちょっとなぁ。おそらく『あんまりよく知らないから分からない』って答えが帰って来ると思うよ。だって今の段階では、真理恵と文弘ってほとんど交流ないんでしょ?」
言われて見るとその通りだ。
現時点では文弘が一方的に熱を上げているだけで、真理恵の方としては単に『駐輪場で助けてくれた同じ高校の男子』という程度の認識だろう。
千夏が「いい考えがある!」と言って両手を叩いた。
「まずはさ、真理恵と文弘がある程度、相手を知る事が出来るチャンスを作ってあげようよ。そうすれば真理恵にとっては文弘を知る事が出来るし、文弘にとっても真理恵にアピールする事ができるじゃない」
なるほど、それはいい考えかもしれない。
「だけど相手を知るチャンスって、どうするんだ? いきなり二人にデートさせるとか無理すぎるだろ」
「そこはアタシたちが一肌脱ぐんだよ」
「え、俺たちが?」
俺が驚いて尋ねると、千夏は当然のように言った。
「そ。ちょうどこの前、真理恵が言っていたんだ。『高校からコッチに来たから、あんまりこの辺の事を知らないの。せっかく自然が豊かな所だから、もっと遊びに行きたいんだけど』って。それでアタシも『じゃあ機会があったらバーベキューかキャンプでもやろう!』って言ったの。ちょうどいいでしょ?」
そんな話をしていたのか?
ならばこれを逃す手はない。
「なるほど、それは確かにいい機会かもしれない。文弘にとってはビッグ・チャンスだ」
「でしょ。アタシと陽人が一緒なら、真理恵と文弘も気まずい事もないだろうしね」
「よし、それで行こう。日程とか段取りの方は合わせるから、千夏に任せていいかな?」
「オッケー! じゃあ陽人は文弘と一緒に、真理恵を楽しませる企画を考えておいてよ」
俺は満足して頷いた。
きっと文弘も喜ぶだろう。
それに……俺としても千夏とキャンプなんて久しぶりだ。
ゆっくり話をする時間があるかもしれない。
ふと横を見ると、千夏が俺を見てニヤニヤ笑っている。
「なんだよ。なに笑ってるんだよ、気持ち悪いな」
俺がそう言うと千夏は、さらに笑いを深めた。
「いやぁ、文弘も頑張ってるんだなって思って」
「そんなにおかしな事か? 高校生なら別に普通だろ」
「じゃあその普通の噂さえない陽人くんは、何なんでしょうか?」
「ハッ?」
突然に矛先が俺に向いたので反応しきれない。
すると千夏は俺の肩をポンポンと叩いて
「陽人もグズグズしてると、文弘に先を越されちゃうよ!」
と言うと「アハハハハ」と笑いながら先を歩いて行った。
(誰のせいだと思ってるんだよ……)
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、俺は心の中で毒づいた。
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この続きは、今日の正午過ぎに公開予定です。
今日は以下の時間に3話公開します。
朝7:40、正午過ぎ、夜20時過ぎ
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