第22話 【現在】四人で思い出の場所に(後編)
その後、しばらく男二人VS女子二人で水鉄砲合戦をやった。
と言っても、どうなったら勝敗が決まるというものでもなかったが。
だがやっている内に、段々と本気になってくる。
千夏も先ほどの沈んだ様子は全くなく、明るい表情で水鉄砲を撃ちまくっている。
ひとしきり遊んだ後で「陽が陰る前に、焚火と夕食の準備をしよう」という事になった。
夕食は前回と同じく、暖めるだけのパックご飯とレトルトカレーだ。
ただ幸いな事に、今回は真理恵が白菜とキュウリの浅漬けを持ってきてくれていたので、それが箸休めになる。
「さすが俺の嫁さん! 気が利くね~」
と文弘はご満悦だった。
食べ終わった頃にはあたりは薄暗くなっていた。
そこで文弘は何を思ったのか、集めておいた枯れ木を折り重なるように積み上げ始める。
俺が「なにをやっているんだ?」と尋ねると
「ハルはその辺から、焚きつけになるような小枝や枯草、杉の落ち葉なんかを集めてくれないか? かなり大量に必要だから」
と言い出した。
何をするつもりか分からないが、とりあえず言われた通りにしていると、千夏も同じように焚きつけの枯草を集め始める。
人の背丈ほども積み上がった枯れ木の中に、集めた焚きつけを入れ始める。
文弘が「見てろよ!」と言うと、焚火の中から火のついた木を一本取り出し、それを積み上げた枯れ木の中心に差し込む。
夏のため中々火が回らなかったが、その内に積み上げた枯れ木全体が燃え上がった。
「よし、これで順番に積み上げた枯れ木を抜いていくんだ。崩したヤツが負けだぞ」
俺は「マジか? 危なくないか?」と思ったが、真理恵が「わぁ、面白そう!」と言うので付き合う事にする。
まずは真理恵が火のついた枯れ木を一本引き抜く。
「火傷するなよ」と文弘が声をかけた。
「ジェンガみたいだね」
そう言いながら真理恵は問題なく木を引き抜く。
「じゃあ次はアタシ」
そう言って千夏がやはり枯れ木を引き抜いた。
やはり取りやすい所から取っていく。
次は俺、そして文弘と順番に巨大な焚火の中から枯れ木を抜き取っていった。
五巡もすると、とりやすい所にある枯れ木はほぼ抜き取られてしまう。
火も回っているので、下手に下の方を抜けばそこで崩れてしまうだろう。
こういう時の千夏は計算高い。
焚火の周囲を回りながら「う~ん」と言いながら考えている。
やがて「よし、ここだ」と言うと、かなり下にある枯れ木に手をかけた。
慎重に、慎重に、枯れ木を引き抜いていく。
積み上げた焚火がグラリと揺れた。
その瞬間、千夏は素早く枯れ木を引き抜いた。
どうやらギリギリでバランスを保って、焚火は崩れなかったようだ。
「おう、見事!」
「さすが千夏だね!」
文弘と真理恵がそんな感嘆の声を上げる。
「へっへー、さ、次は陽人の番だよ」
千夏は枯れ木の火を川の水で消しながら、勝ち誇ったように言った。
「くっそ~、面倒な所を残しやがって」
俺はそんな文句を口にしながら、やはり焚火の周囲を回る。
積み上げられた枯れ木のバランスはかなり悪い。
さらには火が回っているため、下の方はけっこう燃えて炭になっている。
少しバランスを崩れせば、全体が崩れ落ちてきそうだ。
やがて見つけた、一本だけ両側に支えがあるように見える枯れ木があった。
俺はそこに手をかける。
慎重に引っ張る。
焚火全体がグラグラと揺れた。
俺は手にした枯れ木を捩じるようにして少しずつ引き続ける。
ついに完全に引き抜く事ができる。
「おっし!」
俺がガッツポーズを取ると、真理恵と千夏が「すっご~い」「お見事!」と拍手してくれる。
こんな事に真剣になっている自分が照れ臭いが、なんだかやけに嬉しい。
「マジかよ、今のは絶対崩れると思ったのに」
そう言いながら文弘が枯れ木に手を掛けた。
すると次の瞬間、積み上げた枯れ木は盛大に崩れた。
「うわっ!」「わっ!」「きゃっ!」「げっ!」
盛大の火の粉と共に、思わず俺たちからも歓声があがった。
崩れた焚火を見ながら真理恵が言った。
「千夏から陽人くんまでは焚火も崩れなかったんだね。ギリギリ持ちこたえていたよ」
と何故か嬉しそうだった。
それから焚火の周りでみんなでビールを飲む。
さっきまでのバカ騒ぎとは一転して、どこか落ち着いた雰囲気だ。
