第13話 【現在】結婚披露宴、そして二次会で(後編)

「千夏は関先生と付き合った事で、ずいぶんと女子を敵に回したわよね」


良美の言葉で俺は現実に引き戻される。


「高二までは活発なスポーツ少女で男子と仲が良かった。それだけでも一部の女子からは嫌われる原因になるのに、その後で正反対のタイプの関先生と付き合ったんだから。関先生を推しているオタク系女子の反感は凄かったわね」


良美の言う通りだ。

歯に衣着せぬ物言いの千夏は、クラスのカースト上位の女子にあまり好かれていなかった。

男子と対等に遊んでいる所も、彼女たちには気に入らなかったに違いない。


その上で、地味めで大人しいサブカル好きの女子のアイドルである関先生を奪ったのだ。

それでなくても若いハンサムな教師と女生徒が付き合うなんて、注目を浴びるし反感も買う。


千夏はほぼ全ての女子を敵に回したと言っても過言ではないだろう。

いや、女子だけではなかった。

千夏と仲が良かった男子も「先生と付き合ってのかよ」という感じで、千夏を白い目で見ていたのだ。


そしてその時には俺も……千夏からは離れていった。

結局、最後まで千夏と一緒にいたのは、この結婚式の主役である真理恵だけだ。


良美の話はさらに続く。


「そんな事もあって関先生も一年半で講師の方は辞めちゃったみたいだけど。でもすぐに千夏と結婚したのよね。その後は二人でM市の方で暮らしていたらしいけど。結局は彼女が25歳の時に離婚して、コッチに戻ってきた」


その話は俺も知っていた。

なぜ千夏がわざわざこの土地に戻ってきたのかは分からない。

だが三年前から自分の実家にいるという事は、文弘からも聞いていた。


「千夏も真理恵の結婚式だから披露宴だけは出たみたいだけど、流石に二次会は来れなかったみたいね」


小さく胸が疼く。

この痛みは、昔の事を思い出したせいか。

それとも今の千夏の心境を思っての事か?


「彼女は母親やお婆さんの事もあるから、より一層この土地では評判が悪くなったわね」


「ずいぶんと千夏の状況について詳しいんだな。まるで千夏に関心があるみたいだ」


あまりに良美が淡々と言うため、今まで俺は彼女の言葉を止める事ができなかった。

だがこれ以上は聞きたくはないのが本心だ。


「そうね。小学校からの同級生と言うのもあるし、色々と話題になった娘だし、それに……」


「それに?」


「私とはいつも反対側にいる人だから……かしら?」


そう言って良美は俺を見つめた。

俺も良美を見る。

その目は、中学の時の体育を見学していた時、俺の話しかけてきた彼女の目に似ていた。


「ねぇ、良かったらラウンジで……」


彼女がそう言いかけた時。


「お~い、ビンゴゲームを始めるぞぉ~!」


二次会の幹事が大声で呼びかけてくる。

俺も良美もハッとして前を見る。

いくつかの塊になって話していた連中も、その声に反応してビンゴカードを受け取るために前の方に移動した。


「ビンゴカードを受け取りに行くよ」


俺はそう言って良美のそばを離れた。

少し経って、自分が思わずホッと息を漏らしている事に気が付いた。



二次会が終わり、一部の連中は「三次会、行くぞぉ~!」と騒いでいる。


「陽人も当然来るよな?」


そう誘われたが、俺は精神的に疲れていた。


「いや、俺はアシもないし、これで帰るよ。三次会には文弘と真理恵も出ないって言っているんだろ?」


二人とも流石に疲れたのか、それとも親戚に顔を出す必要があったのか、二次会までしか付き合えないと言っていたそうだ。


「なんだなんだ、久しぶりに会ったって言うのに、付き合い悪いぞ!」


「そうだよ、陽人。東京でのオマエの下半身武勇伝を聞かせてくれよ!」


「陽人はコッチでも女子に人気があったからなぁ」


「そんなものはないよ」


俺は苦笑しながら集団から離れた。

電車では既に帰れないのでタクシーを拾うため、ホテル前のタクシー乗り場に向かった。

するとホテルを出る所で、やはり山本良美に声を掛けられる。


「陽人くんは三次会には行かないで帰るんでしょう? 一緒に帰りましょう」


俺は少し迷ったが「その方がタクシー代が半額になって助かるの。お願い」と言われると断る理由もなかった。

タクシーの中で二人だけになると、良美が口を開いた。


「みんな変わらないわね。中学・高校の時のまんまって感じ」


「そうだな。でもそれが同級生が集まった時の良さでもあるんじゃないか?」


「青春時代のノスタルジーってヤツ? でもそれって後ろを見ていて、前を向いていないように思えるんだけど?」


「普段は違うだろ。みんなこの土地で生きていくために、必死に考えているよ。今日だって新たにイチゴの生産に成功したって話をしたヤツがいた。ブランド化を目指しているそうだ」


良美がクスリと笑った。


「陽人くんは誰に対しても優しいわね。そうやってさりげなくフォローする所は昔と変わらない」


「俺も後ろしか見ていないって事かもな」


「ううん、そうじゃないわ。陽人くんは昔から回りより一歩引いて、常に全体を見ているのよ。先の事も含めてね」


「買い被り過ぎじゃないか?」


「そんなことないわ。それに付け加えると、全てが昔とは変わらないといけない訳じゃない。変わらなくていい所だってあるしね」


そう言った後で、良美は車窓の外を眺めた。


「でも、そんな陽人くんでも、さすがに彼女に対してだけは変わったわね……」


俺の胸の奥が、再び疼く。

しかも今度は痛みを伴った疼きだ。

俺はそれを隠すため、良美とは反対側の窓に視線を向けた。


「陽人くんは、やっぱり彼女に特別な感情を持っていたのかな? 友情以外の感情を……」


俺は黙っているべきか悩んだが、やはり言う事にした。


「今となってはドッチでもいい事だろ。もう十年も昔の話だし」


良美からタメ息とも含み笑いともつかないような声が聞こえる。


「そうね。ドッチでもいい事ね。昔の事なんだから……」



タクシーは良美が先に降りる事になる。

良美が「ここまでの金額を教えて下さい」と運転手に行ったので、俺が「いいよ、タクシー代くらい、俺が全部出すよ」と言うと、


「ううん、私がタクシー代を半分にするって言って一緒に乗ったんだから。そこはキチンとさせて」


と言ってお金を支払っていった。

タクシーを降りようとする時だ。


「陽人くん。私、今の仕事が落ち着いたら、東京に行ってもいいと思っているんだ」


突然、良美がそう言った。

俺が「え?」と言うと


「また連絡するわね。それじゃあ、おやすみなさい」


彼女はそう言ってタクシーを降りていった。



「良美、か……」


一人になった後も、タクシーの中には良美の匂いが残っているような気がした。

だがそれと同時に、披露宴の席にいた千夏の事が思い出された。

それなりに会話をしていたようだが、千華のいたテーブルは彼女を境界にして、二つに別れていたようにも見えた。


(だが俺も、結局は最後まで千夏の味方ではなかった。親友である事もやめたんだ……)


何時の間にかタクシーは、俺と千夏が小中学校時代に一緒に通った道を進んでいた。



***************************************************************

この続きは、明日朝7:40頃に公開予定です。

明日も朝7:40、正午過ぎ、夜20時過ぎの

3話公開です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る