第10話 【過去】親友という残酷な言葉(後編)

その後も中学時代は、俺と千夏の関係は変わる事はなかった。

俺たちは一緒に登校し、学校ではまぁそれなりに行動を共にする事が多く、そして学校から帰るのも一緒だった。


最初の内は周囲の連中が「あの二人は付き合ってるのか?」と勘繰ったヤツもいたらしいが、やがて俺と千夏はそんな関係ではない、という事はすぐに分かったらしい。

まぁ千夏は誰かと恋愛関係になるようなタイプじゃなかった、というのが一番大きな理由だが。


既に文弘は俺にとって親友と言っていい存在だったが、千夏はまた文弘とは違った形での親友だった。

千夏にとっても俺は親友だったのだろう。

子供同士のようにじゃれ合い、男同士のようにバカを言い合い、秋には学校帰りに山の中に入って栗やコクワやヤマブドウを探したり。

そんな気の置けない感じが本当に楽しかったはずなのに……

俺はいつの間にか、千夏にそれ以上の物を求める気持ちになっていた。


高校受験が終わり、俺も千夏も文弘も、地元ではそれなりに上位の偏差値の高校に合格する事が出来た。

あの山本良美も同じ高校だが。

そして俺は、中三になった時からずっと決めている事があった。

それは「中学卒業の時に、千夏に告白する」という事だ。


千夏と一緒にいる毎日は楽しかったし、それなりに満足はしていた。

千夏は運動神経は良かったが、母親が夜から仕事に行くため、部活動などで遅くなる事はできなかった。

そんな千夏に合わせて、俺も部活に入る事はなかった。

だから放課後は、いつも二人だけの世界だったと言える。


そんな中で少し俺が不満だったのは、学校にいる時の千夏は他の男子ともそれなりに仲が良かった事だ。

別に千夏がチョロイ女と言う訳じゃない。

誰が相手でも態度が変わらないだけだ。


それでも俺は、千夏が他の男子と話しているのは面白くなかった。

そしてそんな嫉妬心を抱いている自分も嫌だった。

だから「千夏にとって間違いなく自分だけが特別なんだ」という、確証みたいなものが欲しかったのだ。



中学の卒業式の帰り。

入学式と同じく千夏と二人っきりだ。


「あ~、これで春からは高校生か。毎日電車通学とか考えるとかったるいな~」


千夏は卒業証書の入ったケースをブラブラさせながら、さも大仰なようにそう言った。


「駅までは自転車で行かないとならないしな。そこから電車ってのは確かに面倒だよな」


俺も同意する。


「でもな~、ウチから一番近い県立高校って、アソコしかなかったんだよね~」


それを聞いて俺は少しおかしかった。

クラスの他の連中は、少しでも偏差値が高い所を希望してやっと受かったと言うのに、千夏は「家から一番近い県立高校」という理由で選んだにも関わらず、合格してしまったのだ。

もっとも俺は高校も千夏と一緒に通える事で嬉しかった。

「高校になったら、千夏とは離れてしまうんじゃないか?」というのが一番の心配だったのだ。


「でもこの道も9年も通ってたんだからね。それともお別れとなるとちょっと寂しいよ」


「俺は小三で転校してきたから6年半か。たしかに名残惜しい気もするな」


「二人でよく帰りに道草くったもんね。懐かしなぁ」


「懐かしいって、つい先週も酒屋で駄菓子買って、そこの川原で食ってたじゃんか。そこまで昔じゃないだろ」


「陽人は情緒が無いなぁ。こういう時は雰囲気に合わせて思い出に浸らなきゃ」


「千夏に情緒を言われるとは思わなかったよ」


「言ったな? アタシは実は情緒溢れる乙女なんだよ。『故郷の詩コンクール』でも金賞を取ったでしょ」


「アレ、何かの詩をパクったら賞が取れちゃったって、自分で言っていたじゃないか」


「テヘッ、陽人には隠し事ができませんねぇ」


千夏は自分の頭をコツンと殴るフリをした。


「でもホント、初めて陽人と出会ってから、もう6年半になるのか。早いもんだね」


「そうだな。俺がコッチに引っ越して来て、最初に友達になったのが千夏だったからな」


「小学校、中学校、そして高校も一緒となると、けっこうな腐れ縁だね」


(腐れ縁か……)


