第25話 独毒
そちらの方が少しだけ広いから、という理由で二人は藤堂の泊まる部屋で飲み直しをしていた。
行きの列車でもリラックスして寝ていたことを思えば、彼女が男性への警戒心が酷く薄いのは明白だった。相手がカイだから、というたった一つの結論に行き着くわけだが、彼にはきつい話だった。男女の友情を信じない彼にとっては。
「赤間さんは音楽聞くの好きですか?」
缶チューハイを片手に、藤堂はほんのり顔を赤らめて尋ねる。素面でもあれだけ話せるというのに、どうしてまだアルコールを足そうとするのか、彼には分かりかねた。
「まあ人並みには」
「
「たまに?」
「一番好きなのは?」
「Crack Of Poisonかな」
藤堂は首を傾げた。
「知りません? クラポイ」
「初めて聞きました。海外のバンドですか?」
「いや、日本のロックバンドです。ドラマの主題歌とかもやってますけど。聞いたら知ってるかも」
カイは携帯の音楽アプリを立ち上げて、クラポイの一番新しいミニ・アルバムを再生した。
「あっ、聞いたことあります。あれですよね、『君の瞳に押し入らせて』の」
彼は小さく頷いた。ドラマ自体は一話目を見てみたものの彼には受け付けず、その後はたまにカンナが見ているのを端からちらりと覗く程度だったが。
「私ドラマの主題歌とかはあんまり意識して聞かないので。アニメのオープニングとかも。後から聞いて、ああ! ってよくなります。え、良いですね、クラポイ。聞いてみます」
盛り上がっていく会話の中で、カイは藤堂が光の側の人間に思えた。本来カイがいるべきところで、きちんとそれに見合った人生を送れる人。
「藤堂さん、俺ちょっと、さっきから頭が痛くて。明日に響かせたくないから、そろそろ自分の部屋戻っても良いですか?」
努めて穏やかに。微笑を添えて、この時間が嫌なわけではない、と軽く主張しながら。
「あ、ごめんなさい、そうですよね、別に明日お休みってわけでもないのに」
「今日は緊張もしてましたから、疲れたってだけです」
正しい人付き合いのあり方は、カイには分からない。お互い崩壊に向かって突き進んで行くか、彼一人が徐々に自らの首を絞めていくかの違いはあれど、幸せになれたことは一度もない。
「それじゃ、おやすみなさい」
彼は人当たりが良くて、優しくて、思いやりのある人。誰の目にもそう映る――ようにしている。それは社会の中で誰もが被る仮面だと言い聞かせてはみるものの、そこまで誰もが捻くれているとも思い難いのが本音だった。それこそ、藤堂は内面でカイほどの葛藤を抱えていることはないだろう。もしそうなのだとしたら、今すぐにでもカイは彼女の手を取っただろうが、それはきっと有り得ないことだった。
ドアが閉まると、ようやく彼は彼らしい呼吸が出来た。
藤堂はカイの両親が望んだ、あるべき人間として映る。もう少し彼が若ければ、それは単なる嫌悪、あるいは嫉妬として彼を彼女から遠ざけただろう。だが今はもう、そんな逃避も叶わない。現状に順応すべく、彼はよく出来た社会人を演じる。
もっと歳を重ねれば、それさえも苦にならなくなるのだろうか。昼も夜も同じ色で過ごせるのだろうか。被り続けた仮面は彼の肉と同化するのだろうか。それまでの辛抱だと、彼は誰かに教えて欲しかった。
そんな思考に陥る時、彼の脳裏には決まって高三の時の担任の顔が思い浮かぶ。彼はその教師に酷く嫌われていた。いつも顔をしかめながら話しかけてきたし、母親を前にしている時は幾分真人間の皮を被るが、そうでない時には関わるのさえ願い下げだ、といった様子だった。カイは自分の有り様がどうしようもなく気に入らなく映るのだろうと思っていた。自己の信条に徹底的に反するのか、過去の自分と重ね合わせてしまうのかはついぞ分からず仕舞いだったが、その目は「お前はきっとロクな大人にならない」と伝えようとしているのだけははっきり分かった。そして事実今、彼はその通りになっている。彼を最も拒んだ者が、彼を最も深く理解しているのは、皮肉な話だった。
部屋に戻ると、カイはジャケットだけを脱いでベッドに倒れ込んだ。だがすぐに気を取り直してシャワーを浴びにいった。それも皆、人からどう思われるかを意識しての行いだった。一度自己嫌悪のループに入ると、容易には抜け出せない。バスルームの鏡に映る美しい顔も肉体も、彼には酷く醜いものに映る。誰かに心の底から最低だと罵ってもらいたかった。お前は生きる価値のない奴だと大声です言われれば、何かをすんなり諦められるような気がした。
自分で自分を責めるだけでは、もう足りなかった。心の
有り体に言えば、彼はもう死んでしまいたかった。
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