第8話 【現在】結婚式前夜の文弘と真理恵の会話
夕食の後、安田文弘は近藤真理恵と電話で話をしていた。
内容は当然、明日の結婚式についてだ。
花嫁である真理恵は準備が大変なため、先に出発するという話だ。
話すべき内容が終わった所で、文弘は真理恵に尋ねた。
「なあ、なんで今日はあんな事を言ったんだ?」
「あんな事ってなに?」
「昼間のハルと千夏の事だよ」
「ああ、その事」
「あの二人に一緒に食事しようなんて……言う必要はないだろう」
「どうして言う必要はないって、文弘は思うの?」
「そりゃそうだろ」
若干、文弘の声が高くなった。
「千夏の事でハルがどれだけ傷ついているか、それは真理恵だって知っているだろ。アイツが十年も帰って来ない理由は、千夏と会いたくないからに決まってるじゃないか。それなのに何であんな古傷を抉るような真似をするんだよ!」
電話の向こうから真理恵のタメ息が聞こえた。
「文弘はさ、本当に陽人くんが千夏と会いたくないと思っている、そう考えているの?」
「そりゃそうだろ。だって高校卒業から十年間、一度も帰って来なかったんだぜ。ハルが同窓会に出るのは、東京で集まる時だけだ」
「私の考えは違うよ」
真理恵がハッキリと言い切った。
「陽人くんはまだ千夏の事を忘れられていない。千夏の事をずっと想い続けている。そしてそれを清算できるものならしたい……そう考えている」
「なんでそう思うんだ? その根拠は?」
「さっき文弘が言った『十年もこの町に帰って来なかった』こと。もし本当に陽人くんが千夏の事を完全に吹っ切れているなら、帰って来るぐらいはしたはずだよ」
「そうか? 千夏と会いたくないなら帰って来ないんじゃないか?」
「違うと思う。だって帰って来る程度なら、千夏と出会うかどうかなんて分からないじゃない。むしろ会わない可能性の方が高い。それなのに一度も帰って来ないなんて不自然だよ」
「そうかな?」
「そうだよ。陽人くんにとっては、この町全てが千夏との思い出なんだよ。彼の心の中で、千夏はまだ生きているんだよ。毎日にように千夏と会っているんだよ。今日の陽人くんを見て、私は確信した」
「そうだとしても……ハルが現実の千夏と会いたくないって言うのは確かじゃないか? だって千夏は陽人の想いを知っていながら、関先生を選んだんだぜ」
しばらく電話の向こうの真理恵が沈黙した。
文弘が再び切り出す。
「千夏だって、ハルには会いづらいだろ」
「それはそうだろうけど……でも私はやっぱり二人は会って、過去に決着をつけるべきだと思うの」
「どうして?」
「千夏が大切にしている物って、文弘は何かわかる?」
「知らないよ。俺は今の千夏とは交流がほとんどないからな」
「小さい時に陽人くんがくれた手紙とか、二人の写真とか、二人で集めたものとか、些細なプレゼントとか……そういうものなの」
文弘は内心「あの千夏が?」と思った。
「文弘だって知っているでしょ。この町で、本当の意味で千夏の味方だったのは、陽人くんだけだったって」
文弘は無意識に頷いていた。
真理恵が言うように、二人が住む集落でも、そして学校でも、千夏の立場は微妙だったのだ。
千夏が本当の意味で心を許せたのは、陽人だけだったに違いない。
高校三年のあの夏の日までは……
「陽人くんの心の中に千夏がいるように、千夏の心の中にもずっと陽人くんが住んでいる。私はそれを知っているから……」
電話の向こうで真理恵が言葉を詰まらせる。
そして鼻をすする音が聞こえた。
「花嫁さんが泣くなよ」
文弘は優しくそう言った。
「うん、分かってる……でも……」
「要するに、真理恵はハルと千夏の仲をなんとかしたい、そう思っているんだな」
「……うん。私が文弘と結婚できるのだって、元はと言えば二人のお陰なんだし……私は千夏の親友で、文弘は陽人くんの親友なんだから……私は二人にも同じように幸せになって欲しいの」
「だけど二人の決着をつける事が、必ずしも二人にとって幸せかどうかは分からないぞ。それでもいいのか?」
文弘は念のため、そう確認した。
後になって真理恵に傷ついて欲しくないからだ。
「それは二人に幸せになって欲しいけど……でも今のままでは二人とも前に進みだせないと思う。どんな形でも、一度はケリをつけた方がいいと思う」
「わかったよ。じゃあ俺たち二人で、ハルと千夏の想いにケリをつけさせよう。幸い、結婚式の後は一週間やる事はないし、ハルもその間はコッチにいるって言っていたしな」
「ありがとう、文弘。私は文弘のそういう優しい所が大好きだよ」
「結婚早々に嫁さんの涙は見たくないからな」
文弘はそう力強く言った。
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今日は1日3話公開します。
この続きは、夕方5時過ぎに公開予定です。
その次は、夜8時過ぎに公開予定です。
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