第21話 【現在】四人で思い出の場所に(中編)

「ねぇ、テントは組み立て終わった?」


川原の方から真理恵がはしゃいだ声でそう聞いて来た。

文弘も立ち上がる。


「おお、いま終わったぞ!」


「じゃあさ、水着に着替えられるね!」


「え? 水着?」


その真理恵の言葉に、俺は驚いた。


「ああ、大丈夫だよ!」


「やったぁ~、今日はすごく暑いから、川に入ると気持ちイイと思ったんだ!」


真理恵が跳ねるようにしてテント場所まで上がって来る。

その後ろを千夏が続いた。


「おい、大丈夫なのかよ。妊婦さんが川で泳いだりして」


俺がそう文弘に言うと


「大丈夫さ。妊婦って言ったって、今はお腹が大きい訳じゃないんだから」


「でも川の水は冷たいだろ? それにここは前に文弘が流された場所だぞ」


「それも大丈夫だろ。そんな深い所には行かないし、いま見た所じゃ夏で流れも少ないみたいだ」


そんな話をしている所へ真理恵と千夏がやってきた。


「じゃあ着替えちゃうね」


真理恵がそう言うと千夏が心配そうな顔をした。


「大丈夫なの? そんな妊婦さんが川に入るなんてして……身体を冷やしたらお腹の赤ちゃんに影響があるんじゃ……」


すると真理恵は平然と笑顔で言った。


「平気平気。妊娠は病気じゃないってお母さんも言っていたし。むしろ動かない方が身体に悪いんだって。さ、千夏も着替えよ!」


そう言って二人は設置し終わったばかりのテントに入っていった。

文弘が俺のそばにやって来た。


「やっぱハルと千夏って似ているよな」


「なにがだよ?」


「同じ心配をしてただろ。考え方が似てるってこった」


文弘がニッと笑った。

俺は逆にムスッとしてしまう。


「この状況なら、誰でもそう考えるって」


「そう言う事にしとくか。とりあえずは真理恵の事を心配してくれているんだから、礼を言っておくよ」


そう言って文弘は俺の肩をポンと叩く。


「俺も着替えるけど、ハルはどうする?」


「俺はいいよ。そもそも海パンなんて用意してない」


「でも寝る時の短パンは持って来てるんだろ?」


「ああ」


「だったらそれでいいじゃねぇか。夜までには渇くだろ」


確かに、その通りかもしれない。

それにどうせ川に少しは入る事になるだろう。

その時にジーンズでは濡れると乾きにくい。


「そうだな。泳ぐかどうかは別にして、下だけ短パンに履き替えておくか」


俺も文弘が入ったテントに入って着替えておく。

俺と文弘が着替え終わってテントを出るのと、千夏と真理恵がテントから出て来るのはほとんど同時だった。

真理恵は腰までスッポリと隠れるラッシュガードを、千夏は肩からバスタオルをポンチョのように巻いて腰まで完全に隠している。


「さ、川に入ろう!」


真理恵は大型の水鉄砲まで持っていてノリノリだ。

今度も跳ねるようにして川原に走って行く。

俺は「真理恵ってこんなにノリがいい娘だったのか?」と少々意外に思っていた。


「俺たちも行こうぜ」


文弘にそう言われて後をついて川原に降りる。

だが俺は川で泳ぐほどの気はなかった。

袋脛まで水に入るだけで十分だ。

真理恵は「魚いないかな~」と言って水中を覗いている。

千夏が「魚を探すなら、反対側の深い方、木が覆い被さっている下あたりを見ないとダメだよ」と笑顔で教えた。

俺はその姿を見て、千夏と一緒に網を持って魚を追いかけました事を思い出した。


(あの頃は、千夏と一緒にいない日の方が珍しいくらいだったんだよな……)


そう考えると、またもや気持ちが暗い方に入りそうになる。

俺は川から上がると、すぐ近くの大きな岩の上に腰を下ろした。

この岩の下は大きくえぐれていて、けっこう水深がありそうだ。


(川ってほんの数メートルで、全く状況が変わるよな。みんなも深みにはまらないといいけど)


そんな事を考えていた。

三人は川の中での魚探しに夢中になっているようだ。

真理恵が段々と川の中ほどまで進んで行く。


(あんまり川に入ると、急に深くなるから危ないんじゃないか?)


俺が注意しようかなと、そう思った時だ。


「きゃあ!」


真理恵が小さな悲鳴と共に川の中に倒れた。

俺が腰を浮かすのと同時と、近くにいた文弘と千夏が真理恵に駆け寄る。


「大丈夫か?」


「大丈夫? 真理恵?」


文弘と千夏がそう声をかけると真理恵は


「大丈夫、大丈夫。足を滑らせただけだから」


と笑って答える。

俺もホッとして元のように岩の上に腰を下ろした。

おそらく浮石に足を乗せてしまったのだろう。


「でも全身が濡れちゃったじゃない。体が冷えない?」


千夏がそう尋ねると


「ぜんぜん。でもラッシュガードが水を吸って重くなっちゃった。邪魔だから脱いじゃうね」


真理恵はそう答えると、着ていたラッシュガードをパッと脱ぎ去る。

真理恵が着ていたのはビキニだった。

彼女はけっこう胸も大きい。

渓流に立つ真理恵のビキニ姿は、それなりに絵になった。


すると文弘が俺の方を見た。

何を思ったのか、文弘が千夏の腕を引っ張って俺の方に近づいて来る。


(なんだろう?)


