第24話 【過去】暗雲(前編)

高校二年の秋になって、俺たちの学校に新しい教師がやって来た。

関智樹。

俺たちを教えていた数学教師が病気になり、長期休職となったためだ。

関先生は元々は国立大学の大学院にいたらしい。

しかし今年度は研究室の助手としての仕事がなかったと言う事で、臨時講師として俺たちの学校に来たのだ。


関先生は大人しそうな、しかし知的な雰囲気を漂わせた色白の美形イケメンだった。

背も高く、どこかしら気品がある感じだ。


「少女漫画に出てくるヒーローみたい」

「王子様系の先生だよね。超ラッキー」


女子たちの間で、すぐに関先生は噂になった。

特にオタク系女子の人気は相当に高かっただろう。


俺たちは関先生に数学を教わる事になった。

千夏や真理恵のクラスも同じだ。

関先生の教え方は……あんまり上手いとは言えなかった。

なにしろ物静かな人なので、授業でもどちらかと言うと、教科書を見ながら低トーンの小声で説明するのだ。

俺は数学は得意な方だったのでそれほど困らなかったが、男子にはけっこう不評だった。


一方、女子は関先生の授業という事だけで舞い上がっていた。

そのため少しでも男子が授業中に雑談をすると、後で女子が


「アンタたち、静かにしなよ! 関先生の声が聞こえないじゃないの!」


と文句を言って来るのだ。

クラスメートから聞いた話だと、学校全体で『関先生・推しの会』なるものが結成されていたそうだ。


それに対し、男子の人気はそれほどでもなかった。

俺たちも当初は「若い男性の教師が来た」と言う事で喜んでいた。

サッカーやバレーなどする時に「先生も一緒にやりませんか?」と誘ってみたのだ。

だが先生はいつもクールな感じで「いや、僕はいいよ」と断って、本を読んでいた。

どうやらスポーツは苦手という事だが、そんな姿も女子にとってはカッコ良く見えたらしい。



当初、千夏は関先生にあまり興味を示していなかった。

俺が「今度来た関先生って、女子に凄く人気があるんだってな」と話した時も、

「ふ~ん、そうなんだ?」とあまり関心がない様子だったのだ。


俺が千夏の変化に気づいたのは、十月に入ってしばらく経ってからだ。

俺たちの高校は十月最終の土日に文化祭が、そして高二の三月に修学旅行がある。

そのため各クラスの『文化祭実行委員』と『修学旅行委員』は兼務だ。

千夏は隣のクラスの『文化祭実行委員』兼『修学旅行委員』だった。

そして前任の数学の先生がこの委員の顧問だったため、関先生がその役割を引き継いでいた。


当然、千夏が関先生と会う機会は他の生徒よりも多かっただろう。

最初はちょっとした違和感だった。


その日は俺と文弘と千夏の三人で一緒に帰っていた。

電車の中で文弘がこう言ったのだ。


「しっかし関先生の教え方ってわかりずらいよな。なんかこう、教科書に向かって一人でボソボソ話しているような感じだし」


その意見は男子の大半が思っていた事だろう。


「そうだな。今日の三角関数の加法定理ってけっこう重要公式なんだから、もうちょっとちゃんと説明して欲しいよな」


「黒板にも解き方をダーっと書いたかと思うと、すぐにそれを消しちゃうし。ノートを取る時間もねーよ」


「せめてどこが重要ポイントとか、その部分くらいは強調して説明してくれてもいいのにな」


するとそれまで黙っていた千夏が口を開いた。


「それはアンタたちが関先生の授業を真面目に受けていないだけじゃない? 関先生はキチンとやっているよ」


それを聞いて俺は「おや?」と思った。

確かに女子はそう言っている人が多いのだが……千夏が同じ事を言ったのは不思議だった。


「関先生は凄く真面目な人だよ。授業だって必要な事は説明しているし、質問にだって答えてくれるし。後は聞く方の問題でしょ!」


千夏にしてはやけに熱が入っている話し方だ。

呆気に取られている俺たちに、千夏は言い続ける。


「委員会だって関先生は、いつも真面目にとても真剣に取り組んでくれている。前の鈴木先生よりもずっとね! アタシは関先生って凄くいい先生だと思うよ」


そう言った千夏は、俺たちに対して不満そうな顔をしていた。

そんな千夏の様子に、俺と文弘は思わず顔を見合わせていた。



その頃から、千夏は文化祭の準備のために学校に残る事が多くなった。

千夏が関先生と一緒に居る所も何度も見かけた。

もっともその時の俺は「委員会の顧問の先生だからな」とあまり気にしていなかった。

学校から帰る時に、一人になる事が多くなったのは寂しかったが……。

それも文化祭が終わるまでの、少しの間の辛抱だと思っていた。


だが文化祭が終わった後も、千夏は「今日は修学旅行の委員会があるから」と言う日が多くなった。


(今度は修学旅行があるからか……まぁ仕方がないか)


俺はそんな思いでいた。


なお文化祭実行委員は、文化祭直前はかなり忙しい。

千夏たちもかなり遅くまで学校で作業をしていたようだ。


これは後から聞いた話だが、そんな時、千夏は関先生の車で送って貰う事もあったらしい。

高校の先生はみんな自動車で通勤をしていたが、関先生もそうだった。

関先生が住んでいたのは、俺たちが使う路線の途中駅近くのT町だ。

そこは大手電機メーカーの工業団地として、俺の済む近辺ではけっこう開けたエリアと言えただろう。


よって一部の女子の間では、その頃から千夏と関先生の間は噂になっていたと言う事だ。

俺はそれを全く知らなかった。



**************************************************

この続きは今日の夕方5時過ぎに公開予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る