第5話 【現在】偶然の再会(前編)

朝九時過ぎ。

あまりの暑さと朝っぱらから鳴くセミの声のお陰で、俺は夢の世界から引き戻された。

と言っても夢の世界も「昔の事を思い出しただけ」であって、決していい物ではなかったが。


あまり快適とは言えない目の覚まし方で、俺は薄目を開けて周囲を見る。

違和感を感じる。

いつもの俺のアパートじゃない。

目に入って来たのは、俺が高校時代まで過ごしていた実家の部屋だ。


(まだ夢を見てるのかな……)


ボンヤリとそんな事を考えている内に、次第に意識がハッキリして来た。


(そうだ、俺は実家にいるんだっけ? 文弘と真理恵の結婚式のために……)


俺は気だるい気分の中で上半身を起こし、ベッドに腰掛ける体勢になる。

開け放された窓から直射日光が差し込んでいた。

道理で暑い訳だ。

昨夜は文弘と地元の同級生男子の何人かで集まり、居酒屋で飲んだ。


「結婚式の前祝だ! 独身最後の残念会だ! 十年ぶりに帰って来た陽人の地元同窓会だ!」


と騒ぎながら、夕方7時から4時間近く飲んでいたのだ。

俺はバカ騒ぎも深酒もする方じゃないが、久しぶりに集まった地元の同級生と一緒で、やけにテンションが上がっていたようだ。

結局、昨日は実家の片づけなどは一切せずに、家に戻るとすぐにベッドに寝ころんでいた。

そして今に至る、という訳だ。


もっとも家は両親が年に二回は来て掃除と手入れをしているだけあって、そんなに汚れてはいない。

この家はガスはプロパンガスだし、電気と水は今でも通じている。

これなら掃除機だけかければいいんじゃないか、と思っていた。


一階に降りていき、浴室に入る。

全身が汗ばんでいるので軽くシャワーを浴びた。

ついでに顔を洗って歯を磨く。

浴室を出て、買っておいたペットボトルを飲もうとした所で、スマホのランプが点灯している事に気づく。

見てみると文弘からのメッセージだ。


>(文弘)ハル、起きてるか?


5分前のメッセージだ。


>(陽人)起きてるよ。


>(文弘)今日、買い物に付き合ってくれないか?


少しだけ考える。

昨日は結局、家の片づけは何もしてない。

とは言うものの、明日が文弘と真理恵の結婚式なので、大きく汚れるような事もする気はなかった。


>(陽人)いいけど、大丈夫か? 結婚式前日の新郎だろ?


>(文弘)そうだけどさ、明日から真理恵と暮らすための準備をしておかないとな。


文弘も真理恵もこれまで親元で暮らしている。

よって新生活は一から始める事になるのだが……


(え、今の段階でそこからか?)


正直そう思ったが、それならなおさら他人の手も借りたいだろう。


>(陽人)わかった。で、どうすればいい?


>(文弘)今から迎えに行こうと思っているんだけど、15分後くらいでどうだ?


俺は時計を見る。

まぁシャワーも浴びたし、朝飯は適当にそこらで食えばいいだろう。


>(陽人)わかった。準備して待ってるよ。


チャットが終わり、俺は出かける準備をする。

と言ってもシャツとジーンズを着ただけだが。


文弘を待つ間、居間の窓から何となく庭を眺めた。

田舎の家だけあって敷地だけは無駄に広い。

母親が育てていた家庭菜園は無くなっていたが、ガーデニングの花は今でもそれなりに咲いている。

門のない、この家の入口に目を向けた。


……ねぇ、このウチの子?……


もう20年近く昔の、そんな遠い記憶が蘇る。

今日と同じような晴れた夏の日。

その場所にTシャツ短パン姿の少女、千夏が立っていたのだ。



ほぼ15分後、文弘の車が家の前に現れた。

昨日と同じシルバーのワゴンタイプの軽自動車だ。

今日は文弘一人のようだ。

俺は家を出ると助手席の方に乗り込む。


「家の片づけがあるって言うのに悪いな」


車を発進させながら文弘が言った。


「いいさ。どうせ今日は大したことはするつもりがない。それに家はかなりキレイに掃除されている。これなら長く休みを取る必要はなかったな」


「どのくらいで片付きそうなんだ?」


「どうだろ、三日もあれば十分じゃないかな」


「お~、それならけっこうゆっくり出来るな」


「ところで買い物って何を買うんだ?」


「注文していた液晶テレビとレコーダーが届いたって連絡が来たんだよ。それを取りに行く」


「そんなの届けて貰えば良かったのに。配線とか面倒だろ」


「だからそれをハルに手伝ってもらおうと思ってさ。得意だろ、そういうの。配送や設置を頼むと高いからな」


「それで俺がいつ帰って来るか、あんなに気にしていたのか?」


俺は苦笑した。


「いやいや、さすがにそれが理由じゃねーって。ハルにだけは絶対に結婚式に出て欲しかったのが一番だよ。なんて言ったってハルたちがいたから、俺と真理恵の今があるんだから」


(ハルたち……)


再び出たその言葉は、俺は心に古傷をじわりと刺激した。


「テレビはどこまで受け取りに行くんだ?」


文弘はI市にある大型ショッピングモールの名前をあげた。


「他にも色々と新生活に必要なものを買っておきたいからな」


「家具はどうしたんだ?」


「さすがにそれは注文して、もう新居に運んであるよ」


「じゃあ大して買う物はないな」


「テレビなんかの接続ケーブルとかは、必要だったら追加で買いたい。ネットとも接続するしな」


「インターネットのプロバイダは契約したのか?」


「一応した。もう回線だけは開通している」


「じゃあ問題ないな。それにしても文弘と真理恵は、今まで一緒に暮らしてなかったんだな。ちょっと意外だったよ」


「それは真理恵の親がさ『正式に結婚するまでは、一緒に暮らすような事は許さない』って言っていてさ」


「けっこう厳しいんだな、真理恵の家は」


「まぁ身近に実例があるからな」


「身近に実例って?」


俺がそう尋ねると、文弘は急に渋い顔になって口をつぐんだ。

いかにも「言うべきじゃなかった」という顔つきだ。

俺もそれ以上は追及しなかったが、その様子は「文弘らしくない」と感じた。



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この続きは、明日の正午過ぎに公開予定です。

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