源財閥本社へ
スイの顔写真を見てから、一週間が経った。
今日は、信にとって休日だったが、スーツを着て、静香に指定された公園に立っていた。
「待ち合わせは、ここでいいんだよな?」
不安になった信は、もう一度携帯のアプリであるマップを開いて、静香からメッセージで送られた、住所と照らし合わせる。
「うん。ここだ」
時刻を見ると、午前十時になろうとしていた所だ。
『ほほほ。明日の午前十時に集合ですわ』
メッセージの内容を見て、時間を、もう一度確認する。
「もう、そろそろだ」
しばらくすると、目の前に黒の車が停まった。
「ほほほ。信さん、時間通りに来て優秀ですわね」
車の窓が開くと、静香が扇子で自分を仰ぎながら現れた。
「信様。こちらへ」
黒の和服を着た男性が、車のドアを開ける。
「失礼します」
信は、軽く頭を下げると、車の中に入った。
「先週名刺を渡したばかりですのに、『源財閥を見学したい』なんて、お願いがあるとは思いませんでしたわ」
信が車に乗ると、静香は信の方を見て、笑顔で言った。
「今回は、あくまで社会勉強の一環として、お願いしました。自分も、こんなわがままが通るとは思いませんでした」
「ほほほ。優秀な人材は、見つけたら、すぐ手に入れるのが源家の家訓。かの源義経もそうやって武蔵坊弁慶など、優秀な人材を揃えたのですわ」
静香は、再び扇子を自分に仰ぎながら自慢げに言った。
「静香お嬢様。源財閥本社へ向かって、よろしいですか?」
「向かってちょうだい」
静香の一声で、車は動き出した。
今回、源財閥に向かうのは、建前でしかない。本当の目的は、静香とスイから、爆発事件の証拠となる証言が聞けるかどうかだ。
自分の本音を言えば、疑いとなる言葉が出ないことが一番嬉しい。
信は、静香とスイを信用したかった。もし、疑いとなる証言を聞いたら、次は財閥ぐるみか、個人での計画なのかを突き止めなければならない。
「信さん。そんな難しい顔をしなくても、よろしくてよ?」
「あ、すみません」
複雑な気持ちが、顔に出てしまっていたようだ。
一回自分を落ち着かせよう。
信は、大きく深呼吸をした。
「静香様」
「様付けは、よしてほしいわ。そういう改まった言葉遣いは、私の執事になってからにしてくれる?」
静香の顔は、笑っていたが言葉は笑っていなかった。
圧を感じる。
「静香さん」
信は、静香の要望に応えて、様付けから、さん付けにした。
「なんですの?」
涼香は、いつもの口調に戻り、返事をする。
「この車に乗っている。人達は、使用人ですか?」
信は、周りを見て言う。
いつも大学に付き添っていたスイの姿が見えなかった。その変わり屈強な体をしているとこが二人、運転席と俺の隣に座っている。
「この人達は、私のボディガードでしてよ。先日にあった、ルカの暗殺未遂事件のおかげで、お父様から外出の際に、ボディガードを付けるように言われたんですわ」
通りで、屈強そうな男ばかりだ。この話を聞いていると、源財閥は事件に関わってないのか? 前に食堂で言っていたことは、本当のことなのか?
