第7話 【現在】偶然の再会(後編)

「せっかくこうして四人が集まったんだから、とりあえず何か食べにいかない? みんなお昼はまだでしょ?」


俺は驚きの目で真理恵を見た。

真理恵も俺の方を見ている。

なぜか挑むような、そして問いかけるような目だ。


文弘が「俺はいいけど……」と語尾を濁す。

チラッと俺の方に視線を飛ばしながら。

千夏も「私はどっちでもいいよ」とごく普通に答えた。

そうなっては俺だけが断るのは、あまりに不自然だ。


「俺も別にいいよ」


そう答えざるを得なかった。



四人でショッピングモール内にあるレストランに入った。

「アタシはドリア」と言った千夏に「私は和風パスタ」と真理恵が続く。

どことなく済まなそうな顔をした文弘が「俺はサイコロステーキ」といい、俺はシーフードピラフを選んだ。

オーダーの後に、千夏がイジワルっぽい笑顔で文弘に言った。


「サイコロステーキかぁ。ちょっと奥様に対して配慮が足りないなぁ」


俺は千夏が言った意味が分からなかったが、文弘には通じたらしい。


「大丈夫だよ。真理恵は悪阻つわりは軽いんだ。昨日だって俺と一緒にハンバーグを食ってたし」


「そうは言っても配慮してあげなくちゃ。突然、匂いが気になる事もあるそうだし、食べ物の好みだって変わるんだから」


その会話で俺はやっと状況を把握する。


「え、もしかして、子供が出来ているのか?」


今度は真理恵が意外そうな顔をする。


「陽人くん、文弘から聞いてなかったの?」


「ああ、まったく」


「文弘、ちゃんと説明しておかなくちゃ」


真理恵が軽く文弘を睨む。


「悪い悪い。驚かそうと思って、どのタイミングで言おうかと考えていたんだよ」


「じゃあ二重の意味でおめでとうって言わないとならないな」


俺がそう言うと、文弘が「まぁ出来たって分かったのは、つい半月前なんだけどな」と付け加える。

千夏が真理恵の方を向きながら


「でも結婚式はお腹が大きくなる前で良かったよね。好きなウェディングドレスを着られるし」


と言うと真理恵も


「うん。さんざん悩んだ上で決めたドレスだもん。これで着れなかったら文弘の事を一生恨むよ」


と笑って答える。

その真理恵の笑顔は、なぜかとても輝いて見えた。

そんな俺に文弘が「洒落にならね~。真理恵、大人しそうに見えてマジで執念深いから怖いよ」とボソッと耳打ちする。


「なに言ってるの、文弘?」


そんな文弘に即座に真理恵が突っ込みを入れる。


「今日も真理恵は最高にキレイだなって、そう言ったんだよ」


文弘もすかさずそう返した。

真理恵は怒った顔を作りながらも、笑みがこぼれている。


「うわっ、隣でそんな幸せオーラを出されると妬けちゃうな~。アタシらにも配慮して貰わないと」


千夏はそう言った後で、右肘をテーブルについて手の甲に顎を乗せて尋ねる。


「それで新婚旅行なんかはどうするの? まだ安定期じゃないんでしょ?」


それには真理恵が答える。


「だから新婚旅行は、赤ちゃんが生まれて落ち着いてからにしようって話にしてるの。最近はそうやって結婚式と新婚旅行で、間を開ける夫婦も多いんだって」


「そっかぁ。でも羨ましいなぁ。アタシは新婚旅行とか無かったから」


千夏が両手を頭の後ろに組んで仰け反る。

そして俺は……あえて窓の外を見て、その事には関心がない態度を装った。

俺に配慮したのか、文弘と真理恵が微妙な雰囲気を見せる。

それを払拭するように、文弘が勢いよく言った。


「俺は明日から一週間休みなんだ。結婚休暇ってヤツ? けっこうヒマだから、いつでも遊びに来いよ、ハル!」


「ああ、ありがとう」


口ではそう言ったが、俺は文弘の新居にお邪魔する気はない。

新婚早々のカップルの部屋になんて、そう何度も遊びに行けるもんじゃない。


