第40話 行き過ぎた力
セーマは一人の少女が佇むのを眺めていた。
自然の中、白いワンピースを身にまとう彼女は穏やかな表情を浮かべている。
突然セーマの周囲に風が吹く。思わず目を閉じたセーマが目を開けると、アストレアが少女の背後に佇んでいた。そしてその少女はいつの間にかパイロットスーツに身を包んでいる。
彼女はヘルメットを被り、アストレアに乗り込む。
彼女が最後に見せた悲しそうな表情に、セーマは心臓が締め付けられるような感覚を抱いた。
―――――
―――
―
セーマは暗闇の中目を覚ます。
(あれ、ここは……)
セーマは前を見る。しかしながらそこには何も映し出されていない。
(コックピット?でもアストレアじゃない)
セーマは自身の顔に手を触れる。
(あれ?ヘルメットが無い?……そうか!)
セーマは周囲を手で触れ、目的のものを探す。
(あった!多分これがハッチのロックだ)
セーマがコックピットハッチを開けると、照明の光がセーマを襲う。
「眩しっ」
「セーマ君!戻ってきたのか」
少し興奮した様子で、セーマにいろいろと説明してくれた男が話しかける。その声にセーマは返事を返し、男の元まで歩いていく。
「セーマ君、言いたくなければ言わなくていいんだが、君の見た未来はどうだった?」
セーマは自身の見た光景を思い出す。
「……星が巨大なビームで貫かれていました」
「星が貫かれた?どこの星か分かるか!?」
少し焦った様子で男はセーマに聞く。
「いえ、それは……」
「そうか。……星が貫かれた時、君は何かしらの機体に乗っていたかな?」
男はアストレアの方を見ながらセーマに聞く。
「はい。でもそれが何かは分かりませんでした。アストレアのような気もしたんですが、確証が持てません」
「ふむ。という事は、君は違う機体に乗っている可能性もあるという事だ。それにしても、巨大なビームか。という事はそれが撃てるような巨大な兵器をどこかが開発しているという事か」
「はい。恐らくですが、ガルドラ連邦じゃないかと思います。ガルドラ連邦っぽいカークスがいたので」
「ガルドラ連邦……なるほど。バカでかい兵器を作るならそこだろうな。……ところで、長い時間コックピットにいたと思うんだが、他に何か見ていないか?」
長い時間という言葉に違和感を覚えたが、セーマは再び自身の見た光景を思い出そうとする。
「いえ、特には…?何か見たような気もするんですが」
「そうか……まあそんなもんだ。未来を見たとしても、そのすべてを覚えている奴はあまりいない。なぜかすぐに忘れてしまうから、俺たちは見た光景を記録している。君に聞いたのもその一環だ。もし君も未来を覚えておきたいなら、どこかに書き留めた方が良い」
「わかりました」
「ところで、君が乗っている機体……アストレアと言ったかな?あれはどこで手に入れたんだ?」
「あれはニベ公国の地面に埋まっているのを見つけたんです。それがどうかしたんですか?」
「いや……昔、君のアストレアとそっくりな機体に乗った人物が未来を見たらしい」
「本当ですか!?」
「ああ。全く同じ機体なのかはわからないが……その機体もアストレアという名だったらしい。パイロットは女の子だ。君と同じくらいの歳かもな」
「その子は、どんな未来を見たんですか?」
「見えたのは“地面に寝転んで空を眺めている光景”と“宇宙を旅する光景”だったらしい。それ以上の詳しい話は残念ながら記録されていない。……だが、彼女の記録で正直信じられないものがあってな」
「なんです?信じられないものって」
「彼女が未来を見るためにコックピットに入り数秒後、突然機体が光りだした」
「光るんですか!?」
「いや、すまない。驚くのは光ったところじゃないんだ。確かに光が今までの誰よりも強かったらしいがな。……信じられないものってのは光った直後、彼女の仲間全員が突然涙を流したってことだ」
「?泣き出したってことですか」
「ああ。突然、全員がな。周りにいたやつが事情を聴いても原因は分からなかった。全員自分がなぜ泣いているのかさえ分からなかったらしい」
「それは……」
「不気味な話だ。恐らくは全員何らかの未来を見たんだろうが……コックピットの外にいる奴らが見た上、全員何を見たかわからないってのが本当に謎だ。何かしら覚えていてもおかしくないんだが。ちなみにその時にコックピットの中の少女が見たのが“地面に寝転んで空を眺めている光景”だ」
「それで泣くっていうのも変な話ですね」
「ああ。ちなみにその少女は二回コックピットに入ったんだが、二回目は六時間ずっと入っていたそうだ」
「六時間も、ずっとですか!?」
「ああ。ちなみに君は大体二時間だ。つまり単純に考えて君の三倍未来を見たことになるな。まあ、未来を長時間見ているからって現実も長時間経っているわけじゃないらしいがな」
「そんなに経ってたんですか……」
「どんな光景を見ても、過ぎてしまえばあっという間さ。ちなみに、六時間入って彼女が見たのは“宇宙を旅する光景”だ。いったいどこを旅したんだろうな。……まあもう過去の話だ。俺達には知る由が無い」
「過去の話って……その少女は何年前に未来を見たんですか?」
「四百年前だ」
「!?」
