第9話 【過去】親友という残酷な言葉(前編)

俺と千夏は中学生になった。

もちろん文弘も一緒だ。

俺たちの通った中学校は、小学校の少し先にある。

よって通学路はほとんど変わらない。


その入学式の日の朝。

インターフォンが鳴った。

いつものように千夏が迎えに来たのだ。

既に登校の準備が終わっていた俺は、すぐに玄関の扉を開けた。


「おはよう、陽人!」


そう言って玄関の前に立っていたのは……

エンジ色のスカーフに紺色のセーラー服に身を包んだ、ハッキリした目鼻立ちのショートカットの美少女だった。

俺は一瞬、言葉を忘れた。


「どした? 陽人」


俺の様子を不思議に思ったのか、千夏は俺の顔を覗き込むようにした。


「別に、なんでもないよ」


急に恥ずかしくなった俺は、千夏から目を逸らして玄関を出た。

春の田舎道を二人並んで学校に向かう。

跳ねるように前を歩く千夏を見ながら、俺は思った。


(服装が普段着から中学の制服に変わっただけなのに……ずいぶんと印象が変わるもんだな)


小学校までは制服はない。

そして千夏はあまりお洒落に興味はないようだった。

普段からトレーナーやセーターまたはTシャツ、下はパンツやジーンズばかりでスカートを穿く事はほとんどない。

だけど今はセーラー服のスカートの裾をひらめかせながら歩いていく。

千夏がやけに大人びて感じられたんだ。



中学校に進学したとは言っても、今まで一緒だった小学校の連中がみんな一緒だ。

違いと言えば、他の2つの小学校が合流した点だ。

元々が顔見知りが多いだけに、中学のクラスもすぐに仲良くなった。

しかしその反面、小学校時代に何かがある場合は、それが中学でも伝染してしまう事になる。

そして千夏の家には、あまり良くない評判があったのだ。

その事は中学生になった俺にも分かっていた。



一応言っておくと、千夏は男子には人気があった。

スポーツ万能で明るく、誰に対しても変わらない飾らない態度。

そして外見は美少女とくれば、男子に人気がないはずがない。

ただ千夏が誰かと恋愛関係になるような事はなかった。

あまりに態度に女らしい慎みがなく、ストレートな物言いで、恋愛関係みたいな甘い感じより、ただの友達になってしまうからだ。


その一方で、多くの女子から敬遠されていたのも事実だ。

中学になっても男子と同じように行動する千夏の態度は、他女子の目には「男子にばっかりくっついている女」という風に映るらしい。


俺がその事を知ったのは、中学二年のゴールデンウィーク明け、体育の授業の時だった。

俺はその前日、自転車で転倒して膝をケガし、体育の授業を見学していた。

体育はバレーボールだったので、あまり無理はしたくない。


その時に一緒に見学していたのが、同じ小学校だった山本良美だ。

彼女は成績優秀で真面目な生徒だ。

派手な感じでもないのに、他女子に対して影響力があった。

そして小5の時、千夏が「俺の事を好きらしい」と教えてくれた相手だ。


だが俺は彼女が苦手だった。

どこか陰険な感じがしたのだ。

会話も自分の望む発言を引き出すように、外堀を埋めていくような話し方をする。

千夏とは正反対のタイプだ。

そして彼女が千夏を嫌ってる事は、なんとなく雰囲気で分かった。


強い日差しを避けるため、俺は木陰で見学をしていたのだが、そこで良美がやってきた。


「陽人くんって本が好きなの?」


そう話しかけてきた。


「どうしてそう思うんだ?」


俺はなんとなく話すのが面倒くさかった。

彼女の話し方は、回りくどいように感じられる。


「よく図書室にいるでしょ。だから」


(そう言えば良美はよく本の話をしているな……)


そう思いながら答える。


「本は好きだよ。普段とは違った世界を知る事ができるしな」


それが彼女の心に触れたのだろうか?