「静香さんの使用人の姿は見えませんね」
「ほほほ。私の使用人は、今頃、源財閥の本社で出迎えの準備をしているとこですわ」
「社長でも、一流の職種ではない、自分にそこまでしなくても」
信は、困った様子で言った。
「客人には、どんな人であろうと『おもてなしの心』で、お出迎えをする。幼少期から、お父様と、お母様から言われた言葉ですわよ」
静香は、正面を向きながら、話した。
「おもてなしの心」
「源財閥は、全国に数百件もの旅館を経営しているわ。そんな、旅館を取りまとめている源財閥本社で、おもてなしができてないとなると、恥になってよ」
信は、ルカも、似たようなことを言っていたのを思い出した。
財閥は、周りからのイメージを大切にする。名前自体に、ブランド価値があり、一つでも、マイナスなイメージが付けば、大きなダメージにもなりかねないのだろう。そうなれば、社名の変更をしなければならないかもしれないし、大きな赤字に繋がる。
「静香お嬢様。まもなく、到着です」
「わかりましたわ」
信は、車の窓から外の景色を見てみる。
外の景色は、ごく自然にあふれている景色だったが、しばらくすると外壁に水堀が視界に入った。
外壁と水堀の景色が続いて行く。
「なんて、長さだ」
信は、思わず感想を言ってしまった。
「ほほほ。そう言ってくれると嬉しいですわ。源財閥の本社『鎌倉城』。かつて、鎌倉幕府の文献で、記述でしか存在していなかった城を、源財閥が現実の物にしたのですわ」
源財閥本社、鎌倉城。車の窓から見えているのは、その一部なのか。
「すごいですね。城を本社にするなんて」
「ほほほ。すごいって言葉は、鎌倉城の中を見てから言ってほしくてよ?」
静香と話していると、車が城門の前で停止した。
門の前には、使用人であると思われる人物が数人立っている。その中には、スイの姿もあった。
「静香お嬢様。着きました」
「感謝するわ」
静香は、外で待っていた使用人に、ドアを開けてもらって、車を降りる。
「信様。お待たせ致しました」
信が座っていた席の方も、ドアが開けられた。
「ここが、源財閥本社、鎌倉城」
信が、呟いている間に城門が開けられる。
敷地内は、時代劇などで見られる和風の造りの建物が何件も建てられている。奥の方を見ると、いくつもの外壁を挟んだ先に、城が見られた。
「信様。ここは、三の丸になります」
信の隣にスイが立った。
「スイさん。おはようございます」
信は、スイに挨拶をする。
眼鏡をかけており、高い鼻に整った顔。口調は、優しく感じられた。
スイが、ルカお嬢様を爆殺しようとしていたのか?
「信さん。進みますわよ」
静香が、そう言うと敷地内を進んで行く。
信は、心の中で抱いていた疑念をひとまず心の中に閉まって、静香の後について行った。
「静香さん。タイムスリップしたみたいです」
信は、鎌倉城の敷地内を見渡して言った。
時代劇の世界に紛れ込んだ感覚だ。侍が出て来ても、驚かないと思う。
「ほほほ。建物の外観は、江戸時代、城の敷地内に存在していた建物を再現しているのですわ」
静香は、信の反応を見て嬉しそうに笑いながら言った。
「これ、予算かかったんじゃないですか?」
「お父様が、最初に城を建てると言った時は、反対が凄かったと言っておりましたわ。数億円では効かない予算だったって聞いていますわね」
数億円以上。自分では、到底考えられない規模のお金だ。
「反対されてでも、作りたかったのですね」
「えぇ。私のお父様が持つ夢の一つでもあったのよ。しかも、私のお父様は、ただ城を建てるだけでは終わらなかったのですわ」
「城を建てるだけでは終わらなかった?」
「鎌倉城は、金曜から日曜の三日間、一般公開されているのですわ。そこでの入場料と飲食代などの収入で、建築費を回収しているのですの」
「そうなのか」
さすが、財閥の社長だ。ちゃんと、先のことも考えて行動をしている。
信は、辺りを見渡してあることに気づいた。
「今日。土曜日ですよ?」
観光客の姿が見当たらなかった。
信は来た時、城門も閉まっていたのを思い出す。
「ほほほ。今日は、信さんのために、午前中から昼の三時間の間だけ、貸し切りにしているのですわ」
静香は、自慢げに言った。
「そこまでしなくても」
信は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
与えられるのは嬉しいけど、その大きさが、大きすぎると今度は戸惑いが生まれてしまう。
「なにも、善意だけではありませんこと、三時間閉鎖して得られる収入と、信さんを引き抜けた後に、得られる利益を天秤にかけた結果で、判断したのですわ」
信は、静香の説明をただ聞くしかなかった。
静香は、静香の父親の教えを柱にして判断していることに気づいた。
「説明は、ここまでにして、我が源財閥のおもてなしを受けてちょうだい」
静香の前には、閉ざされた城門がある。
「信様。ここからは、二の丸に入ります。ぜひ、源財閥のおもてなしを受けてください」
スイは、信の隣で、そう呟いた。
城門が、開かれて行く。
「信さん。では、ごゆっくりと」
信は、静香と共に、門を潜り抜けた。
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