第20話 【現在】四人で思い出の場所に(前編)
「ふう、片付いているようでも、いざ実際に掃除してみるとけっこうゴミって出るもんだな」
俺はそんな独り言を言いながら、四つ目のゴミ袋をまとめていた。
今日は朝から実家の掃除に取り掛かっている。
両親が春と秋の年二回はこの家の掃除に来ているので、基本的にはそれほど汚れていない。
それでも処分する物はけっこうあった。
そのほとんどが俺の部屋の荷物だったが。
親も俺の荷物までは、手をつけにくかったのだろう。
(とは言え、これで大まかに掃除は終わった。後は痛んでいる所をリフォーム会社に見てもらうだけか)
俺はやけにガランとした自分の部屋で、ベッドの上に座ってぼぉっとしていた。
(この後、どうしようかなぁ。もうあんまりやる事はないけど、リフォーム会社が来るまでコッチにいないとならないしな)
電話で連絡したリフォーム会社が来てくれるのは三日後だと言う。
(一度東京に帰って三日後にまた来る、って言うのはバカらしいしな)
そんな事を考えていたらスマホが振動した。
見ると文弘からの電話だ。
(新婚早々なんだ?)
そう思いながら通話を受ける
「はい?」
「今日はヒマか?」
「ああ、ヒマだけどどうかしたか?」
今日から文弘と真理恵の新生活が始まる。
それなのにこんな電話をしてくるとは……テレビかパソコンの設定がうまく行かないのだろうか?
「明日は?」
(明日の予定まで聞くのか? 何があったんだ?)
「とりあえずヒマかもな。リフォーム会社が来るのが三日後なんだけど、それまでコッチにいないとならないから」
「オシ! それじゃあキャンプに行こうぜ、キャンプ!」
「はあ?」
あまりに唐突な誘いに、俺は思わずそんな声を出していた。
そもそも昨日が結婚式だったヤツからの電話とは思えない。
「オマエ、なに言ってんの? 昨日結婚したばかりだろうが。それが嫁さんを放っておいてキャンプだなんて……」
「放ってなんかおかないよ。ちゃんと真理恵も一緒にキャンプに行くさ」
「だったら二人だけで行けよ。新婚旅行の代わりにさ。そんな所に俺がついては行けないよ」
俺はそう言って電話を切ろうとすると、慌てたような文弘の声が響いた。
「いや、真理恵が陽人も誘えって言ってるんだ」
「なんで俺が?」
「俺と二人だけだと息が詰まるんだってさ。部屋も一緒、キャンプも一緒じゃ耐えられないって。だからどうしても陽人にも一緒に来て貰いたいんだ。頼むよ」
そう言われては、俺としても無碍に断れない。
とは言うものの、新婚夫婦と独身男の三人でキャンプって、どうなんだろう?
「それに真理恵は妊娠初期だろ。あまり重い物は持てない。だから俺一人で全てやらなくちゃならないんだ。俺としても陽人が一緒に居てくれると、作業面でも助かるんだよ」
そこまで言われては仕方がない。
俺は「ハァ」とタメ息をついた後で言った。
「わかった。行くよ。それでいつから行くつもりなんだ?」
「今日、これからで一泊でどうだ? 真理恵が退屈しちゃってるからさ。明日の昼過ぎには帰るから」
「それで俺はどうすればいい? キャンプ道具なんて持ってきてないぞ」
「それは俺の方で準備するから大丈夫。陽人は着替えだけ持って来てくれればいいよ。この時期だし、寝袋なんて要らないだろうしな」
「じゃあ俺はこの家で待っているだけでいいのか?」
「ああ、準備が出来次第、迎えに行くから。おそらく一時間くらいで行くよ」
「りょーかい」
それで電話は切れた。
「キャンプ、か」
文弘や真理恵と一緒にキャンプに行くのは、高校二年のあの時以来だ。
俺と千夏が、二人の仲を近づけるために計画したキャンプ。
ふと千夏の事が思い浮かぶ。
だがすぐにそれを俺は打ち消した。
「まさかね」
そんな独り言を呟き、俺は一日分の着替えを高校時代に使っていたディパックに詰めた。
きっかり一時間後。
シルバーの軽ワゴン車が門の所に止まった。
俺はディパックを担ぐと家を出て、玄関の鍵を閉める。
すると助手席にいた真理恵が車から降りて来た。
「おはよう、陽人くん。急に誘っちゃってゴメンね」
「別にいいよ。俺もちょうどヒマだったから。この三日間、何して過ごそうか考えていたくらいだ」
「それなら良かった! さ、車に乗って、乗って!」
真理恵が俺の背中を押すようにして、車の助手席に向かわせる。
「キャンプはどこへ」
助手席のドアを開け、そこまで言いかけた時……
後部座席にもう一人乗っている事に気がついた。
……千夏だ。
