第6話 【現在】偶然の再会(中編)

俺たちが行ったショッピングモールは、専門店なども入った大型商業施設だ。

電気屋に入ると、なぜか文弘はテレビとレコーダーのコーナーを熱心に見ていた。


「どうした。テレビとレコーダーはもう買ったんだろ? 今さら見ても意味ないんじゃないか?」


俺がそう言うと、文弘は難しい顔をしたまま説明した。


「いや、テレビやビデオが一台だけって、家庭不和の原因になるんじゃないかと思ってさ」


「そうなのか? 2チューナーのビデオにすればいいじゃないか。今はテレビの方にも録画できるし」


「それでも見たい番組が重なる時はあるだろ。それに真理恵はドラマやお気に入りのタレントが出ている番組は保存しておきたいみたいなんだ。それだと俺の方が番組を残しておけないだろ」


「そうなのか。やっぱ赤の他人が一緒に暮らすって、大変な事なんだな」


「独身貴族のハルには分からない苦労だろうな」


そんな話をしながら電気屋の中を回る。

結局、文弘は二台目のテレビとレコーダーは買わなかったようだ。



電気店を出る時、俺は


「他の家電は見なくていいのか? 冷蔵庫や洗濯機なんかは? あとエアコンなんかも」


と確認した。

すると文弘は「ソッチはもう設置済なんだ。地元の電気屋に頼んであるから」と答える。


「じゃあなんでテレビとレコーダーだけ別に注文したんだよ」


俺の疑問に文弘は「しょうがないのさ」と言って理由を説明する。


「この辺りみたいな田舎では、地元の付き合いってのも大事なんだ。何でもかんでも安ければいいって訳じゃない。親の顔も立てないとな。だけどテレビとかレコーダーって毎日見るし、それなりに拘りもあるだろ。だからこの二つだけは自分で選んだって訳だ」


「なるほどな。じゃあ後は持ち帰って設置すればいいのか?」


「そうだけど、ちょっと小物を見ておこうかなと思ってる。風呂桶とか座布団なんかも」


「そういう小物って新生活では揃ってないもんな」


「小物や生活雑貨なんかは真理恵に任せているんだけど、一応俺もどんなものが必要か、それだけ見ておきたいんだ」


こうして俺と文弘は、併設されているホームセンターに向かった。


(新生活って色んな物が必要だよな。食器一揃いからゴミ箱とかそんな物まで……)


そんな事を考えながらブラブラしていると、ちょうど浴室用品の所に真理恵がいるのが見えた。

彼女もこのショッピングモールに来ていたのだ。

もっとも地方都市では「大きな買い物をする」と言ったら、一か所くらいしか頭に浮かばないのだが。

彼女もやはり風呂桶と風呂用のイスを眺めている。

俺は声をかけた。


「真理恵!」


真理恵が驚いたように俺を見る。


「え、陽人くん? どうして……」


「文弘にテレビの受け取りに付き合わされたんだよ。後で二人のアパートに行って設置するからさ」


「え、え、でも……」


真理恵がなぜか動揺している。

彼女の目がせわしくなく、逃げ場を求めるかのように動いた。

まるで何かを隠したがっているかのように……


「どうか……」


「どうかしたのか?」そう言おうと思った時だ。


「真理恵~、こんなのどうかな? 珪藻土のバスマットだけど水もよく吸うし、デザインもいいよ」


そう言って現れたのは……


……俺が十年も地元に戻らなかった理由。


……俺にとって辛い初恋の思い出。


……二度と会いたくないと思っているのに、決して忘れる事ができない相手。


昔よりは色白になったけど、パッチリとした黒目とすっきりと通った鼻筋に、良く似合うショートカット・ヘア。


あの夏の日と変わらないままの……


……宗像千夏だった。



(千夏……)


俺は呼吸が止まった気がした。

何も言えずにその場で立ち尽くす。


千夏も目を丸くして、俺を見つめていた。

口が微かに開き、何かを言うように動いた。

だが言葉は何も発せられていない。


千夏とこんなに間近で正面から見つめ合ったのも、十年前のあの夏の日以来だ。

時が凍ったように感じる。

周囲から他の人間が消えて、俺と千夏だけが別空間に居るような気にさえなる。


どのくらい、俺たちはそうしていたのだろうか?


「あ、あの……」


真理恵が発したその言葉で、俺は我に返った。

千夏もきっと同じだったのだろう。

不意に表情を戻すと、ニッコリと笑って言った。


「あ~、陽人。久しぶりぃ~。元気だった?」


まるで1年くらいしか会ってないかのような、そんな言い方だ。

そして俺たちの間に、何も無かったかのような……


「ああ」


それだけ言うのが精一杯だった。

俺には、そんな千夏みたいに割り切れない。

俺に決定的なダメージを与え、俺の十年近い想いを踏みにじった相手に対して……。


「昨日こっちに帰って来たんだってね。真理恵に聞いたよ。どう、久しぶりのふるさとは?」


「別に。特に感想はないよ」


俺はぶっきらぼうにそう答えた。

そして「何事も無かったかのような、その千夏の屈託のない態度」に腹が立った。


「そっかー、代わり映えしない田舎だもんね~」


そう言って千夏は「アハハ」と笑う。

その笑い方も昔のままだ。

真理恵が困ったような、そして若干、俺を非難するような目で見ている。


「ハル、ここにいたのか? インパクトドライバーだけどさ、パワーがあるのと小型のヤツ、どっちがいいと思う?」


そう言いながらやって来た文弘も、俺たち三人の姿を見て目を見開く。


「真理恵、と千夏……? 二人は一緒に来たのか?」


真理恵がキツイ目で文弘を見た。


「新生活で使う小物を選ぶんだけど、一人じゃよく分からないから。それで千夏に一緒に手伝ってもらおうと思って……」


「アタシ、一応は経験者だからね」


千夏が苦笑いする。

俺は黙ってみんなと目を合わせないようにしていた。


(考えてみれば分かる事だ。文弘が俺を頼るように、真理恵が千夏を頼る事は。真理恵にとって一番の親友は千夏だったんだから)


だが俺が千夏と会う事が、正しいかどうかは分からない。

いや、きっと正しくないのだろう。

俺たちの道は十年前のあの日に、ハッキリと分かれる事に決まったのだから。


それなのに……真理恵がとんでもない事を言いだした。


「せっかくこうして四人が集まったんだから、とりあえず何か食べにいかない? みんなお昼はまだでしょ?」



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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