第30話 【過去】臨界点(中編)
そして一学期の終業式の日。
俺は家に帰ってから、千夏に電話をした。
色々考えた末、俺はお祭りよりも前に、千夏に告白する事に決めたのだ。
(今日も関の部屋に行っていたら……)
そう考えると指が震えるような気がして、中々電話する事が出来なかった。
千夏に連絡するのに、こんなに迷い、そして緊張したのは初めてだ。
俺が千夏に電話を掛けられたのは、それから一時間も経ってからだ。
「はい?」
5コールほどで千夏は電話に出た。
だが俺の方はすぐには声が出なかった。
「どうしたの?」
千夏の声が再び聞こえる。
「……千夏……」
「なによ?」
「今から……少し会えないか?」
「今から?」
その口調は少し嫌がっているようにも聞こえた。
「どうしても、話しておきたい事があるんだ」
「話しておきたい事って?」
「直接会って……話したい」
「……」
スマホのスピーカーが沈黙した。
一瞬、回線が切れたのかと心配になる。
「別にいいけど……」
俺はホッとした。
「じゃあ今から千夏の家に行くよ」
すると千夏の方から別の場所を指定して来た。
千夏は自分の家に来られる事が、あまり好きではないのだ。
「ウチじゃなくって、途中に川を渡る方に公園があるでしょ。そこで待合せにしない?」
「わかった。今から出るよ」
「アタシの方も着替えたら行くから」
そう言って電話が切れた。
俺は電話を見つめたまま、大きく深呼吸する。
これから俺は、八年間溜め続けた思いを、彼女にぶつけるのだ。
夕陽が差し込む公園。
集落の中心部からはだいぶ離れているため、普段から人はほとんど来ない。
こんな所に公園を作る意味があったのかと思うほどだ。
ヒグラシがアチコチで鳴いている。
近くを流れる川から、時折風が吹いて来る。
その風がひんやりとして気持ちいい。
だが俺は、それでもジットリと汗をかいていた。
暑さのせいだけじゃない。
これからの事を考えると、自然に手のひらや身体の各部に汗が滲み出てくるのだ。
やがて公園の入口に人影が現れた。
千夏だ。
彼女が歩いて来るのに合わせて、俺も彼女に近づいた。
千夏は少し警戒するような顔をしている。
おそらく、関先生との事を言われると思っているのだろう。
目の前に来た千夏に、俺は軽く頭を下げた。
「来てくれてありがとう」
千夏が怪訝な顔をする。
「なに、改まって?」
「いや、家に居るのにわざわざ出て来て貰ったから……」
俺はその先の言葉が思い浮かばなかった。
「別にそのくらいいいけど……それで話って?」
俺は千夏を見つめた。
そのパッチリとした目、スッキリと通った鼻筋。
改めて彼女を見直すと、思っていた以上に美少女である事に気づく。
そして小三で引っ越して来て以来、ほとんど毎日のように一緒にいる存在。
俺にとっては、もはや身体の一部にさえ感じられる相手。
(これから告白する事で、俺たちの関係は壊れてしまうかもしれない……)
そう思うと、どうしようもなく怖かった。
千夏が永遠に俺から離れていってしまうような気がしたのだ。
(だが……ここで言わなくても、千夏は関の物になってしまうかもしれない。そうなったら、俺は……)
拳を強く握りしめる。
(言え、言うしかないんだ!)