千夏も目が合うと、一瞬困ったような顔をした。
だがその後ですぐに「や!」と作り笑顔で右手を上げる。
「陽人くん、早く乗って!」
真理恵にそう言われて、俺は自分の動きが止まっていた事に気づいた。
ここまで来て引き返せない。
しかも真理恵は俺を車に押し込むと、外から助手席のドアを閉めた。
そうしてから自分も後部座席に乗り込み、「それじゃあ出発!」と元気良く声をかける。
運転席の文弘も「あいよ!」と返事をすると、相変わらずの荒いアクセルの踏み込みで車を発進させた。
「四人でキャンプなんて、高二のあの時以来だよね!」
真理恵が明るい声でそう言った。
「そうだな。キャンプ自体も久しぶりだもんな」と文弘。
「だって文弘とキャンプに行ったってつまんないんだもん。いっつも釣りばっかりで」
「それは真理恵に釣ったばかりの新鮮な魚を食べさせてやりたからで……」
「そんなこと言って、まともに釣れた試しがないじゃない。結局は私が用意したレトルト食材を食べる事になるんだから」
そう言った真理恵は千夏に向かって言った。
「そう言えばあの時も、魚は千夏しか釣れなくって、結局はパックご飯にレトルトカレーになったんだよね」
「そうだね」
「あの時に千夏が言ったセリフ『どんな非常事態にも対処できるのがサバイバル、備えあれば憂いなし』って言葉、本当に役立ってるよ」
「アハハ、そんなこと言ったっけ? アタシ」
千夏はそう言って笑っていたが、それが真理恵に合わせている事が俺には分かった。
だが俺にはそんな愛想笑いさえ出せない。
ただ黙って窓の外を見ているだけだった。
車は山間部に入ると渓流に沿った国道を走って行く。
やがて国道から川岸に降りられる場所を見つけると、文弘はそこに車を乗り入れた。
河岸段丘で平たくなっているその場所に、俺は見覚えがある。
「あれ、ここって……」
俺の疑問に文弘が答える。
「そうだ、高二の時にキャンプした場所だよ」
「場所も同じって訳か……」
俺は思わずそう呟いていた。
そんな俺に、文弘が車の荷台を開けながら呼びかける。
「お~い、荷物を出すから、ハル、手伝ってくれよ!」
少々ウンザリしながら、俺は黙って荷物を積み下ろす。
その間に女子二人は川原の方へ降りていった。
俺と文弘とで二つのテントを張る。
ムッツリと押し黙っている俺に、文弘が言った。
「なあ、いい加減に機嫌を直してくれないか?」
「別に。機嫌が悪い訳じゃないよ」
俺は目を合わせずに作業をしたまま答える。
「黙っていたのは悪かったよ。だけど真理恵がどうしても千夏も一緒にって言うからさ」
「千夏が一緒なら、俺は来なくても良かったんじゃないか?」
「そうじゃないんだよ。真理恵にとって、オマエたち二人は特別な存在なんだ。そして俺たちが付き合う事になったキッカケの思い出も」
俺はそれに対し、無言のまま組み立てたポールとテントのキャノピー部分をポールクリップで繋いでいく。
「真理恵はさ、もう一度昔みたいに、ハルや千夏と楽しく過ごしたいって思っているんだ。せめて四人がこの町に揃っている間くらいは」
黙っている俺に文弘は「ふ~」とタメ息をついて、同じようにもう一つのテントにポールを通していく。
「それでもダメか?」
俺はほぼ組み立て終わったテントをペグで地面に固定すると、上からフライシートをかけた。
少し考える。
「悪かったよ、文弘」
「え?」
文弘が意外そうな顔をして俺を見た。
「いや、オマエにまでそんな気を使わせて……せっかく真理恵がこうやって誘ってくれたんだもんな。俺だけが暗い顔をしていたら雰囲気が台無しだよな」
「ハル……」
「俺には千夏みたいに出来ない。だけど、せめてこのキャンプの間くらいは、出来るだけ昔の気分で楽しむように努力するよ」
そうしてフライシートも固定し終わると立ち上がる。
「さて、何をするかな? また釣りでもやるか?」
俺が出来るだけ明るい声でそう言うと、文弘が珍しく静かな声で言った。
「オマエラ二人が特別な存在って言うのは真理恵だけじゃない。俺にとってもそうなんだ……」
その言葉が俺の胸に響くものがあった。
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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。
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