第27話 【現在】その変わらない家で(後編)

千夏が俺を見た。


「ねえ、掘り出してみない?」


その目は小学生の時のようにキラキラと光っていた。

俺も昔の気持ちを思い出していた。


「そうだな。試しに掘って見るか?」


俺たちは納屋から今度はスコップを取り出し、築山を登った。

てっぺんにある栗の木はガッチリと根が張っていて、掘り出せそうにない。


「栗の木の下は掘れないな。あの時はどこに埋めたんだ?」


「確か少し離れた場所に埋めたと思うんだけど……あった、ここだよ!」


千夏がそう言って指さしたのは、栗の木から1メートルほど離れた丸石を詰んだ場所だった。


「そうか。あの時はこれを目印にしようって、この石を置いたんだな。今までよく残っていたな」


「二人でしっかり回りを固めたもんね、掘ってみようよ」


俺と千夏はそこにあった石をどけて、その下を掘ってみた。

40センチほど掘ると、中からビスケットの缶が出て来た。


「あった! これだよ、コレ!」


千夏がはしゃぐような声で缶を取り出す。


「中はどうなっているのかな? 無事かな?」


「あんまり期待しない方がいいぞ。かれこれ18年くらい土の中にあったんだから」


俺はそう言いつつも、中身が無事である事を祈っていた。


「開けてみるね」


千夏はそう言うと、箱の周りを塞いでいたガムテープをはがし始めた。

中には何重にも包まれたビニール袋が入っている。

俺は水が入っている事を懸念していたのだが、それは大丈夫だったようだ。

その袋を破いていくと、最後に「陽人」「千夏」と書かれた箱が出て来る。


「うわっ、このキャラの箱、これに使ったんだ。懐かしいなぁ」


千夏はそう言ってキャラクターが描かれた箱を手にする。

俺の方は……ただのお菓子の空箱だ。

開けてみると、中には封筒が入っていた。

『未来の俺へ』と書かれている。

同様に千夏も、まず封筒を取り出していた。


「そうだよね。未来の自分に手紙を出そうって言って、二人で書いたんだよね」


俺は頷きながら封筒を開き、中からルーズリーフを折った手紙を取り出した。


『未来の俺へ

 大人になった俺は、何をしているんだろう?

 この町の農協に勤めているのか?

 それともT町の工場で働いているのか?

 「農業は大変だ」って北川のおじさん言ってたから、たぶんやってないだろうな。

 どっちにしても、俺のそばには千夏がいるはずだ。

 俺は千夏と結婚するんだから。

 さっき約束もした。

 千夏と結婚したら、サッカーチームを作れるくらい子供がたくさん欲しい。

 そう言ったら千夏は変な顔をしていたけど。

 でもともかく、俺は千夏とずっと一緒にいたいんだ。

 未来の俺、千夏を大切にしてくれ』


黄ばんだルーズリーフに鉛筆で書かれた下手くそな字。

だがその手紙を見て、俺の胸がズキンと痛んだ。


「未来の俺、千夏を大切にしてくれ」


少年の時の真っ直ぐな自分の想いが、俺の胸を激しく突き刺したのだ。


(俺は、千夏を大切にするどころか、遠ざかっていったんだよな……)


そう思いつつも、もう一人の自分が心の中で弁解する。


(違うだろ。遠ざかって行ったのは千夏の方だろ? ああなっては、俺には何も出来なかったんだ)


その時、ふとその上にある文章が気になった。


『俺は千夏と結婚するんだから。

さっき約束もした。』


という部分だ。


(千夏と結婚の約束? どういう事だ?)


