第3話 【過去】千夏という少女(前編)

小学校三年生の夏休み初日。

俺は両親に連れられて、この田舎町に引っ越して来た。

父親の転勤が突然決まったのだ。


本来ならもっと栄えた場所に住むはずだったのだが、あまりに急だったため転勤先の近くに手頃な物件が見つからなかった事と、父親は「本数の少ない電車で40分かかるなら、車で50分の方がいい」と言う事で、俺たち一家はめでたくこの僻地に暮らす事になった。


もっとも母親は元々日本海側のド田舎出身という事もあり、それほど苦にしていなかったようだ。

名古屋の賃貸マンションに住んでいる時は出来なかったガーデニングや家庭菜園が出来るのというので、むしろ喜んでいた。


一方で俺はと言うと……小学校三年生で友達と遊びたい盛りの時に、夏休みを一人ボッチで過ごさねばならなくなったのだ。

俺はやる事もなく、とりあえず広さだけはある家の庭で、一人で虫を探しながら遊んでいた。


そんな時だ。


「ねぇ、このウチの子?」


誰かにそう声を掛けられた。

顔を上げると、Tシャツに短パン姿のショートカットの女の子が庭の前に立っていた。

黒目が大きくパッチリとして鼻筋が通った子だ。

ちょっと男っぽい凛々しさみたいのを感じる。


俺と目が合うと、その子は何も言っていないのに家の敷地に入って来た。

しゃがんでいる俺のすぐ横に立つ。


「なにしてるの?」


「虫、見てる」


俺は何となく不思議な気分でそう答えると、その子は「ふぅ~ん」と言って俺の家を見た。


「この家って一年前に建てられたんだけど、誰も住んでいなかったんだよね。アンタん家が引っ越して来たんだ」


俺は彼女を「変わった子だな」と思って眺めていた。

女の子なのに少しも女らしい恰好をしていない。

坊主頭にでもしていたら、完全に男の子だと思いそうだ。


(田舎の女の子って、こんな感じなのかな?)


そう思っていたら、その子が俺を見た。


「アンタ、名前は?」


「……神崎かんざき陽人はると


「いくつ?」


「8歳、小学三年生」


「アタシと一緒だ!」


そう言って彼女はニカッと笑った。


「アタシは宗像むなかた千夏ちか。千の夏って書くの。よろしくね」


千夏はそう言って右手を差し出して来た。


「うん、よろしく」


俺は立ち上がると、差し出された手を握る。

あまり女の子の手を握る機会は無かったので、ちょっと照れ臭い。

だが千夏はそんな事は全く気にしなかった。


「虫ならもっと沢山いる場所を知ってるよ。教えてあげる!」


そう言ったかと思うと、俺の手を握ったまま走り出そうとした。


「え?」


「レッツ、ゴー!」


そう言われて俺は千夏に引っ張られたまま、家の庭から連れ出されていた。

その時、俺は何かが動き始めたような気がしたが、それが何かまでは解らなかった。



その日から千夏は毎日のように、俺を遊びに誘いに来た。

俺にとっても千夏は唯一の友達だ。

小学三年生の夏は、千夏と一緒に居た思い出しかない。

カブトムシを採りに行ったり、川でサワガニや小魚を採ったり、神社の裏山で探検ごっこをしたり、ヒマワリ畑でかくれんぼをしたり。

疲れた時には、二人で川原の土手に寝ころんで、そのまま昼寝をする。

たまには俺の家でゲームをする事もあったが、千夏はどちらかと言うとじっとしている事が苦手で、外で遊ぶ事を好んだ。

そして俺にとっても、都会にいた頃には考えられないような毎日が、とっても楽しく、そしてとっても輝いているように思えた。

そしてそこには、常に俺を先導するように千夏の笑顔があった。


俺の母親も、こちらに来て最初に出来た友達である千夏には好意的だった。

その内、彼女は午前中から遊びに来て、昼飯はウチで一緒に食べ、夕方まで遊ぶのが日課のようになっていた。

千夏の家はウチとは少し離れた所にある、やはり田舎でよく見るタイプの安価に建てられた平屋の一軒家だ。

千夏の家は母親しかいなかった。

そのためか、千夏がウチに来る事はあっても、俺が千夏の家に行く事は滅多になかった。



九月に入ると、俺は地元の小学校に通う事になった。

少子化の上、田舎の学校という事もあって一学年は1クラスしかない。

当然、俺と千夏は同じクラスだ。


そこで俺は新たな友達、安田文弘と出会った。

文弘な少し乱暴な所があるが、それとなく俺に気を配ってくれる優しいヤツだ。

俺たちは馬が合ったのか、すぐに仲良くなった。

文弘は千夏とも仲が良かった。


そして俺はクラスメートを見て一つの発見をする。

それまで俺は、田舎の女の子はみんな千夏みたいなタイプなんだと思っていた。

ところがそれは大きな間違いで、女の子は前の学校と同じように、普通に女の子だった。

千夏が特別だったのだ。

彼女は学校でも、女子一緒にいるより男子と遊ぶ方が多かった。

活発で運動神経抜群の彼女は、野球をやってもサッカーをやっても、他の男子たちに引けを取る事はなかった。

そのためか、他の女子からは浮いた存在だったのかもしれない。


ただそんな事は小学校三年生の俺には関係なかったし、登下校も同じ方向と言う事もあり、俺と千夏はいつも一緒に居たように思う。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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