俺は千夏が言った言葉を、心の中で繰り返した。

だが俺は、千夏との関係を「腐れ縁」なんて曖昧なものではなく、もっと確実な物にしたいのだ。

俺は千夏に言った。


「千夏、この先に神社があるだろ」


「うん、あるね」


「ちょっとそこにお参りしていかないか?」


たったこの程度の事なのに、言葉が震えるような気がした。

千夏は「ん~」と少し考えるような素振りを見せたが、


「そうだね。アタシらの登下校を神様が見守ってくれてたかもしれないもんね。神社にお礼くらいは行った方がいいか?」


と明るい調子で答える。

そんな訳で俺と千夏は通学路の途中にあった神社に寄る事にした。

実はその神社の御利益の一つに縁結びがあるらしい。

前年の秋祭りの時、地元の青年団のお兄さんが、その神社でプロポーズして成功したと言うのだ。

俺もそれにあやかり、同じ神社で千夏に告白しようと考えていたのだ。


神社は県道に面した小高い里山の中腹にある。

俺たちは道路沿いの一の鳥居をくぐり、石段を登って行った。

かなり長い石段を登り切った所に二の鳥居があり、そこが境内だ。

周囲は年数を経た巨木に取り囲まれており、奥にはかなり古い木造の拝殿がある、

人気は全くないが境内はきれいに掃除されていて、落ち葉などはほとんど見当たらなかった。

賽銭箱の前に立つと、俺たちは十円ずつ投げ入れ、鈴緒を振って本坪鈴を鳴らした。

拍手をしてお祈りする。


(千夏と、付き合えますように……)


俺はそう心の中で唱える。

お願いが終わった俺はそっと目を開けて横を見ると、千夏の方はまだ熱心にお祈りをしていた。


(意外だな、千夏ってそんなにお祈りするような事があるのかな?)


普段とは違って静かに目を閉じる彼女の横顔に、俺は見惚れていた。

不意に千夏が目を開くと、コッチを見た。


「陽人は、何をお願いしたの?」


あまりに突然だったので、俺はうろたえる。


「何って、別に普通の事だよ」


千夏の目がキュッと半月型になった。


「もしかしてその慌てよう……『好きな娘と付き合えるように』とかお祈りしたんじゃないの?」


俺はさらに狼狽した。


「な、なに言ってんだよ、いきなり!」


「そのうろたえよう、やっぱり当りだ!」


千夏は嬉しそうにそう言うと、俺に迫って来た。


「で、誰が好きなの、陽人は? お姉さんに言ってみ!」


「なんでそんなこと、千夏に言わなきゃならないんだよ! そもそもどうしてオマエがお姉さんなんだ? 誕生日は一週間しか変わらないだろ」


千夏の誕生日は9月28日、俺の誕生日は10月5日だ。


「一週間だってアタシの方が先なんだからお姉さんじゃん! そんな事はいいからさ。で、誰なんだい、陽人少年」


「だからそんなの、他人に言う事じゃないって」


そう反論しながら、俺は「あれ?」と思った。

そもそも告白するつもりなら「好きな相手は千夏だ」って言わなければならない。

つまりいま執拗に聞いている相手にだ。

だがそれって告白って言えるのだろうか?


「そうだな、オタクの気がある陽人の好きそうな女子って言うと……お淑やかな聡美? それとも小っちゃくて可愛い瑠衣かな?」


千夏はいかにも面白そうに名前を挙げていく。


「だから言わないって言ってるだろ」


「まさかと思うけど良美? けっこう陽人に接近してたもんね。情にほだされっちゃったとか?」


(良美だけはないわ!)


俺は心の中で言い返していた。

すると千夏が俺の肩に腕を回してきた。

顔を接触せんばかりに近づけてくる。


「ホラホラ、正直に言ってみなよ。アタシが力になってあげるからさ」


(力になるって、千夏が全てを握っているのに……)


俺はなんか負けたような気がしていた。


(ここで正直に「千夏が好きだ」って言ったら、俺と付き合ってくれるのかな?)


だが次の千夏の言葉が、俺の決意を吹き飛ばした。


「アタシら、ずっと前からの親友じゃん。もうほとんど兄弟みたいな? だから協力は惜しまないって」


(親友、親友だって? しかも兄弟みたいとかなんだよ!)


(俺は絶対に恋愛対象としては見れないって、そういうことかよ!)


(俺はこの先もずっと親友ポジションで、いつか千夏が誰かと結ばれるのを、黙ってみてるしかないって言うのかよ!)


この一年間、「卒業式の日に千夏に告白しよう」と思っていた決意が、脆くも崩れ去っていくのを感じる。

なにしろ告白しようと思っている相手から「力になる」と言われて、挙句の果てには「親友」だの「兄弟」だの言われたのだ。

これくらい見事なフラれ方もないだろう。


俺は肩に回された千夏の腕を振り払った。


「もういいよ!」


千夏がきょとんとした顔をする。


「どうした? なんで怒ってるの、陽人」


「別に、怒ってなんかない」


俺はそう言うと、スタスタと先に歩き出した。

後ろから千夏が「意味わかんねー」とか言いながらついて来る。


(意味わかんねーのはドッチだよ!)


俺はその発言に、さらにイライラしながら思った。


(この神社、全然御利益がない!)


そう憤慨しながら、俺は石段を下りて行った。



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この続きは、明日朝7:40に公開予定です。

明日も3話投稿で

・朝7:40

・正午過ぎ

・夕方5時半

になります。

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