俺は文弘の行動の意味がわからず、疑問に思う。

同じように千夏も「なに? どうしたの? 文弘?」と言っている。

やって来た文弘は、俺の視線を遮断するように千夏を前に立たせた。


「オマエは真理恵を見るな! コッチを見てろ!」


そう言ったかと思うと、千夏がずっと身体に巻いているバスタオルをいきなり剥ぎ取った。


「!」


「!!!?」


千夏もやはりビキニだ。

ただアンダーの方は真理恵と違ってショートパンツタイプだった。

学生時代と変わらず、引き締まったスタイルだ。

だがその時、俺は千夏の水着姿に目を奪われるどころか、思わず目を逸らしてしまったのだ。


(この千夏の身体を、関のヤツが好きなようにしていたんだ……)


そんな考えが一瞬の間に脳裏を走ったのだ。


「な、なにしてくれんだよ! この変態!」


千夏は真っ赤になってそう叫ぶと、岩の上から文弘を川に突き落とした。


「うわっ!」


文弘がそんな声を上げた直後に、派手な水飛沫と落水音が響く。


「おい、大丈夫か?」


俺が腰を浮かして川を覗き込むと、今度は俺が背中に圧力を感じた。


「!?」


身体が浮いたかと思うと、次の瞬間には俺は水中にいた。

岩の下は水深があるプール状の淵になっているのでケガはないが、それでもいきなり突き落とすなんて……

俺は文弘と並んで水面に顔を出すと怒鳴った。


「なにすんだよ、千夏!」


岩の上から千夏は俺たちを睨んでいる。

いや、むしろ俺の方を睨んでいると言えるだろう。


「フン!」


千夏はそう言うと岩の上から姿を消した。


「まったく……文弘だけならともかく、なんで俺まで落とされなきゃならないんだよ……」


俺と文弘はすぐに淵から川原に這い上がる。

淵は真理恵たちが遊んでいた場所から数メートルしか離れていない。

すると文弘が意外な事を口にした。


「いや、今のはハルは突き落とされて当然だろ」


「は? なんでだ? 俺は何にもしてないぞ」


文弘が半分呆れたような目で俺を見る。


「おまえ、ガキじゃねぇんだから……」


そう言いかけた所で何かを考えるような顔した。


「ま、いいや。しばらく千夏のそばに居てやれよ」


俺は訳がわからず問い返す。


「おい、どういう意味だ?」


「いいから。そうしてやれって。俺は真理恵の所に戻るよ」


そう言った文弘は最後にもう一度振り返ると


「言っておくが、真理恵の水着姿は見るなよ。アレは俺だけのモンだ」


と念押しして離れていった。



川から上がると、千夏は日当たりのいい場所で膝を抱えて座り込んでいた。

ここで離れた場所に座るのもいかにも避けている感じになるし、さっき文弘に言われた事もあるので、千夏の隣に腰を下ろす。


「お陰でパンツまでぐしょ濡れだよ」


俺がそう声をかけても、千夏は無言だった。


「いきなり岩の上から突き落とすなんて危ないだろ」


千夏はそれには反応した。


「ちゃんと下が淵になっていて水深がある事は確認してたよ。それに落ちたって言ったって、1メートルもないでしょ」


それも怒っているような口調だ。

いや、どちらかと言うと拗ねているような感じか。


「それにしても俺まで突き落とす事はないだろ」


すると千夏は、少しだけ身体を俺とは反対方向に向けた。

相変わらず体育座りで膝を抱えたままだ。

両腕の中に顔を半分隠すようにしている。


(やれやれだ)


そう思いながら俺が身体を拭いていると、千夏が「あのさ……」と口にした。

何かと思って千夏の方を見ると、千夏が視線を正面に向けたままボソッとした口調で言った。


「アタシの身体、そんなに見たくなかった?」


(え?)


俺は千夏を凝視した。

千夏の半分だけ見える顔、その目の周りと鼻の所が赤らんで見える。


「そんな目を逸らされるほど、アタシの身体って汚れてるかな?」


思わず俺も沈黙してしまう。

何と答えたらいいのか……。

あの時、俺が思った事は絶対に口に出来ない。


「そういう訳じゃないよ……」


しかし千夏はまだ無言のままだ。

俺は躊躇いながらも、別に思った本心を言った。


「昔と変わらないよ……」


(キレイだと思った……)


確かに目は逸らしたが、それも本心だ。

だが俺がそれを口にする事はない。


千夏が両腕の中に顔を埋めた。

もう彼女の表情はわからない。

けれど……


「陽人の考えた事、わかるよ……」


チクリ

俺の胸の奥深い部分が痛む。

だけど、これに俺は何と答えればいいのか?

何を言えば、千夏も、そして俺も、心が癒されるのか?


「……千夏」


そう口にした時だった。

「ビュッ」という音と共に、俺の顔面に勢いよく水が掛けられた。


「な!」


見ると千夏の右手にはピストル型の水鉄砲が握られている。


「や~い、ひっかかった、ひっかかった!」


そう言って千夏は立ち上がると、そのまま川原の方に走っていった。


「みんな~、水鉄砲合戦しよう!」


そう声を張り上げる。


俺はその場で千夏の後ろ姿を見つめていた。

彼女は、一度も俺に顔を見せなかったのだ。



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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。

明日は2話公開します。

正午過ぎ:【現在】四人で思い出の場所に(後編)

17:40:【過去】生徒会長選挙

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