そう言われると朧気にそんな気もするが、ハッキリした記憶はない。


目を千夏に向けると……千夏は涙ぐんでいた。

今にも涙が零れ落ちそうなくらい、目に涙を溜めている。


「千夏……」


思わずそう口にすると、千夏はハッとしたように顔を上げ、そしてクルリと俺に背を向けた。

一生懸命に両手で目の周りを拭っている。

やがて俺の方に向き直ると


「いやぁ、懐かしくって、つい涙が出ちゃったよぉ。アタシも歳かな?」


と明るい声を出す。

しかし目と鼻は赤らんだままだ。


「なんて書いてあったんだ?」


俺はその千夏の様子から、思わずそう聞いてしまった。


「え~、そんなの言わないよ。昔の自分の書いた物なんてメッチャ恥ずかしいじゃん。陽人だって言えないでしょ?」


「そりゃ、そうだな」


俺の場合、絶対に千夏には言えない内容だ。


「そうそう、こういうのは秘密にしているからいいんだよ。それよりも他に入っている物を確認しようよ。確かお互いに宝物を入れようって言ったんじゃなかったけ?」


「ああ、そう言えばそうだった」


俺も『宝物』と書かれている小さな袋を開いてみる。


「この紙で包んだのがそうかな?」


そう言って千夏が取り出したのは、おもちゃの指輪とネックレスのセットだった。

ネックレスの方は、どうやらトンボらしい。

だが問題は指輪の方だった。

丸い玉が付いているのだが、それを開くとダンゴムシになっていたのだ。

それを見た俺は、あまりの趣味の悪さに思わず言ってしまった。


「え、なんだソレ? ダンゴムシの指輪? 趣味悪すぎないか?」


すると千夏は、その指輪を俺の目の前に差し出して言い返して来た。


「なに言ってんのよ。この指輪をくれたのは、他でもない陽人じゃん」


「え、俺?」


「そうだよ。ネックレスとセットでさ。名古屋に行った時にお土産に買って来てくれたんだよ。忘れちゃったの?」


俺はマジマジとそのダンゴムシ指輪を眺めた。

そう言われればそんな気もしてくるが……それにしても趣味が悪い。


「じゃあこの指輪をくれた時に、陽人が言った事も覚えてないんだね?」


「俺、なんて言ったんだ?」


「アタシに『千夏の結婚相手がいなかったら、俺が貰ってやるよ』って言ったんだよ」


千夏が少し顔を赤らめながらも、不満そうにそう言った。

言われて俺も思い出した。


「アレって、この時に言ったのか?」


「そうだよ。それにしても『相手がいなかったら貰ってやる』なんて、陽人もずいぶん高飛車に出てくれたよね」


「そういう千夏だって何て答えたか覚えているか? 『陽人がアタシよりサッカーが上手くなったら考えてあげるよ』って笑いながら言ったんだぞ!」


千夏が笑った。


「そんな風に言ったのか、アタシ。あの頃のアタシはサッカー選手が好きだったからね。陽人は小学校時代は、アタシよりサッカーが下手だったもんね」


「中二の時にはさすがにサッカーでも千夏に負けなかったけどな」


「じゃあその時にアタシにプッシュしてくれなきゃ。押しが弱い男はチャンスを逃がすぞ!」


千夏が指輪を俺の前に再び突き出しながら、そう言って笑った。


「そ、その時はだな……」


もう簡単に告白できるほどガキではなかった、そう言いたかったのだ。

すると千夏が勝手に先を続けた。


「その頃はもうアタシには興味がなかったんじゃないの? 他の子が気になっていたとか? 陽人、中学でもモテてたもんね」


苦笑するように言った。


「いや、そんなんじゃねぇよ」


「無理しなくていいって。所詮は子供の頃の約束だし」


そう言った後で、千夏は遠くに視線を向けた。


「それに、この時の約束を先に破っちゃったのは……アタシの方だもんね」


千夏のその物言いには、どこか寂しそうな色が感じられた。

俺もきっと同じような思いだったのだろう。


(俺たちは、どこで道を間違えてしまったんだろう)


そう自問自答していた。

俺は自分の宝物とされている袋を既に見ていた。

中身はゲームカードと、千夏が俺にくれた『なんでも言う事を聞く券』だった。


(俺はこの券を使うチャンスは無かったんだな)


そう思った時、千夏が言った。


「このタイムカプセル、開けちゃったから、持って帰ってもいいんだよね?」


「あ、ああ。そうだろうな」


もう一度埋め直すとかはないだろう。


「良かった……」


千夏はそう言うと、大切そうに手紙と変な指輪とネックレスをポケットにしまった。


「さ、後はこれを片付けようか? アタシもそろそろ家に帰って、仕事に行く準備をしなきゃならないからね」


千夏が破いたビニール袋やガムテーブの破片を集める。

俺も手紙と宝物だった『千夏のなんでも言う事を聞く券』をポケットにしまう。


ふと顔を上げると、夏の太陽が西の山の峰をオレンジ色に光らせている。

その時の風の匂いが、なぜか子供の頃と同じ匂いのように感じられた。



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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。

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