第19話 【過去】恋のキューピット作戦~夏祭り(後編)

そんな話をしていると、千夏と真理恵がやって来た。

なんと真理恵も浴衣を着ている。


「おまたせ~」


「ごめんなさい、少し遅れちゃって」


千夏と真理恵ちゃんがそう言いながら近づいて来る。

すると文弘が感動したように言った。


「いやぁ、真理恵ちゃんの浴衣、すっごく可愛いなぁ。うん、すっごく似合っているよ」


真理恵は恥ずかしそうに右手を頬に添えながら


「そう? ありがとう。着て来た甲斐があった」


と笑顔で答える。


「本当に可愛いよ、真理恵ちゃん。遠くからでも光って見えた。会場に入って来た瞬間、真理恵ちゃんだって分かったくらいだ」


(それはオマエだけだろ)


俺は心の中でツッコミを入れたが、やはりその大げさな言い様には真理恵も困惑したのだろう。


「そんな……浴衣くらい、他にも着ている人は一杯いるよ。文弘くんだって浴衣じゃない」


「違う違う、他の連中が浴衣を着るのと、真理恵ちゃんが着るのとじゃ、全然違うよ! 浴衣も真理恵ちゃんが着るから輝いて見えるっていうか……」


文弘の持ち上げように、真理恵もいい加減にこそばゆくなったらしい。


「もういいよ。そのくらいで。それよりお祭りを見物しよう」


そう言ってプイッと背を向けて歩き出してしまった。


「あ、女の子一人じゃ危ないから! 俺が案内するよ!」


文弘が慌てて後を追いかける。

そんな二人を見ながら俺は思わずタメ息をついた。


「文弘のヤツ……あの調子じゃ今回も失敗しそうだな」


だが千夏の意見は違ったようだ。


「そんな事ないんじゃない? あれだけ本気になって持ち上げてくれれば、誰だって悪い気はしないと思うよ」


「そうか? 真理恵は嫌がっているように見えたけど」


「それは照れ臭いからだよ。それに文弘は口先だけじゃなくって、本気で真理恵を褒めてくれている。ああいう熱意は女子ならほだされちゃうんじゃないかな?」


(それなら俺だって千夏の事を褒めたいんだが……)


思わず横目で千夏を見た。

だがすぐに千夏はそれに気づく。


「どうかした?」


「いや、千夏は浴衣を着ないんだなって思って」


慌てた俺は、とりあえず思いついた事を口にした。


「だって今日は真理恵と文弘をくっつける作戦でしょ? アタシが浴衣を着たら、真理恵が目立たなくなるじゃん」


(千夏の浴衣姿も見たかったんだけどな……)


「なに、陽人はアタシの浴衣を見たかったの?」


面白そうな目で、千夏が俺の顔を覗き込む。

俺は自分の胸の内をズバリ言い当てられて焦った。


「なに言ってんだよ。それにずいぶんな自信だな。千夏の浴衣姿より、真理恵の浴衣姿の方が数段上だと思うけどな」


思わず俺はそんな憎まれ口を叩いてしまう。


「見た事ないクセに、勝手に決めつけるな!」


千夏が軽く俺に腹パンする。

俺は笑いが込み上げて来た。

俺と千夏、そして文弘と真理恵。

こうして二人ずつでお祭りを回っている今が、とても楽しくて大切な時間に思える。


「あれっ? 真理恵たち、どこに行った?」


その千夏の声で、ハッと我に帰る。

気が付くと二人の姿が見えない。


「なんだ、はぐれたのか?」


ほんのちょっと目を離しただけなのに。


「ま、いいか」


そう言うと千夏はスマホを取り出した。


「え~と『花火大会までには、川の反対側にある城跡の展望台に集合』っと。送信!」


同時に俺にスマホにも着信音がなる。

おそらく文弘と真理恵にも伝わっただろう。


「じゃあそれまで、アタシたちもお祭りを楽しみますか?」


「ああ、でも逸れるなよ。さすがにボッチで祭りを回るのは嫌だからな」


千夏が「アハハ」と明るく笑った。



俺と千夏は二人で祭りを見物した後、川の反対側にある城跡に向かった。

この城跡は戦国時代くらいに構築された山城らしい。

その内の本丸と三の丸が展望台になっていた。


待合せ場所は本丸の展望台だ。

だが俺たちはあえてそこには行かず、三の丸の展望台に向かった。

もちろん、文弘と真理恵を二人きりにするためだ。


やがて時間になり、花火が打ちあがる。

夜空一杯に花火が開き、川面にはその花火が反射して写っている。

夏の暑さと日常を忘れるほどの美しさだ。


「キレイだね……」


見上げた千夏の横顔を、花火の光が色づけていた。

普段と同じ服装なのに、そう言った千夏の横顔はとても女らしく見える。


(千夏に触れたい、抱きしめたい……)


