第33話 逃避行

『何だ!?おい!誰が乗っている!クソッ!司令室!何者かが鹵獲したカークスに乗り込んでいる!』


 アストレアに乗るセーマの耳に外部の声が聞こえてくる。


(近くに人がいたのか…でも、止まるわけにはいかない)


 アストレアは戦艦の外へと歩みを進める。その間にシールドとビームライフルを回収した。


(よし。武器も回収できた。後は脱出するだけだ)


 アストレアの前に、一機のカークスが立ちはだかる。


『そこのカークス、止まれ。まさかとは思うが、乗っているのはあのガキか?ここは戦艦の中。戦艦の外にも五機のカークスが待ち構えている。諦めるんだな。今ならひどいことにはしねえぜ?』


(六機目のカークス…まだ戦艦の中にいたのか。だけど!)


「突っ切る!スラスター全開!」


〈了解しました。スラスター起動。3、2、1〉


『こいつ!まさか抵抗すr』


 アストレアはこちらを警戒するカークスに突っ込み、自身の持つ盾で敵の上半身を抑えるようにしながら一気に戦艦の外へと出た。


(外に行った五機のカークスは今何をしている?)


〈敵カークス、五機ともこちらを確認した模様。戦闘態勢に移行済みです〉


「下か!」


 セーマはアストレアを横にずらし、下から来るビームを回避する。


(とりあえず、シルトさんが出撃せざるを得なくなる前にここからいなくならないと!)


『この野郎!撃墜してやる!』


 目の前のカークスがビームソードを振りかぶる。


「ごめんなさい!」


 アストレアはビームソードが届く前に敵カークスを蹴りつけ、その反動も使って一気のその場から離れる。


「よし!アストレアの能力だったらもう追いつかれない!」


 背後から数発ビームが迫ってくるが、セーマはそれらに目を向けることなく回避した。


(ありがとう、シルトさんと隣にいた軍人の人。できれば戦争と関係ない場所でまた…)


 ―――――

 ―――

 ―


「行ったか…」


 シルトがアストレアの離脱を確認した時、部屋がノックされた。


『シルト様、至急報告しなければならないことが』


「入れ」


『はっ!失礼します』


 女性の軍人がシルトの部屋に入ってくる。彼女は比較的新入りだが、非常に優秀で忠誠心も高い。シルトに意見を求めることが多いのはちょっとした欠点だが、この艦にとって必要な人材であることは疑いようもなかった。


「要件は?」


「鹵獲した敵カークスが脱走しました」


「なるほどな。…事情は分かった。そのカークスを追う必要はない」


「なぜです!?」


 シルトの発言に女軍人は少し驚く。


「今の私たちの状況を考えろ。先の小競り合いでこちらも少なくない被害を受けた。偵察用の六機のカークスもしっかりとした戦闘のできる装備ではない。今から他のカークスで出撃しても手遅れで、燃料の無駄だ。追跡もしなくて良い。そうカークスパイロットにも伝えろ」


「わ…わかりました」


 そうして女軍人はシルトの部屋から出ていく。その部屋にはシルトのみとなった。


(セーマ君は無事に逃げられた。これから他のガルドラ連邦軍への言い訳も考えねばなるまい。…それにしても、あのアストレアは奇妙だった。私のアストレアと違って細身で盾持ち、さらに近接武器は恐らくビームソード)


 シルトは机から、セーマのアストレアの写真を取り出す。


(それにこのアストレア…まさか、私が乗れないとは。アストレアが違えば条件も違うのか?そういえば、私があのアストレアに乗ろうとした時、頭痛が起きて何故かという気持ちが湧き上がってきた。私のアストレアは起動できるかできないかだけで、体調が悪くなったものはいなかったはず。あのアストレアだからなのか、たまたま私のアストレアでその症状が起きなかっただけなのか。…どちらにせよ、アストレアは謎が多い。調査するべきだろうな)


 シルトはアストレアの写真を机の中に戻す。


(しかし…どうやって調査するべきか。今のハートウェイト家はアストレアが私の手に渡ったことで少し地位が高まっているが、国の歴史や記録のすべてを見ることは叶うまい。アストレアの設計図…いや、無いだろうな。せめて設計者が分かれば良いのだが)


 シルトの頭はアストレアのことでいっぱいだった。


 ―――――

 ―――

 ―


 セーマは予定通りの進路でガルドラ連邦軍の支配圏からの脱出を狙っていた。


〈レーダーに反応アリ。ガルドラ連邦軍の戦艦と推定。戦艦内のカークスの反応12機。〉


「シルトさんの想定通りか…カークスの撃破はせずに、追ってこれない状況に持っていく!」


 セーマの手が震える。爆発する戦艦の光景が頭から離れないが、やるしかないと無理やり納得させる。


 セーマはアストレアの速度を維持したまま戦艦の目の前に躍り出る。


(カークスはまだ出てくる様子が無い。対応が遅れているのか)


「アストレア!戦艦の武器だけ狙う!」


〈了解。敵艦の主砲、副砲を強調表示します。〉


(主砲を壊せばあの戦艦は追って来ようと思わないはず…)


 セーマは敵艦の横側へ回り、表示された主砲に向かってビームライフルを撃った。


 ―――――

 ―――

 ―


「謎の熱源反応アリ。こちらに向かってきます」


 艦のレーダーを監視するクルーが艦長に報告を上げる。


「いったい何が向かって来るというのだ。ここら周辺はガルドラの支配圏だぞ!」


 平和な船旅を壊されたことに憤る艦長。


「この反応…カークスです!味方機ではありません!」


「なにぃ!一機だけで来るとは無謀なやつだ。そのカークスはどこだ!叩き落せ!」


「高速で迫ってきます!これは…目の前です!」


 その報告に勢いよく振り向く艦長。その視線の先で灰色の機体アストレアが翼を広げていた。


「なっ!」


 時が止まったかのような感覚に陥る艦長。そのゆっくりした世界の中灰色の機体が動く。



 戦艦を襲う衝撃。



「報告!主砲一基が攻撃を受け爆散!……っ!二基目もやられました!カークス隊を出撃させてください!」


「言われんでもわかっとるわ!カークス隊出撃!」


 戦艦から出撃準備を完了させた六機のカークスが出撃する。


「ずいぶん火力の高いビーム兵器を持っておるようだが、数相手にはどうしようもあるまい…残り六機も準備でき次第出撃だ!必ずやつを撃墜しろ!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 機体紹介


 エクスマッド


 今回セーマと鉢合わせた戦艦に積まれていたカークス。汎用性重視の次期量産機であり、モートⅡと同等の性能があると噂されている。ガルドラ連邦の設計したカークスにしては癖が無い上、武装の選択肢も多い。新兵・古参兵問わず性能を活かしやすく、評価も高いが、今までの機体を乗りこなしていたベテランには“物足りない”という評価を受けている。


〈武装〉


 ビームライフル、ビームソード、シールド、ビームランス、ヒートアンカー、ビームキャノン、バズーカ、マシンガン等

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る