「四百年。はるか昔の話だ。記録も碌に残っちゃいない。その頃は“ライトハウス”も無かったらしい」
「四百年前にはアストレアはもうあったってことですか!?」
「さあな。君の乗るアストレアが少女の乗っていたアストレアと同じかは分からないからな。まあ、地面に埋まっていたのならかなり昔の機体でもおかしくは無い。……それにしてはあまりに綺麗だがな」
そう言って男はアストレアを見る。
「……そういえば、君のアストレア光ったぞ」
アストレアを見たまま、男は呟いた。
「え?」
セーマは思わず間抜けな声を上げる。
「ふつう光るのは未来を見せるこいつだけなんだが……俺の目にはあのアストレアも光を放っているように見えた。もしかするとアストレアでも未来を見れるんじゃないか?」
男は少し冗談めいた様子で言った。
(そういえばシルトさんが)
「……未来が見れるかはわかりませんけど、ある人がアストレアは超常現象を起こせるって言ってました」
その言葉に男は少し考えこむ。
「超常現象か。同じ素材で造られているのなら可能性はあるかもな。……まあ、君にとっては良かったじゃないか。超常現象とやらが起こせるなら、君も何かしらの恩恵を得られるかもしれん。君の言っていた巨大なビームを弾き返せるかもしれないぞ?」
「それは……」
セーマの顔が少しだけ曇ったのに男は気付く。
「何が起こるかわからない、普通じゃない力を持つアストレアが怖いか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……もしそんな力があったとして、僕には行き過ぎた力だと思っただけです」
「そうか?」
「え?」
「あくまで俺の意見だが、もし巨大なビームを弾き返せるような強大な力があったとしたら……戦争で自分の感情を抑え込んで人を殺しまくるような大人が持つより、君のような優しい子供に持ってもらいたいけどな」
「僕は人を殺しました。優しくなんてありません」
「優しいさ。今までいろんな人を見たが、君レベルのお人よしは見たことが無い。人を殺したのだって、敵だったんだろ?それなのに君は心を痛めたんだろ?優しいじゃないか。それにしょうがないことだ。駄目なのは君のような優しい人間が戦場にいないといけなくした大人の方だよ」
「しょうがないことだと割り切ることはできませんよ。それに、僕は自分の意思で戦場に来たんです。……悪いのは僕です」
「……君は優しいな。そして俺が思っていたよりずっと強い」
「だから僕は!」
思わずセーマの語気が荒くなる。
「いいか、セーマ君。人間の体は小さいから、全部を受け止めることも、全部思い通りにすることもできやしない。だから人は優先順位を決めて、大事な物から順番に守るんだ。人には人の優先順位がある。君にとって大事なものを見失ってはいけない。……君には覚悟が必要だ。大事な物のために戦う、覚悟が」
「覚悟……」
「もし人を殺してしまっても、逆に考えるんだ。君のおかげで何が救われたのかを。それも難しいなら、生き残った君が何をできるかを考えるといい。それと……死んでいった奴らが安らかに眠れるように祈ればいい。戦争で一人の人間が大切なものの為に戦って死んだ。それを君が覚えているだけで死んでいった奴らも少しは報われるだろうよ」
「そういうもの……なんですかね」
「さあな。言っただろう?人間の小さい体じゃあ、全部を受け止めることはできん。それも、君みたいな子供が全てを背負おうとするのはもはや傲慢だ。君は君のできることをすればいい。できなかったとしても君が負い目を感じる必要なんて微塵もないさ」
「……」
「……アストレアが超常現象を起こせるって言うなら、使えばいいじゃねえか。超常現象って言うからにはさぞかし凄いことが出来るんだろうよ。ためらう必要はない。それで大事な人や物が助かるなら万々歳だ。もしアストレアが誰かを救える力を持つなら、君は生きないといけない。誰かを救える力を持った奴が最初に死んじゃあ意味がないからな。そして迷ってもいけない。君が迷う時間は、誰かを助けられたかもしれない時間だ」
「……」
「本当は君の様な子にこんなことを言うつもりは無かった。だが、君はアストレアから降りる気は無いんだろう?……あれは君にいろいろな光景を見せてくれるだろう。それによって君が折れてほしくはない。君は進み続ける強さを持った子だ」
「……ありがとうございます」
「セーマ君、未来は変えられるんだ。嫌な未来は全部ぶち壊すぐらいの気持ちで進めばきっと未来は良くなる。嫌な未来に流されるだけは嫌だろう?」
「そうですね。……ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました」
「そうか。あれだけ言ったが、君はアストレアから降りていいんだ。君だけが頑張る必要は無いんだよ。……さて、ずいぶん長く話し込んでしまったな。飲み物でも飲みに行こう」
男は伸びをしながらそう言った。
「はい」
セーマは男の提案に素直に従い、格納庫から離れたのだった。
銀翼のアストレア やおら さゆう @sy2617
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