「そうだよね! 本って日常とは全く違った世界を見せてくれるよね! 私もそれで本が好きなんだ。だってこんな田舎じゃ、どこに行っても同じって言うか、知っている人だけの狭い世界って言うか。そんな閉塞感から本を読んでいる時だけは解放されるんだ」


と普段とは違ってはしゃいだような声で言った。

俺は彼女のその勢いに少し驚いていた。

さらに良美の発言は続く。


「陽人くんが一緒だったなんて嬉しいな! それで陽人くんはどんな本を読んでいるの?」


「図書館ではこの地域の歴史とか伝説とか……妖怪の話とか興味があるんだ。あとはラノベかな」


すると良美は目を輝かせて、さらに近寄って来た。


「そうなんだ! 私もホラーとかネットロアとか大好き! 私のお兄ちゃんはそういう伝承とか伝説とかの本をいっぱい持ってるんだ。今度貸そうか?」


彼女のその勢いにはちょっと引いたが、特に断る程でもない。


「まぁその内に」


「それで、ラノベはどんなの読んでいるの?」


どうやら俺は彼女の余計なスイッチを押してしまったらしい。

面倒だとは思いながらも、最近のお気に入りラノベのタイトルを3つほど上げた。


「私もソレ読んでる! あの展開はいいよね! え、ソレ、陽人くん持ってるんだ? 読み終わったら貸してほしいな」


そんな感じでさらに彼女は盛り上がった。

俺は少々鬱陶しく感じていたが……。

物理的な距離も縮めてきた良美が、急に話題を変えて来た。


「ところでさ、陽人くんって千夏と仲がいいの?」


「そうだな。家も近いし、付き合いも長いからね」


「でも付き合いの長さって言えば、私も含めて小学校のみんなは一緒だよね? 陽人くんは小三の時に転校して来たんだから」


俺はちょっと考えた。

言われて見ればその通りだ。

千夏だけが付き合いが長い訳じゃない。

長いとしても、せいぜい夏休みの一か月分だ。

だとしても……俺にとって千夏は特別だと言えるだろう。


「コッチに来て最初に出来た友達って言うのはあるかな。小三の夏休み、遊び相手は千夏しかいなかったからな。その後も一番近くの遊び相手は千夏だったし」


「ふぅ~ん、そんな理由?」


良美はいかにもくだらなそうに言った。


「でも陽人くんは千夏と一緒にいるのって、けっこう無理してるんじゃない?」


「そんなことないよ。なんでそう思うんだ?」


「だって陽人くんは本好きだし、私と一緒でインドア派でしょ。千夏は典型的なアウトドア派じゃない。疲れない、そういうの?」


「人をそんな風に決めつけるなよ。俺は別にインドア派って訳じゃない。そりゃ本やゲームは好きだけど、スポーツだって好きだし、アウトドアな遊びだって好きだ」


「それならいいけど……陽人くんって優しいじゃない? だから千夏に無理に付き合わされてるんじゃないかなって、ちょっと心配してたの」


「心配? なんで?」


「だってホラ、千夏の家ってあんまり評判良くないじゃない。千夏のお母さんってT市のスナックに勤めているんでしょ」


その頃には、俺も千夏の家がなぜ集落の中で孤立しているか、だいたいの理由は分かっていた。

俺は顔を顰めたが、良美はそれに気づいた様子はなかった。


「千夏のお母さんって大阪でも水商売やっていたんだって。それで父親が分からないまま、コッチに帰って来て千夏を生んだんでしょ。それどころかコッチでも、M土木の社長さんやK建材のおじさんとも変な噂があるし……」


俺は良美を睨んだ。

だが良美は自分の話に酔いしれているかのように喋り続けた。


「実は千夏のお婆さんもそうなんだってね。二代続いて父親が不明とか……そういうふしだらな所って遺伝するんだって。だからウチのママなんかは、千夏とは仲良くしない方がいいって言ってる。今だってホラ、千夏ってやたらと男子に近寄って行くよね」


目をみんなの方に向けると、ちょうど試合で千夏が活躍したらしく、他の男子とハイタッチをしている所だった。

そんな千夏を見ながら良美が憎々し気に言った。


「ああやってさ、必ず男子のそばに行くんだよ、千夏は。それでやたらとボディタッチとかして、男子の気を惹こうとしてるんだよね。あ~いうのって本当に嫌だよね。男子なら誰でもって感じで。私はあんな事、絶対にできないな」


俺は立ち上がった。

そして出来るだけ感情を出さないようにして、良美に尋ねた。


「本の話だけどさ、良美が本が好きな理由って、普段の日常にある閉塞感から解放されるからって、さっきそう言ってたよな?」


「え? う、うん」


急に俺が話題を変えたせいか、良美は戸惑ったように返事をした。

そんな彼女を、俺は睨みつける。


「だったらさ、こんな狭い集落の中のつまらない噂話なんか、他人にするなよ」


俺はそう言い残すと、良美のそばから離れていった。

これ以上、良美のそばにはいたくなかったし、それ以上に千夏の悪口も聞きたくなかった。


良美はその場から動かなかった。

だが一瞬だけ彼女が視界に入った時、凄い目で俺を睨んでいた。



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この続きは、今日の夜8時過ぎに公開予定です。

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