すると今度は真理恵が千夏に向かって言った。


「千夏も遊びに来てよ。文弘と二人で一週間なんて息が詰まっちゃう!」


しかし千夏も苦笑した。


「え~、どうしよっかなぁ。アタシが新婚家庭にお邪魔するってゲンが悪いんじゃない? なんたってアタシ、バツイチだから」


俺はチラッと千夏の様子を見た。

彼女は別にそれを気にする風でもなく、あっけらかんとしている。


そう、千夏は結婚し、そして離婚したのだ。

その話は東京で同窓会が開かれた時に、別の同級生から聞いていた。

だからと言って、俺が千夏にどうこうするという気はない。

俺と千夏の関係は、あの時に終わったのだから。


料理が運ばれてきた。

その間は他愛もない話が続く。

だが俺は何を口にしているのか、どんな味かさえ分からなかった。

食べ終わった所で真理恵が千夏に聞いた。


「明日の披露宴の後の二次会、千夏も来てくれるんでしょ?」


それに千夏は困ったような笑みを浮かべた。


「う~ん、でもアタシはアレでしょ。みんなの目もやっぱり気になるしね~」


だが真理恵はそれに憤慨したようだ。


「そんなの、言いたい人には言わせておけばいいじゃん! 千夏は何一つ、悪い事はしていないんだから! 千夏と陽人くんのお陰で、私と文弘はこうして結ばれたんだよ! 私は誰よりも二人に祝って欲しい!」


思いがけない真理恵の強い言葉に、俺はビックリした。

彼女にはけっこう頑固な所があるのは知っていたが、こんな感じで人前で強く主張するのは見た事がない。

しかし千夏は悲しそうな笑顔で言った。


「ありがとう、真理恵。でもやっぱり二次会は遠慮しとくよ。その代わりに披露宴で、真理恵の晴れ姿はバッチリ見させてもらうからね」


そんな彼女の表情が、俺の胸に強く突き刺さった。



食事の後、千夏と真理恵は「他の買い物を見て来る」という事で、俺たちとは別れた。

俺は文弘と一緒に液晶テレビとBD/HDDレコーダーを積み込み、二人の新居へと向かった。

テレビとレコーダー、それとネットとの接続は一時間もかからずに完了する。

明日の結婚式の準備もあるだろうから、俺はそれで退散する事にした。


帰りも家まで文弘が送ってくれる。

途中で文弘が「今日は悪かったな」と言った。

俺が「何がだ?」と尋ねると、文弘は一瞬黙った後でこう言った。


「ハルの気持ちも考えずに、真理恵が余計な事をしたみたいだから」


「別に。気にしてないさ。昔の事だからな」


それからしばらく間をおいて、再び文弘が口を開いた。


「もし本当に昔の事だって割り切っているなら……少し考えてみてもいいんじゃないか?」


それに俺は答えなかった。

文弘もそれ以上は何も言って来ない。

途中でコンビニの灯りが見えた。


「あそこで下ろしてくれ」


文弘が意外そうな顔をする。


「ここじゃハルの家まで、まだけっこうあるだろ?」


「いいよ、今日の晩飯とかも買っていきたいからさ。後は久しぶりに歩くよ」


文弘は何か言いたそうな顔をしたが、何も言わずにコンビニの駐車場に車を止めた。


「それじゃあ、明日」


俺がそう言って車を降りると、文弘も「ああ、明日」と言って車を発進させた。

コンビニではペットボトルを何本かと、パンとおにぎりとカップ麺を購入する。


夕暮れの中、コンビニの袋を下げてブラブラと田んぼが続く県道を歩く。

この道は、毎日のように千夏と一緒に学校に通った道だ。

ヒグラシの声がそこかしこから聞こえてくる。


俺は無意識に、この道を駆けだす千夏の姿を思い浮かべていた。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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