そんな気持ちが強く俺の中に沸き起こって来る。

だが、そんな気持ちを俺を押し殺す。


千夏は俺に対してLOVEの好きは持っていないから……。

今はまだ、近くに居てくれるなら、このままの関係でも……


千夏は相変わらず、夜空に浮かんでは消える花火を見つめていた。

そんな彼女を見ながら、俺はいつまでもこの時間が続いて欲しい、とそう思っていた。



花火大会が終わると、俺と千夏は城跡を降りた入口の部分で文弘と真理恵を待った。

しばらくして二人が降りて来る。


(どこかか今までと違う気がする)


そう思っていたら、なんと二人は手を繋いで降りて来たのだ。

だが真理恵の方が俺たちに気づくと、パッと手を放した。


(これは……もしかして……)


そんな期待をしている俺に、真理恵が少し不満顔で言った。


「二人とも、どこに行っていたの? 私たち、約束通りに展望台で待っていたんだけど」


「え、ああ、それはだな、え~と」


戸惑う俺に対し、千夏がサラッと口にした。


「そうなの? アタシたちもちゃんと展望台に行ったよ。真理恵たちが来ないなぁ~って思ってた」


「え、でも展望台には千夏たちは居なかったけど……」


「アタシたちは三の丸の展望台にいたんだよ。言ってなかったっけ?」


千夏は完全にしらばっくれている。

最初からこの言い訳を用意していたようだ。


「え~、そうなの? 展望台って言うから、てっきり一番上の本丸にある展望台だと思っていた」


「ゴメンね。ハッキリ言ってなかったアタシが悪かったよ」


そう言って千夏は笑い飛ばす。

文弘が俺に目配せをした。

どうやら告白はうまくいったようだ。



その翌日の午後。

俺は千夏を近くの駄菓子屋に呼び出した。

二人でコーラを買い、近くの川原でそれを飲む。

この駄菓子屋は小学校・中学校の通学路の途中にあったので昔はよく利用したのだが、高校になってからは久しぶりだ。


「やっぱり、文弘の告白は成功したんだ!」


千夏がコーラのプルトップを引きながら、明るい声で言った。


「おかげで昨夜は全然眠れなかったよ。文弘が興奮して朝まで電話してきてさ」


花火大会で別れた後、文弘は家に帰ってからすぐに真理恵に電話したらしい。

その後、深夜過ぎになってから俺に電話して来たのだ。

真理恵の話をすること五時間。

最後の方は文弘の話を聞きながら、俺は寝落ちしていた。


「文弘も嬉しそうだったもんね。片思いがやっと叶ったんだから、当然かもしれないけど」


「やっとって程か? 文弘が真理恵を好きになってから、まだ四か月しか経ってないけど」


「片思いの四か月って、本人にとってはけっこう長いんじゃないの?」


(じゃあ俺はどうなるんだよ)


思わず押し黙ってしまう。

そんな俺の様子を千夏は見逃さなかった。


「あれあれ~、その様子。もしかして陽人はもっと長い間、誰かに片思いをしているのかな?」


「な、なんでいきなり俺の話になるんだよ」


「いやぁ、親友の文弘に彼女が出来たんじゃ、陽人が可哀そうじゃないかなって思って!」


「別に文弘に彼女が出来たからって、俺とは付き合わない訳じゃないだろ」


「でもさ、あの様子じゃ文弘は真理恵を最優先にしそうだよね。陽人と遊ぶ時間もなくなるんじゃないの?」


そう言った後で千夏は不思議そうに俺を見た。


「陽人ってさ、小学校の時から女子にけっこう人気があったじゃん。今まで彼女を作ろうとか思わなかった訳?」


「えっ?」


「その気になればさ、陽人ならすぐに彼女が出来そうに思うんだけど?」


そんな事をのうのうと言ってのける千夏が少し憎らしくなる。


「俺は別に、そんなに彼女が欲しいって思ってないからな」


(千夏以外の彼女は……)


そう胸の中で付け加える。


「ふ~ん、そうなんだ?」


そう言って千夏はコーラで喉を潤した。


「そういう千夏こそ、どうなんだよ」


「アタシ?」


「ああ、彼氏が欲しいとか……思わないのか?」


その質問は、俺にとって諸刃の剣だ。

だから今まで中々口に出せなかった。


「この近くじゃ難しいかもね~。なんか色々とウチの事を言われているみたいだし……」


千夏は少し難しい顔をした後、それを吹き飛ばすように笑いながら言った。


「でも俺は」


そう言おうとした時だ。

千夏は立ち上がると、俺を見降ろすようにして言った。


「今は彼氏とかなんとか、そういうのはアタシはいいや。毎日が楽しければそれで」


何の屈託もなくそう言った千夏に、またもや俺の言葉は堰き止められてしまった。



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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。

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