君がいた、あの季節は

震電みひろ

第1話 【現在】十年ぶりの故郷(前編)

東京から新幹線に乗り、名古屋で快速に乗り換え、さらに途中駅で各駅停車に移り、山が間近に見えるようになった頃。

俺は駅を降りた。


「十年ぶり……か」


相変わらず、何にも無い駅だな……それが久しぶりに降りた故郷の地元駅の感想だった。

駅前だと言うのに、スーパーはおろかコンビニさえない。

あるのはバスの停留所と、タクシーの事務所が一つだけだ。


(もっともこの地域の住人はみんな車移動だもんな。駅なんて俺だって高校に通うまでは、ほとんど使わなかったし)


田舎の真夏の太陽は、都会よりも強烈に感じる。

俺は駅舎の中でギリギリ日陰になる部分に立った。

せめてベンチくらいは用意して貰いたいものだ。


ポケットから取り出したスマホでSNSのアプリを開き「いま駅に着いた」とメッセージを打つ。

すると「もうすぐ着く」というメッセージと、道の向こうからシルバーのワゴンタイプの軽自動車が現れたのは、ほぼ同時だった。

俺が立ち上がると、軽自動車はけっこうなスピードで駅前に広場(これはロータリーとは呼ばないだろう)に滑り込んで来て、俺の目の前で急停車する。

助手席のドアが開き、中からセミロングの女性が笑顔を俺に向ける。


「久しぶり! 陽人はるとくん!」


さらにその向こうにいる運転席から、スポーツ刈りで丸顔の男も声を掛けて来た。


「よお、ハル! 遠い所をわざわざご苦労さんな。乗ってくれや」


言われるまでもなく俺は後部座席のドアを開けると、膝がつかえながらも乗り込んだ。

意識したのか、助手席の女性がシートを少し前にずらす。


「どうする? まずはハルの家に行くか?」


運転席の男・安田文弘ふみひろがそう聞いた。


「いや、家は誰もいないし、まずは腹ごしらえをしたい。どこか適当な店はあるか?」


「う~ん、昔と同じでこの辺には何にもないんだよな。ちょっと行かないと」


すると助手席にいた女性・近藤真理恵まりえが右手の指を立てて提案する。


「あそこは? サナちゃんのお店。ここのところ行って無いし」


「サナちゃんって、高校時代の西野佐奈? アイツ、地元に居たんだ?」


俺がそう聞くと、真理恵は嬉しそうな顔をして後部座席を振り向いた。


「そう。一年くらい前かな? サナちゃん、コッチに戻って来てお店を開いたの。けっこう美味しいって評判でね」


「そうだな。サナの店にするか」


そう言って文弘は車を発進させた。

けっこうアクセルの踏み込みが強い。

軽くシートに背中を押し付けられた俺に、真理恵が前を向いたまま言った。


「陽人くんに会ったら、サナちゃんもビックリするよ、きっと」



ガラ空きの国道を走ると、五分とかからずに目的地についた。

砂利敷きの駐車場に降り、まだ真新しい店に視線を向ける。


「けっこうお洒落な店なんだな」


建物は洋風で、黄色く塗った板壁に緑色の三角屋根だ。

看板には丸太を切った立札で『キッチン やすみじかん』と書かれている。

こんな田舎にあるので、てっきり和風の古民家カフェを想像したのだが。


文弘を先頭に三人が並んで店内に入る。

入口扉についたドアベルが「チリン」という音を立てた。

それに気づいて厨房から「いらっしゃいませ」という声を共に、同年代の女性が顔を覗かせた。


「あ~、文弘に真理恵ちゃん、いらっしゃい。お客さんを連れて来てくれたの?」


そう言った後でその女性・サナが目を丸くした。


「え、もしかして、陽人くん?」


「やあ、久しぶり、サナ」


サナは厨房から小走り気味に出て来た。


「うっわぁ~、マジで陽人くんだぁ。いつコッチに来たの」


「いつって、ついさっき着いたばかりだよ。まだ十五分も経ってない」


「それで真っ先にウチのお店に来てくれたの? 嬉しいなぁ~。でコッチに来た用件はやっぱり文弘と真理恵の結婚式?」


西野佐奈は矢継ぎ早に質問をしてきた。


(相変わらずのマシンガントークだな)


俺は高校時代のサナを思い出して苦笑する。

文弘が笑いながらも怒った顔を作ろうとして、サナの会話を止める。


「おいおい、客を放ったらかしにしておいて、勝手に盛り上がるなよ。そんな事だからこの店はいつもガラガラなんだよ」


文弘が言う通り、店内に客は一人もいない。

するとサナがムッとして言い返した。


「なに言ってんのよ。夕方前なんてお客が一番来ない時間だよ! これでもお昼は忙しくてバイトを雇ったくらいなんだから!」


「バイト? どこの誰だよ」


「東さんとこの弓香ちゃん」


「なんだ、東のジーサンに頼み込まれたんだろ。孫が高校中退でプータローだから、少しでもいいから雇ってくれって」


そう言いながら文弘は窓際のテーブル席に座った。

その隣に真理恵が、対面に俺も腰掛ける。

サナが水の入ったコップ三つを持ってくる。


「ご注文は?」


文弘はメニューを広げながらも「いつもの」と答え、真理恵も「同じのもう一つ」と続いた。

俺はメニューを広げながら「いつものって何だ?」と思っていたら、真理恵が


「ここのハンガーグセットは美味しいからお薦めだよ」


と言ってくれたので、俺は「それを」とサナに告げる。


「は~い、ハンバーグセット三つね」


サナが明るい声で復唱して、厨房に戻って行った。

三人だけになり、俺は改めて文弘と真理恵に向き合う。


「遅くなったけど、まずは二人とも、結婚おめでとう」


俺が軽く頭を下げると、真理恵は文弘を見、文弘は照れ臭そうに頭を掻いた。


「ま、付き合って十年だからな、もう今さらおめでとうって感じでもないんだけどよ。ケジメだよ、ケジメ」


そう言った文弘を真理恵が微妙に睨む。


「そんな事ないだろ。俺みたいに独り身の人間にとっては、そうやって身を固められる相手がいるって言うのは羨ましいよ」


俺はやんわりとフォローを入れた。

だが真理恵の視線に気づかない文弘は、少し調子に乗ったようだ。


「いやいや、東京で独り身って、遊び放題、金は使いたい放題じゃないか。それに比べて俺は年貢の納め時って感じで……」


それを聞いた真理恵がついに切れた。


「別に私は、文弘に年貢を納めてもらわなくても結構なんだけど!」


文弘がハッとして真理恵の方を見る。


「今さらおめでとうでもないって? おめでたくないなら、今からでも結婚式は取り止めようか? 結婚式のキャンセル代全部、文弘が払ってくれるなら、私はそれでもいいんだけど?」


口を尖らせる真理恵を、文弘は慌てて取りなした。


「い、いや、今のはその……言葉のアヤだよ、アヤ。本当は真理恵と結婚できてスッゲー嬉しいから! 怒るなよ、なぁ」


俺はそんな二人の様子を見ておかしくなった。

いや、微笑ましいと言えばいいのか?


(高校時代からこの二人は変わっていないな)


そう思った俺は、どこか安心できる気持ちがした。



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この続きは、3分後に公開します。

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