第40話 剥がれ落ちる偽りの

「カンナちゃん? ああ、突然やめちゃいましたけど」

 店の近くで客引きをしていた彼は、しれっと答えた。

「お兄さんもしかして、あの子のコレすか?」

 小指をピシッと立てて、彼は意地悪く笑う。

「すごい戦力だったから、店長は残念がってましたね。他店のヘルプも精力的に行ってたし、俺らもよく代わってもらってたりしてたから、あの子いなくなったら回してくの大変だろうなあ」

 カイと話しながらも、ちゃっかり側を通る通行人にも声をかける彼。これ以上は彼にも迷惑だろうと思って、カイは礼を口にするとその場を離れた。

 どこに住んでいるのか、彼女に聞いておけばよかったとつくづく後悔してやまない。他人に聞くには、二人の関係性が邪魔をした。彼氏なら知っていない方がおかしいし、彼氏でないなら何故知りたいのか怪しまれるだろう。こんな世の中だ。痴情のもつれで邪なことを企てていると疑われるのが関の山に思えてならない。

 ひとまず自宅に戻ってベッドに倒れ込んだ彼は、次の手立てを考えた。

(そういやあいつ、まだ高校生なんだよな)

 制服を着る必要がない学校なのか、ほとんど着ている姿を目にしたことはなかったが、微かな記憶でも定時制という点と突き合わせれば、学校の特定くらいは出来る気がした。

「これじゃ立派なストーカーだよな……」

 スマホを点けて、付近の定時制高校を調べだしたあたりで、自分の際どさがひしひしと感じられて辛い。もう十分に犯罪者のそれと変わらない気がする。だがカンナを忘れ去って生きていくのには、もう知りすぎていた。

 何校か見た時点で自分の記憶力が頼りにならないように思えたが、次の学校のホームページを開いた瞬間、彼はピタリと手を止めた。トップページに置かれた校舎の写真の片隅にカンナが写っていたのだ。本人も気付いていないような瞬間の撮影だったのだろう、横顔が僅かに見える程度だったが、カイにはハッキリと分かった。


 翌日、彼は仕事を早々に切り上げて退社すると、私服に着替えてから高校を訪ねた。校門を出てきた二人組の女子に、ちょうど今やってきたふうを装って声をかける。「今日カンナ来てた?」と勢いよく。何度もやらされる前に彼女の知り合いに会えれば、と思っていたが、幸運なことに二人は「カンナ? 最近来てないよ?」「うんうん、休んでる」と答えてくれた。彼はこの時ほど、自身の顔が整っていることに感謝したことはなかった。彼には目の前の二人が最初から気を許しているのが分かった。

「今ケンカ中でさ、LINNEブロックまでされてて」

「カンナでもそういうことするんだ?」

「お兄さん何してそんなにあの子怒らせたのー?」

「まあちょっと、大したことじゃないんだけどな」

 どうやらカンナは学校でも本心を圧し殺して過ごすことが多いらしい。二人はカンナの振る舞いを信じられないといった様子だった。

「家に行こうにもさ、俺一人じゃ出てきてもらえない気がしてさ、友だちに仲裁してもらえないかなー、なんて思ってたりしてるんだけど、頼めない?」

 カイはなけなしのプライドをかなぐり捨てて、調子に乗りやすい男を演じてみせた。その場のノリと勢いで生きているような、行き当たりばったりの感じを、彼自身驚くほど上手く表現出来た。

「えー、アタシこれからバイトだから無理だけど、マナミなら行けそうなんじゃない?」

「うん、空いてるよ。引きこもってるカンナを一緒に引っ張りだしてやろ!」

 そこから先は半ば賭けだった。彼女らがカンナの家を知らなければ目的地には辿り着けないし、俺が彼女の家を知らないことを勘づかれても具合が悪い。しばらく不審に思われない程度に二人に先導させた後、バイトに行くと言った方の少女が別れたところで、確信を得るためにある問いをぶつけることにした。

「俺さ、極度の方向音痴なんだよね。今日だってマップ見てたのに、駅下りてから高校まで行くのに一時間かかったんだよ」

「駅から歩いて十分もかかんないよ?」

「ちゃんと指示通りに歩いてんのにさ、矢印がどんどん変な方向行くんだよね」

 そんな馬鹿な話があるかよ、と思いつつも、実際に友人の朱鷺耶ときやがそうだからこそ、彼は堂々としながら嘘を吐くことが出来た。とってつけたような言い方をしないせいで、マナミと呼ばれた彼女も「マジー?」と驚きつつも受け容れたようだった。

「確かこの道を左に曲がったら向こうに大きい教会があると思うんだけど……」

 教会は確かにこの近くにある。高校に向かうのにマップを見た際に記憶していた。左に曲がってもないだろうが。

「違う違う、カンナの家は教会の真反対だよ。……お兄さんさ、本当に」

 その発言に、カイは怪しまれたのではと肝を冷やした。

「一人で行ってたらカンナに全然会えなかったんじゃない?」

「俺もゾッとしたよ……」

「お兄さんに任せてたら多分辿り着けないから、マナミにちゃんとついてきてね」

 実際のところは全く別の意味だったが、面白い具合に二人の会話は噛み合っていた。マナミがカンナの家を把握しているかだけを知りたかったが、状況は想像以上に好転した。

「そういえば」

 住宅街に足を踏み入れたところで、マナミはピタリと足を止めた。

「カンナって、彼氏にさえカンナって呼ばせるんだね」

 突然のことで、カイはつい率直な驚きを顔に出してしまった。何を以てして不審がられるか分からないというのに。取り繕うより先に、マナミは信じられないような言葉を口にした。

「あれ? もしかしてお兄さん、カンナの本名そのものを知らなかったり?」

 その問いはまるで、カンナのことなんて何も知らないんだね、と言われているような感覚を覚えさせた。

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