「千夏……」
やっとの思いで口を開く。
最初に出て来たのは、その一言だけだった。
「いつの頃からは覚えてないけど……小五の時にはそうだった」
千夏が「何を言っているのか分からない」という顔をする。
「俺は……ずっと前から、オマエが好きだった」
千夏が目を丸くする。
「オマエを誰にも渡したくない! これからも近くに居て欲しいんだ。千夏、俺と付き合ってくれ!」
最後の方はほとんど投げやりなほど、勢いのまま無理やりに口から押し出した感じだった。
そうでもしないと言えなかったからだ。
千夏は目を丸くしたままだ。
そして俺を見つめている。
「なんで……今になって……」
千夏が小さな声でそう呟く。
「オマエが、千夏が、遠くに行ってしまいそうだから……」
俺の声も小さく、消え入りそうだった。
千夏が視線を地面に落としている。
俺も彼女を正視できず、やはり地面を見つめていた。
夏の夕陽が、二人を照らし続けている。
もうすぐあの太陽は西の山の峰に隠れるだろう。
やがて千夏が口を開いた。
「それって、今すぐに返事をしなくちゃダメ?」
俺はどう答えていいのか、その判断ができなくなっていた。
だがこんな事を突然言われても、すぐに返事が出来ない事くらいは理解できる。
「返事は、待って欲しい……気持ちの整理がつかないから……」
俺は黙って頷いた。
そうなるような気がしていたのだ。
「前は、結婚するなら陽人だなって思っていた。だけど……」
彼女の言葉はそこで途切れる。
(だけど、今は違うって事なのか……)
俺はその先の言葉を聞くのが怖かった。
だから何も言わなかった。
「夏祭り……」
千夏がポツンと口にした。
俺が顔を上げると
「夏祭りの時には、返事をするよ」
千夏はどこか苦しいような表情のまま、そう言った。
「そっか、千夏は『夏祭りまで待ってくれ』って、そう言ったのか……」
文弘は難しそうな顔をして、そう言った。
いま俺たちがいるのは俺の部屋だ。
俺が「千夏に告白をした」と連絡した所、文弘はすっ飛んできてくれたのだ。
「でも返事を待ってくれって言ったって事は、可能性はけっこう高いって事だよな?」
「可能性が高いかどうかは分からないが……俺としてはその場でフラれなかっただけ、良しとすべきなんだろうな」
「なんだよ、弱気だな」
「そりゃそうさ。最近の千夏の様子じゃ、かなり関に入れ込んでいるように見えたからな。俺は半分以上、断られる事を覚悟していたよ」
「だが千夏の気持ちを関から引き剥がすためにも、何とかハルと付き合うようにしたいな。何かいい方法とかないかな?」
「そんな方法があったら、俺が聞きたいよ」
「夏祭りで千夏の浴衣姿をめちゃくちゃ褒めるとか?」
「オマエが成功したからって、同じ手が通用するかよ。第一、千夏が浴衣を着て来るかどうか分からないじゃないか」
「普段着でもめちゃくちゃ褒める!」
「千夏がそんなのに乗っかるとは思えないけどな」
「それならとっておき……」
文弘がもったいぶったように言葉を切った。
「花火大会の時、城跡の展望台から二人で花火を見ながら、強く愛の告白をするんだ! それこそハルの全てをぶつける気持ちで!」
「だからそれはオマエの成功パターンだろうが。それに『花火を見る時、展望台で二人きりにする』っていうのは、元々は千夏の発案なんだぞ」
「そうか……でも何かは考えないと……フラッシュモブとか」
「文弘、オマエ、真面目に考えているか?」
「大真面目だよ、俺は」
「フラッシュモブなんて、外した時はどうするんだよ。そもそも人はどうやって集めるんだ?」
「そうか。そうなると縮小して、サプライズとか……あ、そうだ!」
「なんだ?」
「花火大会の花火を見た後に、俺たちだけで花火をやるとかどうだ?」
「花火大会の後に花火? しょぼく感じられそうだが」
「いや、そんなことないよ。花火大会が終わった後って、なんか物足りない感じがするじゃんか。だからその後、みんなで余韻を楽しむように俺たちだけで花火をするんだよ」
「それだけで上手くいくかな?」
「やらないよりはマシだと思うぞ。それで真理恵にお菓子を作ってもらって、みんなで一緒に食べるとかどうだ」
「う~ん、楽しそうだとは思うけど」
「だろ? 千夏だって仲間同士で楽しい思い出を作れば、先行きが暗い先生と付き合うより同級生がいいって考え直すさ」
「そういうもんか?」
「そうだよ。って言うか可能性を少しでも高める努力はすべきだよ。そうだろ?」
「それはそうかもしれないが……」
「よし、じゃあ決まった。その準備をしておくよ。じゃあ事前に一度、学校に集まって俺と真理恵とハルの三人で打合せをしようぜ」
俺は文弘の案にはイマイチ不安があったが、それに乗っかる事にした。
確かに文弘が言う通り「何もしないよりは、何かをした方がマシ」と思えたからだ。
*****************************************************
この続きは明日正午過ぎに公開予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます