第2話 【現在】十年ぶりの故郷(後編)

(高校時代からこの二人は変わっていないな)


そう思った俺は、どこか安心できる気持ちがした。


「真理恵、文弘は真理恵と結婚できる事を心から喜んでいるよ。プロポーズに成功した夜、俺は三時間もその話を電話でされたんだから」


俺が笑いながらそう言うと、文弘が慌てた感じで今度は俺を見た。


「お、おい、ハル、変なこと言うなよ!」


真理恵も顔を赤くした。

だけど少し嬉しそうだ。

そんな二人を見ていて、つい言葉が漏れる。


「幸せなんだな……」


二人は顔を見合わせた。

そして再び照れたように笑う。

文弘が上目遣いに俺を見た。


「俺たちがこうして居られるのも、元はハルたちのお陰なんだよな」


(ハルたち……)


その言葉が、俺の心の中の開けたくない部分を刺激する。

複数形であるその呼び方。

ここにはいない、もう一人の存在。


「私も凄く感謝してる。二人に出会えたのは、私の一生の宝だと思っている」


無意識に言ったであろう真理恵の言葉が、俺を昔の記憶に引き込もうとする。


「ハンバーグセット、お待たせ~」


まるで乱入者であるかのように、サナの明るい声が無遠慮に飛び込んで来た。

手にはじゅうじゅうと音を立てるハンバーグの皿が三つある。


「熱い内に食べて、食べて!」


俺は救われたような気分になった。



食べ終わった所で文弘が言った。


「ところでハル、今日は実家に帰るって言ってたけど、実家は誰もいないんだろ?」


「ああ」


「だったら泊まるのは大変だろ。良かったら俺に家に来ないか? 親父とお袋もそうして貰えって言ってんだ」


俺は紙ナプキンで口の周りを拭きながら答えた。


「ありがとう。でもいいよ。流石に結婚式直前の文弘の家に泊るってのは迷惑だろ」


「でもさ、そうしたらまず実家の掃除から始めないとならないぞ」


「実家は年に二回、親が戻って来て掃除しているから、それほど汚れていないはずだよ。それにあの家も手放そうと考えているんだ。今回はその下調べも兼ねているからな」


真理恵が意外そうな目で俺を見た。


「え、陽人くん、あの家を売っちゃうの?」


「ああ。両親が母親の実家の方に行って、もう三年になるからな。このまま空き家にしておくより、まだキレイな内に売っちゃおうって考えているんだ。それで二人の結婚式のついでに、家の掃除と修理の手配もやっておこうって思っているんだ」


文弘が納得したように頷く。


「そうか、それで一週間もコッチに居るって言っていたんだな」


そこでサナが食後のコーヒーを持って来た。

なぜか四つ持ってるな、と思ったら、サナは俺の隣に座る。


「おいおい、客のテーブルに黙って座る店員がいるのか?」


文弘が揶揄うように言うと


「なに言ってんの。ここはアタシのお店だよ。どこに座ろうとアタシの勝手じゃない!」


と言い返したサナが俺の方を見た。


「陽人くんさぁ、一週間もコッチいるんだ?」


「なんだ、聞いてたのか? そうだよ」


「お~、じゃあ久しぶりにコッチで同窓会でもやる? 陽人くんが帰って来るって、高校卒業以来だしさ」


「悪いけど、そんな時間はないんだ。さっき文弘たちにも言ったんだけど、家を処分するつもりだからさ。家の掃除とか要らない物の整理とか、他にも痛んだところは修理しないとならない。おそらく時間がないよ」


「え~、そうなの? ざ~んねん!」


サナはコーヒーをふーふーと吹いた後で一口飲むと、今度は真理恵に話しかけた。


「そう言えばさ、家を処分とか言えば、あの娘はどうするんだろうね?」


真理恵が疑問そうな目をする。


「あの娘って?」


「ホラ、宗像むなかた千夏ちか


その言葉を聞いた途端、俺の胸に電気が走ったような気がした。

ショック? 痛み?

俺の心の中にある、触れられたくない扉が叩かれたような気がする。

サナの言葉はさらに続く。


「あの娘の家も処分するみたいな話が無かったっけ? あそこの母親も病気で亡くなったし、彼女もアレだしね」


文弘と真理恵が首を竦めて、気まずそうに目を合わせた。

だがサナはそれに気づかず、俺たちを見て言い放った。


「そう言えばさ、三人って高校時代は千夏と仲が良かったんじゃなかったっけ? 高二までいつも一緒にいたような気がするんだけど?」


文弘と真理恵が俺から目線を反らせている。

俺はカップのコーヒーを一息に飲み干すと


「そうだったか? あんまり覚えていないけど」


とだけ答えた。

サナは俺の答えに微妙な顔をしていたが、それ以上は突っ込んで聞いてはこなかった。

文弘が立ち上がる。


「ごちそうさん! ハンバーグ、美味かったよ。またな」


「あれ? もう帰るの? もっとゆっくりしていっていいのに……」


残念そうなサナに支払いを済ませ、俺たちは店を出た。


夏のこの時間はまだ外は明るいが、太陽は既に西側の山の上に来ている。

店の道路を挟んだ正面には畑があり、そこには一面にヒマワリが植えられていた。

ヒマワリが太陽の光を受けて輝いている。


(……千夏……)


俺は思うともなしに、彼女の事を思い出していた。



千夏。

その名の通り千の夏が来たように、ヒマワリ畑がよく似合う少女だった。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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