燃える木を見ながら静かにビールを飲む時間も悪くない。
そんな中でまたも文弘が「そろそろ時間かな」と言い出して立ち上がった。
「今度は何をする気だ?」
と尋ねると、文弘が車から持ち出してきたのは天体望遠鏡だった。
「今日はさ、土星の輪が良く見えるんだよ」
そう言った文弘に俺が尋ねる。
「天体望遠鏡なんて持っていたのか?」
「ああ、真理恵は星を見るのが好きなんだ。時々二人でこうやって星がキレイな所に行って天体観測をするんだよ」
「そっか。夫婦でそういう共通の趣味を持っているのっていいな。手伝う事はあるか?」
「ただ設置するだけだから平気だよ。そこで待っていてくれ」
文弘が天体望遠鏡を設置している間、真理恵が嬉しそうに言った。
「今はね、土星の輪が一番キレイに見えるんだよ」
「土星の輪が見えるのに、一番とか二番とかあるのか?」
俺がそう尋ねると真理恵が首を左右に振った。
「陽人くん、知らないんだ? 土星の輪はちゃんと見える時と、まったく見えない時があるの。ちょうど土星の赤道面が地球に向いている時は、輪が見えなくなるんだよ」
「へぇ~、知らなかったよ」
「それに土星は地球から遠い時と近い時があるから。今は近い上に、輪がキレイに見える角度なんだよ」
そう得意そうに解説をしてると、文弘が「設置できたぞ」と声をかける。
「ホラ、千夏も、それから陽人くんも、見て見て!」
俺たち四人は天体望遠鏡の周りに集まった。
真理恵、千夏、俺の順番に天体望遠鏡を覗く。
「土星の輪ってキレイ見えるもんだね。初めて見た」
そう千夏が感動したように言う。
やがて俺の番になる。
天体望遠鏡を覗くと、真っ暗な中に乳白色の球体が浮かんでいて、その周りを明るい円環が取り巻いていた。
「本当だ。俺もこんなの、始めてみたよ」
すると真理恵が静かな声で言った。
「前にもここで話したけど……土星の輪って私は好きなの。近づき過ぎて壊れてしまった土星の月。だけどそれでも土星の回りをずっと回っていて……まるで土星を守るように」
思わず俺は望遠鏡から目を離して、真理恵の方を見ていた。
真理恵は夢見るように夜空を見上げている。
「そんな風に誰かを愛せるとしたら、それってとっても素敵な事だと思わない?」
その言葉を聞いて、俺の視線が宙を泳ぐ。
泳いだ視線の先に千夏にいた。
千夏は何も言わず、ただ夜空を見上げている。
その表情からは何も読み取れない。
俺は再び望遠鏡の中を覗いてみた。
相変わらず土星は輪と一緒に、暗い宇宙の中でポツンと浮かんでいる。
(俺は、土星の輪にはなれないな……)
改めてそんな思いが胸を占める。
テントでは俺と文弘、千夏と真理恵に別れて泊まる。
まぁこの組み合わせは当たり前だろう。
俺と文弘はけっこうすぐに寝る事にしたが、女子二人はずいぶんと遅くまでお喋りしていたようだ。
よって俺たちが起き出したのは、太陽がずいぶん高くなってからだ。
あまりに暑くなって目が覚めた、と言うのが正解だろう。
朝食兼昼食を取り、周辺を散策してから午後三時くらいにキャンプを畳んで撤収した。
行きと同じく、まずは俺を家まで送ってくれる。
(順番から言えば、千夏を先に送った方が回りやすいのに)
そう思いつつも、俺は自分の家で降りる。
「それじゃあ、またな」
「付き合ってくれてありがとう、陽人くん。いつでも遊びに来てね」
そう文弘と真理恵が言った。
「ああ、ありがとう。でももうすぐ東京に帰るからな」
俺がそう言うと、千夏が車から降りて来た。
「来てくれてありがとう、陽人。久しぶりに昔に戻れて……楽しかったよ」
そう笑顔で言ったが、どこか寂しそうな感じがした。
「いや、俺の方こそ」
千夏は「それじゃあね」と言って、再び車に乗り込んだ。
文弘のシルバーの軽ワゴンが走り去る。
(「それじゃあね」か)
俺は千夏の言葉を思い返していた。
もうこれで終わりとも、また次があるとも、どちらとも言えない言葉だからだ。
************************************
この続きは今日の夕方17:40に公開予定です。
明日は
正午過ぎ、夕方5時過ぎの2話公開です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます