第33話 【現在】ネバー・エンディング・ラスト・サマー(中編)

夕方になり、俺は約束の待合せ場所に向かった。

集落の中心にある国道沿いの神社から川までの道に、屋台などが並んでいる。


神社の鳥居の所には、既に文弘と真理恵、そして千夏がいた。

文弘と真理恵は浴衣だろうと思っていたが、意外な事に千夏も浴衣を着ていた。

真理恵は女の子らしいピンク色の浴衣、千夏の方は少し落ち着いた感じの薄紫色の浴衣だ。


「お、やっと来たな。じゃさっそくお祭りを見物しながら、川の方まで行こうか? ゆっくり行けばちょうど城跡の展望台に着く頃に、花火大会が始まるだろ」


その文弘の言葉で、俺たちは屋台が連なる中を歩き始めた。

けっこうな人の出だ。

この集落にこんなに人がいたのかと思うほどだ。


当初は右から俺・文弘・真理恵・千夏の順に横に並んで歩いていた。

だがこう人が多いと、四人が並んで歩くのは難しい。

中には露骨に嫌な顔をする人もいた。


「さすがに四人横に並んで歩くのはマズイだろ」


文弘はそう言うと、真理恵の手を取って一歩先を歩いた。


(コイツ……)


俺はそう思ったが、ここで文句を言う事はできない。

2対2のペアになると、途端に文弘は屋台に向かい始めた。


「俺たち、晩飯はここの屋台で済ますつもりなんだ。オマエらもそうするだろ?」


「まぁ俺は家に帰っても、何も食べる物はないからな」


俺たちはまず焼きそばを買った。

文弘たちはもう一つ、隣の屋台でお好み焼きも買う。


「二人でシェアすれば、二種類食べられるもんな」


そんな文弘の言葉が聞こえるが、俺も千夏も聞こえないフリをしていた。

少し離れた所でベンチに腰かけ、俺たちは買って来た焼きそばを食べる。


「文弘、この豚肉食べて。私、脂身は嫌~い」


「オッケー。じゃあその分、コッチの海老が入っている方を食べろよ」


「ありがと!」


そんな感じで文弘と真理恵は楽しそうに分け合って食べていた。

一方、俺と千夏の方は無言で焼きそばを口に運んでいた。

どちらからも掛ける言葉がないかのようだ。

文弘が立ち上がる。


「俺たちはじゃがバターを買って来るよ。ハルたちは?」


「俺はいいよ」


「アタシもいらない」


俺と千夏がそう答えると、真理恵まで立ち上がった。


「私は喉が渇いたから、何か飲み物を買って来るね」


「じゃあ俺も」「じゃあアタシも」


俺と千夏はほとんど同時にそう口にした。

しかし真理恵は


「いいからいいから。私が二人の分も買って来るから。千夏たちはここで待っていて」


と言うと足早に文弘を追いかけていく。

二人だけになった俺たちは、余計に気まずい感じが漂う。


(今さら千夏となんて、何を話せばいいんだ……)


すると千夏の方から先に話題を振って来た。


「陽人は、ここのお祭りなんて久しぶりでしょ」


「そうだな。それに祭り自体が久しぶりだ」


「東京ではお祭りには行かないの?」


「行かないな。大きな祭りは三社祭とかあるんだけど、俺は人ゴミが苦手だから」


「アタシも、お祭りなんて久しぶりかもしれない……」


(関とは行ったんじゃないか?)


そう思ったが口には出さなかった。

またもや沈黙が流れる。


「ねぇ、陽人」


「なんだ?」


「アタシと一緒じゃ……楽しめない?」


俺は一瞬だけ、千夏の方を見た。

彼女は俯き加減で地面を見ている。


「別に……そんな事はないよ」


「それならいいけど……」


その寂しそうな言い方に、俺の心が痛む。

俺は何かを話しかけなければならないような気がした。


「今日は浴衣を着て来たんだな」


千夏が顔を上げる。

少し嬉しそうだ。


「気づいてくれたんだ?」


「誰だって気づくよ。浴衣だぞ」


千夏は再び俯くと、小さな声で呟く。


「まだ陽人にはアタシの浴衣姿、見せた事がなかったもんね」


俺は正面の流れる人ゴミに目を向ける。

川の流れのように、人が一方向に向かっている。


「子供の頃、俺と一緒に祭りに来た時は、浴衣なんて着た事なかったもんな」


そう言ってから「関と一緒の時はどうなんだ」という意味にも取れそうで、俺は眉を顰めた。

やはり心のどこかで、関との事が引っかかっているのか?


