第35話 【現在】エピローグ、そして二人の道は

翌日は東京に戻る日だ。

俺が故郷に戻って来てからちょうど八日目になる。

時刻は午後一時。


俺と千夏は、名古屋に向かう特急列車のホームにいた。

俺たちの隣には文弘と真理恵がいる。

俺と千夏をこの特急が止まる駅まで送ってくれたのだ。

そう、俺はこれから東京に帰る。


……千夏を連れて。


昨夜一晩、二人で相談した結果、俺たちは東京で一緒に暮らす事にしたのだ。

東京に行ったら、すぐに籍を入れるつもりだ。

こっちにある俺と千夏の家の処分については、また改めて考える事にした。



「見送りに来て貰った上、わざわざ特急が止まる駅まで送って貰って、悪かったな」


俺がそう言うと、文弘は笑った。


「なに言ってんだよ、このくらいの事で。それよりも感謝するなら、もっと別の事があるだろうが。ドデカイのが!」


俺は苦笑した。


「そうだよな。二人にはずいぶんと骨を折って貰ったな。なんて言って礼を言ったらいいのか……」


「おお、そうだ。大いに恩に来てくれ! 何しろヘタレの上に強情で意地っ張りな二人の世話をしたんだ。大変だったんだぞ」


「そう言ってくれるなよ。これでも二人には申し訳ないと思っているんだからさ」


「この貸しはデカイからな。東京に行ったら何をご馳走して貰おうかな? 築地で寿司でも奢ってもらおうか?」


横にいた真理恵が文弘を叩いた。


「あんまり調子に乗らないの! 私たちだって陽人くんと千夏のおかげで一緒になったんでしょ。今回はその借りを返しただけなんだから……」


「ま、まぁ、その通りなんだけどさ。ここは東京に行った時に便宜をはかって貰うためにでもだな……」


文弘の真理恵の尻に敷かれた様子に、俺と千夏は思わず笑顔になる。

真理恵が千夏の手を握った。


「千夏。これで本当の形に戻ったんだよ」


「うん、ありがとう。これも二人のお陰だよ」


「幸せになってね」


「真理恵もね」


文弘がいきなり俺の肩を強く叩いた。


「千夏を幸せにしてやれよ。これは先輩既婚者からのアドバイスだ」


「文弘が先輩って言うのは何か抵抗を感じるけど……心配するな、必ず幸せにするよ」


特急列車発車のメロディが流れる。


「それじゃあ、俺たちはもう行くよ」


俺は自分の荷物と、千夏のトランクケースを手にした。


「おお、元気でな!」と文弘。


「またコッチにも遊びに来てね。来年は四人で最初から最後まで一緒に花火を見ようね!」と真理恵。


それに千夏も明るく返した。


「ありがとう! 真理恵も東京に来る時は連絡してね。話したい事は一杯あるから!」


俺は文弘と真理恵の顔を改めて見つめた。

俺と千夏がこうして居られるのは、本当に二人のお陰だ。

俺たちが故郷で掴んだ一番の財産と言って間違いない。



俺と千夏は列車に乗り込んだ。

座席に座ると、窓の外で文弘と真理恵が一生懸命に手を振っていた。

俺たちも手を振り返す。


「発射します」


列車のアナウンスと共に、窓の外の景色がゆっくりと動き出す。

それにつれて、文弘と真理恵の手を振る姿も、徐々に遠ざかって行った。


「名残惜しいな」


俺がそう口にすると、横で千夏も「そうだね」と答えた。


「俺たち、本当にいい友達に恵まれたよな」


「うん」と言った後で、千夏が不安そうな顔になった。


「どうかしたのか?」


俺がそう尋ねると、千夏は伏目がちで口を開いた。


「陽人は、本当にこれで良かったの?」


「なんだよ、今さら。どうしてそんな事を聞くんだ?」


「だって……良美の事とか……」


千夏の声が小さい。

俺は今朝の事を思い出した。

俺は良美に電話して「千夏と一緒に東京で暮らす」と言う事を告げたのだ。



「……そう。陽人くんはやっぱり千夏を選ぶのね」


「良美の好意は嬉しかったよ。でも俺は千夏と離れていられないんだ」


少しの沈黙の後、良美はこう言った。


「アナタはきっと、今の選択を後悔する日が来るわ」


「後悔なんてしないよ。もう十分にしたからな」


「せいぜい頑張って小市民的な幸せを掴んで頂戴」


そう言って彼女は電話を切った。



俺はその時の事を思いだして苦笑した。


「何がおかしいのよ」


千夏が口を尖らせるように言う。


「あ、悪い悪い。別に千夏を笑った訳じゃない」


そうして千夏を見つめる。


「千夏が心配する事なんて何もない。良美の事なんて考える必要はないよ」


千夏は「うん」と言った後で、まだ俺をじっと見つめていた。


「なんだ? まだ何かあるのか?」


そう俺が尋ねると、千夏は恥ずかしそうに目線を逸らした。


「あのね、約束して欲しい事があるの」


「約束? なんのだ?」


「約束って言うか……アタシの宣言に近いかな?」


俺は意味が分からなかった。


「言ってみろよ」


少し千夏はモジモジしているようだ。

千夏がこんな態度を取る事は珍しい。


「さっきさ、陽人は『アタシを幸せにする』って言ってくれたよね?」


「ああ」


「だけど、今のままじゃアタシが陽人に頼ってばかりになっちゃうから……それじゃダメだなって思うの」


「別にいいだろ。夫婦になるんだから」


「ううん。そんなアタシばっかり幸せにして貰うんじゃダメだよ」


「……」


「それでね、『アタシが陽人を幸せにする』って、そう決めたいの」


「千夏が俺を?」


千夏が俺を上目使いに見つめた。


「陽人はアタシを幸せにしてくれる。アタシは陽人を幸せにする。そうやってお互い相手を幸せにしようって……」


俺はたまらく千夏が愛しく感じられた。

その身体を抱き寄せる。


「ちょ、ちょっと、陽人」


「千夏……」


「人が見てる、人が見てるから……家に着いてから、ね」


そういう割りには嫌がる様子もなく、千夏はやんわりと俺の身体を押し戻した。

その代わりに千夏は俺の手を握って来る。


「そうだな。二人でお互いを幸せにしよう」


俺はそう言って、千夏の手を握り返した。

もうこの先、どんな事があっても、この手を放さないように……しっかりと。

(完)



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これでこの話はおしまいです。

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君がいた、あの季節は 震電みひろ @shinden_novel

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