第44話 ジャンク屋の男
「ごめんくださーい」
セーマがドアを開けると同時にカランカランと鈴が鳴る。ここは地図にあったジャンク屋、看板に“ティンカーベル”と書かれている建物だ。セーマがしばらく待っていると、部屋の奥から足音が近づいてくる。
「何の用だね。今日中の依頼はお断りだよ」
その声と共に出てきたのは不健康そうな男だった。顔は整っているのだが、目の下の隈、一つに纏めたボサボサの金髪、ヨレヨレになった服など、セーマから見ても「勿体ない」という感想を抱く見た目だった。
「えっと……紹介状がありまして」
「しょうかいじょう~?こんなチンケなジャンク屋に?冷やかしならかえってくれるかな」
セーマは紹介状を取り出し、男に見せる。
「なるほど。少なくとも手紙はあるようだ。見せてみたまえ」
そう言って手を伸ばす男にセーマは紹介状を渡す。男はその手紙を開くとざっと目を通し、口を開いた。
「なるほどね……君の名前は?」
「セーマです。セーマ・バランサ。それが僕の名前です」
「ふむ。それではセーマ君、君はどうやってメカドに来た?」
「え……?」
「隠さなくていい。別の星からだろう?」
「なんで……」
「手紙の内容からそう考えた。ついでに言えば、君は恐らく翼の生えた巨大な人型の機械に乗ってきた。違うかい?」
セーマはもはや何も言えなくなっていた。なぜこの男はこんなに正確に言い当てるのか。セーマは恐れさえ抱いた。そうして固まっていたセーマだが、この男はセーマの返事を待たずにしゃべり始める。
「その反応、図星だね? っと、そんなことはどうでもいい。今すぐ行くぞ、セーマ君」
「い、行くってどこに?」
「決まっているだろう? 君が乗っていた機械のもとにだ。君の為にも、私の為にも今は一秒たりとも無駄にできない」
そう言って男はコートを羽織り、帽子をかぶってドアから出る。セーマは男の後を急いで追いかけた。
―――――
―――
―
「ここです」
セーマは男をアストレアのもとに案内していた。もう日は落ち始めている。
「なるほど、穴と植物を使ったカモフラージュか。確かに近づかれなければ人にはバレにくいな。……君の、あー……名は何と言うのかね」
「アストレアです」
「アストレア。良い響きだ。そして、そのアストレアがこの向こうにあるんだな?」
「はい」
「ご対面と行こうじゃないか」
男は草を掻き分け、洞穴の内部へと入る。セーマは少し辺りを見渡してから男の後に続いた。ちょうどセーマが男に追いついたころ、鎮座するアストレアを見た男ののどが鳴る。
「これは……素晴らしい。アストレア。その名に負けぬ威容。気を抜いたら腰が抜けそうだ。……セーマ君、これを作ったのは誰だね?」
男はセーマの方を振り返ってそう尋ねる。
「分かりません」
「分からないだと!? そこらの埃を被った、過ぎた時間しか自慢できない様な芸術作品より価値のある美しさを持つこのアストレアを作った人物だぞ!? とてつもない地位に就ける……いや、就いているはずだ。それとも、君のいた星にはこの美しさを理解できるものはいないのか!?」
男の食い気味な反応に、セーマは思わず一歩後ずさる。
「いえ、僕が知らないだけかもしれないですけど……なにより、アストレアは四百年前のカークスの可能性があるらしいですし」
「四百!? そんなに昔にアストレアはもうあったのか!? 何という事だ。我が星は四百年前以上出遅れているというのか……」
男はワナワナと身を震えさせる。
「私も負けてられん! これでも技術者としての誇りはある。必ずアストレアよりも……いや、アストレアの次に素晴らしいものを作り上げて見せる! それにしても四百年か……四百年? そういえば、子供の頃四百年前のことを聞いたような気が……いや、そんなことより! すっかり忘れていた。セーマ君、アストレアを移動させるんだ。急がなければ彼女たちが」
「動くな! メカド軍だ!」
男が早口でしゃべっているのを大人しく聞いていたセーマはその声にびっくりして洞穴の出口を見る。
「さすが仕事が速いな。セーマ君、アストレアは二人乗りできるかね?」
「え? 乗るだけならできると思いますけど……」
「急いでアストレアを起動したまえ。それまで時間を稼ぐから準備が出来たら言うんだ。ここから出た後は私が案内する」
そう言って男はセーマをアストレアの方に押す。セーマはアストレアの方へ走り始めた。
「動くなと言ったはずだ!」
セーマは止まらない。男はセーマと声の発生源の間に立ち、声の主へ語り掛ける。
「まあ待ちたまえ君たち。今走ったのは子供だ。君たちの荒々しい口調を恐れてな」
「子供だからなどという言い訳は私達には通じない。この洞穴の中に機械仕掛けの巨人がある筈だ。……その子供は何をしている?」
「何って、隠れているだけだ。銃を構えられてはそうするのが人間だろう?」
「そんな常識は知らないな。子供を連れてこい。何もしていないのなら危害は加えん」
セーマは男に聞こえるよう、声を張り上げる。
「行けます!」
男は勢いよく振り返り、アストレアに向かって一直線に走る。
「止まれ! すぐに止まらなければ撃つぞ!」
「そう言われて素直に止まると思うかね!?」
「チッ! 馬鹿が!」
銃口が光り、銃弾が男に到達する――前に、アストレアの手が間に割り込む。
「早く乗って!」
「分かっているとも。しばらく運動していなかったのでね!」
男はアストレアの手に飛び乗る。無事に男をアストレアのコックピット内に入れたセーマは、スラスターを全開にする。出口に勢いよく突っ込んだアストレアは、出口を塞ぐ植物を吹っ飛ばしつつ、空に飛び立った。
「よくやった、セーマ君!」
「でも、あの軍人さん大丈夫かな……吹き飛んでなければいいけど」
「なに、心配する必要はない。彼女たちは頑丈だからな。……とりあえずそこの川に沿って進むんだ。ちょうどいい隠し場所に心当たりがある」
銀翼のアストレア やおら さゆう @sy2617
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