「あの頃はお祭りでも遊びに夢中で、浴衣なんて邪魔でしかなかったから」


「今日はどうして浴衣を着て来たんだ?」


その問いかけに、千夏はしばらく黙っていた。

答える事を躊躇っているかのようだ。

やがて静かに口を開いた。


「最後に少しでも、アタシの事を……覚えていて欲しかったから……」


それに対し、今度は俺が無言になる番だった。

またもや二人の間に沈黙の時間が流れた。



「よ、お待たせ!」


それから十分近く経った頃、文弘と真理恵が戻って来た。

真理恵が「はい、これ」と言って缶コーヒーを一本ずつ俺と千夏に手渡す。

全員が飲み終わると文弘が言った。


「じゃあそろそろ城跡の展望台に行こうか?」


俺たちは屋台が並ぶ通りを抜け、その先の橋を渡って城跡の公園に入った。

ここまで来ると祭りのエリアとは離れているため、人はぐっと少なくなるし、周囲も暗い。

俺たちは四人揃って一番高い展望台に登った。


「はぁ~、やっとついた」


真理恵が疲れたようにそう言うと、千夏が心配そうな顔をする。


「大丈夫、真理恵?」


「平気、平気。久しぶりにこんなに歩いたから、ちょっと疲れただけ」


「無理しちゃダメだよ。大事な時なんだから」


千夏はそう言って労わるように真理恵の肩に手をかけた。


「千夏はまるで真理恵のお姉さんか、母親みたいな感じだな」


俺がそう言うと文弘も頷く。


「そうだな。女同士の友達って、どっちかが母親役でどっちかが娘役だって言うけど、あの二人だとそういう感じかもな」


(千夏がお母さん役か……そう言えばアイツって、昔から世話好きって言うか、困っている人を放っておけない所があったよな。だから丸山のお婆さんの所にも、今でも顔を出しているんだろうな)


二人が展望台の柵の所にやって来た。


「あとどのくらい?」


真理恵が文弘に尋ねる。


「え~と、花火は八時からだから……あと五分くらいか」


「早く上がらないかな~、楽しみ!」


真理恵が明るい声でそう言う。

ここは元は山城だったらしく、眼下には俺たちの住んでいた町が一望できる。

町と山との間には川が流れており、そこから花火は打ちあがるのだ。

俺たちは策に寄りかかるようにして、四人並んで町の方を眺めていた。

やがて町の方から何やらアナウンスらしきものが聞こえたかと思うと、「ひゅるひゅるひゅるひゅる」と言う音の後に、夜空に大輪の華が開いた。

僅かに遅れて「ドーン」という大砲のような音が響いて来る。


「わぁ」


真理恵が華やいだ声を上げた。

その後も次から次へと花火が打ち上げられていく。

俺たちはその夜空に浮かぶ色とりどりの世界に、時を忘れて見入っていた。


ふと気が付いて千夏の方に視線を向ける。

千夏も花火に見入っているようだ。

その横顔は、高二の時にここで一緒に花火を見た、その時の顔と何一つ違いはないよう感じられた。


(もしもこの花火の力で、俺たちがあの時まで戻る事が出来たら……)


俺は不意に、そんな空想を思い浮かべていた。



花火も大玉は一段落し、続いてスターマインと呼ばれる連続的にポンポンと鮮やかに打ちあがる花火に変わった。

ラストの方でもう一度大玉が上がるが、それまで一休みみたいな感じだ。


その時だ。

不意に真理恵が文弘に言った。


「じゃ、私たちは一度下に行こうか?」


「ああ、そうだな」


そう言って二人だけでどこかに行こうとする。


「おい、どこに行くんだ?」


俺が呼び止めると、真理恵が戻って来て俺の胸を押し留めるように抑えた。


「陽人くんは、千夏とここに居て」


「俺と千夏だけで?」


「そう。二人はここでお話するの。二人の過去に決着をつけるのよ」


「そんな……いきなり過ぎだろ」


「今日の朝、電話で言ったよね? それを承知して陽人くんもここに来たはず」


「……」


「これは私と文弘だけじゃなくって、千夏の願いでもあるの」


「千夏の?」


「そう。そして陽人くんの本心の願いでもあるんじゃない?」


(俺の……本心の願い……)


俺が戸惑っていると、真理恵はバッグから何かを取り出し、俺の手に握らせた。

見てみると、何かが紙で包まれている。


「今は開けないで。でも陽人くんが迷って、どうしたらいいのか分からなくなった時、これを開けてみて。きっとアナタを答えに導いてくれるから……」


真理恵はそれだけ言うと、スッと俺から離れていった。

文弘と一緒に、展望台の階段を降りていく。


そしてその場所には、俺と千夏の二人だけになった。



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この続きは、今日の夕方5時半過ぎに公開予定です。

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